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2017-04-11 12:36:03

Spring has come!
−−シーズン開幕直前「テクラボ」流“予習”

TECHNOLOGY LABORATORY

TEXT: 両角岳彦

今年も、タイヤが「変わる」

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 スーパーフォーミュラの新たな戦いはどう展開してゆくのだろうか? 今年もまず「タイヤ」にフォーカスするところから話を始めようと思う。もちろん1年前、2016年シーズン開幕にあたっては、タイヤメーカーがブリヂストンから横浜ゴムへ、という大きな“change”があった。何度も語ってきたように、設計・製造を手がける組織が違えば、タイヤという製品の特質も異なる。その特性をいち早くつかみ、走りに反映させられるかが、ドライバーとトラック・エンジニアの両方に求められたのが、2016年のスーパーフォーミュラの「競争」だった。

 そして今年もタイヤが変わる。もちろんメイクスは横浜ゴムであり、関わる技術者も、生産の場(同社の三島工場)も変わらない。でも、ヨコハマ・モータースポーツ・インターナショナルの技術陣はタイヤの骨格設計に手を入れてきた。昨年、ドライバーたちから「グリップの限界(と感じるところ)を越えた先で滑りが急に出る」といった感想が多く寄せられた。一昨年までのブリヂストンタイヤは、そのゾーンでもっとたわんで粘る感覚があった、ということになるのだが、それはタイヤとしてのキャラクターの違い。でもヨコハマタイヤの人々は、そうした運転感覚に関わるリクエストにもできるだけ応えようと考えたのである。

 タイヤの「骨格」は繊維(糸:「コード」と呼ぶ)を一方向に引き揃えて並べたところにゴム素材を貼り付けた薄いシートを、コードがある角度を持って交差する形に貼り重ねて円環状(浮輪のような形)に成形する。その、糸とゴムの層で形作られた円環体(カーカス)の各部に、たとえばサイドウォールと呼ばれるタイヤの側面の中でもトレッド(接地面)に近い部分などに、別の糸とゴムの薄い層を貼り増す「補強材」を入れて、力が加わった時に骨格(ケース)全体がどうたわむかを味付けすることも多い。

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 そうした構造の成り立ちを調整して、タイヤが横方向に強く踏ん張っている中で、その骨格がよりしなやかに動いて「粘る」方向へと、今年のスーパーフォーミュラ用タイヤは変わっているのだという。主用されるトレッド・コンパウンド、すなわち路面と触れ合って摩擦力を発生する合成ゴムは昨年「ミディアム」と呼ばれたのと同じものだが(今年も「ソフト」が投入されるレースがあるはず)、これを支える骨格の動きかたが変わることで、グリップの現れ方だけでなく摩擦力のピークまで変わってくることにもなるのがタイヤの難しさであり、おもしろさだ。

 さらにヨコハマのSFタイヤは、2016年スペックであっても、これまでのトップ・フォーミュラ用タイヤの常識よりも横すべり角が大きい、つまりタイヤが向いている方向と瞬間的な進行方向のずれが大きくなっても、ということはズズッとスライドしているアングルがかなり深いところまで、摩擦力が落ち込まないという特性を示している。第6戦スポーツランド菅生での関口雄飛が、マシンのリアを大きく滑らせ、車体全体とリアタイヤに他者よりもかなり大きな横すべり角をつけてコーナーを駆け抜け、しかもラップタイムでは後続を引き離し、それでいてタイヤの磨耗も問題なかった、という事例がその証左である。2017年スペックがよりしなやかで、変形した先で踏ん張る骨格になっていることを考えると、「横方向のグリップのピーク」がより深い横すべり角まで広がっている可能性が高い。

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2016年菅生大会時の関口雄飛選手

 昨年のスーパーフォーミュラの戦いにおける最大の「変数」はいうまでもなくタイヤだったが、私が観察できた範囲では、一昨年の導入準備期間におけるテストから昨年の実戦を通して、どのドライバーもトラック・エンジニアも、ヨコハマタイヤの資質・特性を“理解”し、それを使いこなすレベルに到達するところにまでは到っていないのではないかと思える。それが昨年、予選から決勝レースに至る展開を毎回変化させる不確定要素となり、観る側にとってはエキサイティングなシリーズを演出したのだが、さて、今年はどうなるだろうか。

 プレシーズン・テストではすでに「滑り出しの挙動がマイルドになった」といったコメントが何人かのドライバーから語られているようだが、もしかしたら「速さの鍵」はその「滑り出し」の先にある。その領域に踏み込んで新境地を拓くドライバーと、そういうドライビングに応えるセットアップを仕立てるエンジニアは現れるだろうか。

 結局のところ、モータースポーツとは「タイヤのグリップ、すなわち路面との間に生まれる摩擦力をどれだけ多く引き出せるか」を競うもの。つまり1周だけ、あるいはレース距離を通して、刻々に引き出した摩擦力の合計を、数学的表現を使えば「積分値」をどれだけ大きくできるか、これを追い求めるプロセスこそが深くて、難しくて、おもしろいのである。今、スーパーフォーミュラの「競争」はまさにそれを中心に回っている。

「燃料流量一定」でエンジンの空燃比は連続的に変化する

 スーパーフォーミュラのテクノロジーにおけるもうひとつの焦点、パワーユニットに関しても、2017年シーズンは「改良」のステップがまたひとつ進んだ。

 NRE(Nippon Racing Engine)のパフォーマンス・コントロールの鍵は「燃料流量制限」にある。これについては2014年以来、この稿でも何度か詳説してきたが、ここでもう一度おさらい。吸い込んだ空気が大気圧の十数倍にまで圧縮されてゆくシリンダーの中にガソリンを直接噴き込む。この「直接噴射」のために高い圧力(100気圧)に加圧された燃料を細く絞った流路の中に通すことで、ある瞬間に流れる量を一定に抑える。これが「燃料リストリクター」。

 この仕組みによって、一定時間の中で燃焼させることができる燃料は一定量しか送られてこない、ということになると、エンジンの回転速度が上がる、つまり一定時間の中の燃焼サイクルの回数が増えると、1回ずつの燃焼に使える燃料の量が減る。つまりエンジン回転速度を高めてゆくと、シリンダーに吸い込まれる空気と、そこに噴射・混合する燃料の量(質量=重さ)の比である「空燃比」は大きくなってゆく。別の表現をすると、シリンダーの中で空気と燃料を混ぜて燃やす「混合気」は「薄く(リーン)」なってゆく。

 ここで、空燃比=空気とガソリンの質量比14.7〜14.8あたりで空気中の酸素(O)の分子の数とガソリンの中で“燃える”物質である炭素(C)と水素(H)の分子の数がバランスする。つまり燃焼という化学反応によってこれら全てがCO2(二酸化炭素)とH2O(水)になる。この比率の時を「理論空燃比」(ストイキオメトリー)という。ここからもう少し「濃い」、つまりガソリンの気化熱がシリンダーの中を冷やしつつ炭素と水素の分子がたっぷりある空燃比、およそ12.5〜13あたりが、エンジンの出力を引き出しやすいといわれ「パワー空燃比」と呼ばれることも多い。

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 つまりNREは燃料流量が一定になる回転速度でほぼこのパワー空燃比で燃え、そこから回転速度を上げるにつれて理論空燃比へ、さらに高い回転速度では空気過剰状態へと連続的に移り変わってゆく。その中で、燃料が燃えることによってシリンダーとピストンが形作る狭い空間(燃焼室)の中に急激に生まれる圧力を、どれだけピストンを押し下げる力に変え、クランクシャフトの回転力、すなわちエンジンのトルクとして取り出すか。そしてそれをより多く積み重ねることで、つまり回転速度を掛け算して、クルマを加速させる「仕事」を生み出すか、これが「出力」(パワー)なのだが、それを大きくすることを追求しているわけだ。

 このストーリー(原理)を整理すると、1回の燃焼に使える燃料の量が十分にあるところから、できるだけ多くの空気を吸い込んで、一気に燃やす。それによってシリンダーの中に生まれる燃焼の圧力のピーク(これを略して「Pmax」と言う)を高める。これが、ある時間の中で使える一定量の燃料から引き出す出力を増やすための、基本的なアプローチであり、ということは内燃機関のパフォーマンス向上の最大のテーマである「熱効率」の向上に直結する。だからNREは、時代の本流を行くレーシング・エンジンたりえるのである。

エンジンの筋肉と骨格を強化する--その必然性

 では2017年スペックにおいて、具体的にどこをどうしたのかというと、もちろんエンジンそのものの「燃焼」、シリンダーの中で空気と燃料をできるだけうまく混ぜて、よりギュッと押し縮めて点火、一気に熱エネルギーを解放するというプロセスの改良をさらに追い求める。これは当たり前。それに加えて2017年仕様ではターボチャージャーを変更した。ターボチャージャー、すなわち「排気タービン駆動・遠心式スーパーチャージャー」の空気圧縮機(コンプレッサー)側のサイズを引き上げ、その羽根車の回転速度に対してより多くの空気を送り出し、圧縮効率を落さずに吐出圧力を高められるスペックに変更したのである。これによって、エンジンが吐き出す排ガスの流量に対して、より多くの空気を吸入してエンジンの吸気として送り出すことができる。ということは、合わせて、ターボチャージャーの圧縮機が吸い込む空気の量も増えるので、SF14の右側サイドポンツーン上面に突き出す「チムニー」の前側根元に開口しているエンジン吸気のエアインテークが拡大された。

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今シーズンのエンジンアップデートについて説明する永井氏(左:TRD)と佐伯氏(右:HRD)

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拡大されたエアインテーク部

 この吸気圧縮容量が増大したことで、エンジン作動全域のパフォーマンス、とくに燃焼圧力Pmaxを高められるだけでなく、とくに空気密度が低い所、つまり標高が高いサーキットを走行する時に、吸い込む空気をより強く圧縮して密度を、すなわちシリンダーの中に入ってゆく酸素分子数を低地により近づけることも可能になった。理屈の上で、これがエンジン・パワーを従来よりも高める効果に直結するのは、富士スピードウェイ(標高580〜560m)、オートポリス(標高810〜780m)といった高地にあるコース、ということになる。

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 エンジンに送り込まれる燃料流量、という面での変化がもうひとつある。NREの燃料圧送メカニズムは2段構えになっていて、まず燃料タンクの中に吸い上げポンプがあってガソリンを送り出し、これをエンジン直結の機械式高圧ポンプで100気圧まで加圧する。この高圧ポンプは回転するカムが小さなピストンを押し、それが燃料に圧力を加える機構なのだが、2017年仕様ではこのカムのプロファイル(形状)が変わり、ピストンを押し上げるリフト量が少し大きくなった。高圧ポンプはエンジンの回転速度と同調して回転しているので、本来はこのカムによって押し出されるガソリンの量も、回転速度に応じて変化する。つまり低速から回転が上がるにつれてガソリンの吐出量は増えてゆくのだが、それが燃料流量上限に達したところから上の回転速度で一定にコントロールされる仕組みなのである。つまり、低中回転から加速を始めると燃料流量上限に達するまではエンジン回転速度に比例して燃料供給量が増えてゆく。高圧ポンプのカムリフト(ピストン往復ストローク)が増やされたことで、この領域ではエンジンに送り込まれる燃料の量が増えた。それは加速に移った瞬間からのエンジン・トルクの立ち上がりが強まることを意味する。簡単に言えば、中速域の加速が向上する。その一方で、それぞれのレースで使われる燃料リストリクターに「当たる」、つまり燃料流量の上限に到達するエンジン回転は少し低くなった。ちなみにこの高圧ポンプのカムリフトは従来からスーパーGT・GT500用エンジンに使われていたものと同じ、前述のターボチャージャーの変更もGT500とともに今年から適用されている。

 こうしてエンジンのシリンダーの中では、今まで以上に高い圧力が発生する方向へ、それによってより効率よくパワーを高める方向へと、NREは進化のステップを踏んだ。すなわちエンジンの骨格、シリンダーブロック、シリンダーヘッド、それらの締結部位はより大きな力に耐えることを求められる。もちろんピストン、コンロッド、クランクシャフト、クランクシャフトを支えるメインベアリングなどの往復(レシプロ)・回転運動部品も、これまで以上に大きな力や負荷に耐えて動くようにしないといけない。かくしてこれらのエンジンの「フィジカル」、つまり骨格や筋肉にあたる身体要素も、2017年スペックではこれまでよりも強化された。それは「今後のさらなるパフォーマンス向上に対応する」ことまで織り込んだ内容だという。しかもトヨタとホンダ、両方のエンジン開発者が同じようにそうした方向を目指す今季の開発コンセプトを語ってくれた。

 ということは、現段階での性能向上はもちろんだが、新仕様の「フィジカル強化」を活かす燃焼圧力の引き上げ、強い力(トルク)で回転仕事(パワー)を高めるさらなる性能引き上げの「タマ」は、シーズン半ばに待つ後半戦用スペックの投入時期に向けて準備が進められていることも意味する。すなわちパワーユニットの分野では、1シーズンを通して拮抗した競争が見られることが、すでに約束されている。そう信じるに足る情報がすでに集まっているのだから、これも楽しみ以外の何ものでもない。

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 さらにもうひとつの側面、「人」に関しても、新たなシーズンに向けてこの舞台に初めて姿を現す、あるいはチームを移ったドライバーたちとともに、彼らの頭脳ともいえるトラック・エンジニアについても何人かが移籍し、ドライバーとの新しいコンビネーションが動き出している。こちらについては今年も準備を進めている「エンジニアたちの作戦計画」2017年開幕戦版をお待ちいただきたいと思う。