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2017-05-11 10:02:46
「いつもと違う」ことのオモシロさ
TECHNOLOGY LABORATORY 2017 Round1 Suzuka
「競争の中身」を定める一文
2017年シーズンの開幕を告げる鈴鹿2&4レースの特別規則書に、以下のような内容が記載されていた。
第25条 タイヤ交換義務
-1)決勝レース中のタイヤ交換を1回以上実施しなければならない。
-2)タイヤ交換とは、装着された1セット(4本)のドライタイヤの内、1本(1輪)以上のドライタイヤ又はウエットタイヤへの交換を指す。
今回のレースの流れを大きく左右する鍵は、実際の特別規則書でも太字・下線付きで強調されている、『1本(1輪)以上』にあったのだった。
これまで、スーパーフォーミュラのレースでタイヤ交換義務が課される場合、同じ条項には『タイヤ交換とは、装着された1セット(4本)のドライタイヤから別の1セット(4本)のドライタイヤ又はウエットタイヤへの交換を指す。』と記されていた。この違いが意味するのは、今戦では1本(1輪)から4輪全てまでの中で、どんなタイヤ交換戦略を採ってもいい、ということ。
そしてもう1項、『レース距離 203.25km(35周)』という記載が。これも微妙な線であって、つまり実質容量が90L(リットル)強のSF14の燃料タンクをぎりぎりまで使って走りきれるかどうか、という設定がなされていた。この距離を無給油で走りきるためには平均燃費2.2km/L以上が必要であり、これは昨年実績でも相当に厳しい。おそらく全周回をフルパワー状態で走るのは無理だと思われた。
しかも、「TECHNOROGY LABORAOTRY:シーズン直前編」でも解説したように、2017年仕様のパワーユニットに加えられた改良の中でも、まず燃料をシリンダーに直接噴射する供給配管に送るガソリンを100気圧に加圧する高圧ポンプのピストンを押すカムのリフト量を増したことで、アクセルペダルの踏み始めからフルパワー(燃料リストリクター臨界)状態に至るまでの中速過渡域の燃料消費は増える方向。しかもドライバーのアクセル操作によって、すなわち開け始めのデリカシーによって、同じようなトルク応答を得ている中でも燃料消費量が異なる傾向も強まる。それやこれや、エンジンが新バージョンになって燃費の予測が難しく、しかしどちらかと言えば燃料消費が増える方向であることは、開発担当エンジニアたちも認めていたのではあった。
ピットストップのシナリオ
さてそうなると、ピットストップをどうするかがレースの流れを大きく左右する「鍵」となることが浮かび上がってくる。チームに対しては、特別規則書の確定・配布以前にアウトラインが内示される。そこからトラック・エンジニアを中心にチームが知恵を絞ったであろうことは、「1輪以上」と定められたタイヤ交換と、そして燃料補給にどんなバリエーションがありえて、それぞれにどのくらいの時間がかかり、どんなリスクがあるのか…であって、実際にピット作業のバリエーションをはじめとする実施シミュレーションを繰り返したのだろうと推測できる。まず、ピットレーンでの作業を認められる要員は6名まで。ただし1名は「車両誘導要員」として、いわゆる“ロリポップ"を持って誘導に専念することが求められる。また給油に際しては消火要員(消火器保持者)が1名必要とされる。したがってタイヤ交換のみであれば作業可能なメカニックは5名、給油を同時に実施する場合はタイヤ交換に関われるメカニックは3名となる。
いつものようにタイヤ4輪交換と燃料補給を同時に実施する場合は、タイヤ交換のためにまずジャッキアップ(前後のジャッキをアップ/ダウンするには各1名が必要で、担当メカニックはそこから移動)→3人が移動しつつタイヤ4輪を交換→(2名がまた移動して)ジャッキダウン、と作業を完了するまでの時間は14秒程度。
しかし今回の競技規則に則って考えれば、1輪または2輪のみのタイヤ交換を複数名で作業することも考えられる。その可能性をリストアップしてみよう。
●パターン1-1: 1輪タイヤ交換だけ
前後どちらかだけジャッキアップ(ジャッキ担当1名固定)→インパクトレンチ・タイヤ外し・タイヤ組み付けと担当と作業を分けて1輪・3名で実施した場合、静止時間は3秒程度か。
●パターン1-2: 1輪タイヤ交換+燃料補給(スプラッシュ)
燃料が少し足りないのを補って、速いペースを保ってレースを走りきる戦略を採るならば、燃料補給リグと消火器に2人を割いて、残り3人で片側だけジャッキアップ→2人でタイヤ1輪交換→ジャッキダウン。このケースの静止時間は約5秒。燃料補給リグのノズル抜き差しの時間に余裕を見ても3秒程度の給油は可能で、ノズル接続中のガソリン流量を毎秒2.3L(1.7kg)と仮定すると7~8Lのガソリンを入れられる。
●パターン2-1: 2輪交換、燃料補給なし
各輪のインパクトレンチとタイヤ取外し・組み付けを2名で行うとすれば、前後どちらかの2輪交換ならジャッキはその一方だけで済むので、ジャッキマンも固定し、ジャッキ1人・左右各2名ずつでタイヤ交換作業を実施。これだと静止時間4~5秒。左右どちらか2輪を交換するのであれば前後両方のジャッキアップが必要なので一方のジャッキマンが移動してタイヤ組み付けを助け、もう一方から作業者が移動してジャッキを落す、という手順になると思われ、これでも静止時間は5秒程度かと思われる。
●パターン2-2: 2輪交換+燃料補給
2輪を交換し、同時に燃料補給を行う場合、前後どちらか2輪の交換でジャッキアップを一方だけにすれば、その作業に1人、各輪に1名ずつでタイヤ交換を行うことができ、静止時間7秒程度。燃料補給リグ接続は5秒強でガソリン12L程度の補給が可能。しかし左右どちらかの側の2輪を交換しようとすると前後両方のジャッキを上げる必要があり、タイヤ交換要員3名の移動パターンを考えてもメリットは少ないか?
●パターン3: 3輪交換
これは時間がかかる一方、走りのバランスは悪化するので実施の可能性なし。
●パターン4-1: 4輪交換(燃料補給なし)
6人でのタイヤ交換作業になるので、前後ジャッキに1人ずつ、各輪にも1人ずつという配置になり、ジャッキアップ→交換→ジャッキダウンで静止時間は約7秒。燃料消費が大丈夫で、レース後半にタイヤのグリップダウンやコーナリング・バランスの悪化が顕著であれば試みる可能性あり。
●パターン4-2: 4輪交換+燃料補給
いつものパターンであり、前述のように静止時間は約14秒。それと並行して燃料補給リグのノズルをマシン側に差し込み、引き抜くまでの接続時間は12秒程度で、28L(20.8kg)程度の補給が可能。スタート時にその分だけマシン総重量を削って序盤のペースを上げ、少しでも前に出る可能性を求めるのなら、選択肢になるか? …と、事前検討では7パターンが想定され得たのだった。
タイヤ特性と燃費から導かれる最適解は?
この可能性群の中でどのパターンが有力だろうか。私の個人的見解では「パターン1-2」、つまり1輪交換+燃料スプラッシュがいち推しとなった。本稿「シーズン直前・予習編」でも解説したように、今シーズン向けのヨコハマタイヤは骨格剛性がよりしなやかになったもののコンパウンドは従来のミディアム仕様のままであり、シーズン前テストの様子を見ても“デグラデーション”、すなわち磨耗進行によるラップタイムの低下は200km程度の距離では問題にならないレベルだと見ていい。そうだとすれば、タイヤ交換に費やす時間はできるだけ少なくしたほうがいい。したがって 1輪のみ交換。
そう決めたとして、次に考えるのは「どのタイヤを換えるか」。もちろん、グリップダウンが進むタイヤがあればそれを換えるわけだが、デグラデーションの問題がなく、旋回時のグリップ・バランスも崩れる可能性が少ないと仮定すれば、どの1輪を換えてもいい。しかしスーパーフォーミュラの現行ルールではタイヤ・ウォーマーは使えないので、交換したタイヤが冷えたままで走り出す。その骨格と内部の空気までが暖まり、トレッド・コンパウンドに熱が入って溶ける状態になるまで、4月の気候、路面温度の中では半周ぐらいはかかる。そこまでの間、とりわけピットアウト直後のリスクをできるだけ減らすことを考えないと。鈴鹿の1-2コーナーは右カーブ。ピットレーンからここに飛び込んでゆく時には、左側のタイヤは暖まったままのものにしておかないと、曲がらない、リアが流れて止まらない、という危ない挙動を引き起こすか、ペースを上げられずに追い抜かれるか。
という一連の思考実験の結果は「右フロント1輪交換」。
問題はそこで燃料補給をするかどうかだが、レースウィークエンドに入って各車の走りっぷりやチーム、エンジンメーカーのエンジニア諸氏の顔色をうかがった印象としては、「無給油で走り切るのはかなり難しそう」。そうなると“すりきりいっぱい”の満タンでスターティンググリッドに向かったとして、最低限必要な7~8Lの注ぎ足しができるまでガソリンを使うのには、フォーメーションラップまでの低速周回2周に加えてレースラップを最低2周は重ねる必要がある。逆にスタートから上位をキープして走れていて、後方とのタイム差も広がる方向であれば、早めにピットに入る意味はない。ある程度の周回を重ねたところでピットストップ、1または2輪交換と燃料補給を行うとすれば、マシンの運動性のバランスを考えると、そこまでの周回数(予選からの積算走行距離)に近いところまで走っているタイヤ、つまり新品で予選アタックに使った後、日曜日朝のフリー走行でそれなりの周回を走ったタイヤを用意しておくのも、ひとつの方法かもしれない…などと想像の羽根は広がる。
もちろん、スタートポジションやレースを走り出してみたところでのペース、タイヤの磨耗状態などによって、他の選択肢も常にありうるわけで…。
そして、実戦
結果論として、今回の予選から決勝まで最も速いペースをずっと維持して優勝を遂げた中嶋一貴と彼を担当する小枝正樹エンジニアのコンビが選んだ作戦は、この「右フロント1輪交換+スプラッシュ」だった。全19車のタイヤ交換選択は「ヨコハマタイヤ決勝レース総評」に一覧が掲載されているので、そちらをご覧いただきたいが、11車が「右フロント1輪交換」を選んでいる。「左フロント1輪」が山本尚貴とアンドレ・ロッテラー。この1輪交換組の中でもロッテラー、関口雄飛、中嶋大祐、フェリックス・ローゼンクヴィスト、ニック・キャシディ(後にもう一度ピットインして4輪交換)、小暮卓史は1周完了時にピットインを敢行している。2周目にピットインしたのが石浦宏明、ピエール・ガスリー、ナレイン・カーティケヤン、山下健太。国本雄資とヤン・マーデンボローが3周目。ここで、先行してピットストップ・タイミングを遅らせた中嶋(一)、山本、塚越広大らを、タイヤ交換義務を消化した国本、石浦、ロッテラー他が追う、という「見えない相手と競争する」パターンが形作られたのだった。
ところがその直後の22周目、ピットストップを引き延ばして見た目の3番手まで上がっていた大嶋和也がスプーンカーブでスピン、コース上にマシンを止めてしまう。これでセーフティカー導入。塚越が、フルサービスで補給できる28L程度でレースを走り切ることができるぎりぎりの周回までピットストップを「引っ張った」とすれば24~25周目までは走れた可能性がある。あくまでも「タラレバ」でしかないけれども、あそこでセーフティカーが入るとは誰にも予想はできないのだけれども、そのリスクを犯して走り続けていたなら、このセーフティカー導入のタイミングでピットに飛び込めた、はずだし、それができていたらコースに復帰した時には国本、石浦と重なる状況になっていただろう。このあたりが競争の「綾」なのではある。
逆にセーフティカーがコースに入ろうとする23周目完了のタイミングで、中嶋(一)と山本はピットロードに飛び込んでいった。ぞれぞれ1輪のみのタイヤ交換で、二人がピットロード出口からコースへ次々に入って行った時に、ようやく最終コーナーを立ち上がって国本が現れるという状況だった。もちろんその後のセーフティカーランで全車の間隔は最小限にまで詰まるのだが、3周後のリスタートで中嶋(一)は巧みにペースをコントロール、後方集団の“パック”を押さえ込んだところから自分のタイミングで一気に加速して、トップの座を堅持したのだった。
*画像クリックでPDFが開きます。決勝ラップタイム推移(トップ6+3)
35周のレースにおけるトップ6および注目したい3人のドライバーの毎周回ラップタイムの推移を追ったグラフ。予選でコースレコードをマークし、決勝レースでもずっとトップを譲ることがなかった中嶋(一)は速く、かつ安定している。34周目に直前の数周よりも0.4秒ほど速く走っているが、この時は独走の中でオーバーテイクシステムをスプーンカーブ、バックストレッチと2連打した。レース全体のベストラップは塚越が3周目に記録している。フレッシュなタイヤと軽めの燃料でスタートし、このタイミングで前の集団が次々のピットに入ったことでできた“空間”を活かした結果。セーフティカー・ピリオドの後、中嶋、山本が背後のグループを引き離す速いラップを刻んでいて、今回のレース・セッティングにアドバンテージがあったことを示している。小林はレース距離の1/3を走ったところで後2輪交換と、他とは異なる作戦を採り、そのタイヤが暖まった後でトップ集団に並ぶタイムを刻んでいる。ガスリー、ローゼンクヴィストの二人がセーフティカーに追いつく周回でかなり速いペースで走ったことも確認できる。
*画像クリックでPDFが開きます。トップとのタイム差 推移
ずっと先頭を走った中嶋一貴を基準に、後続各車の周回毎のタイム差を整理してみた。ピットストップを遅らせてコース上では先行する中嶋、山本、塚越は、レース序盤でタイヤ交換義務を消化した国本、石浦、ロッテラー他のグループに対して、ピットロード走行のロスタイム25~26秒+ピット作業静止時間分のリードがあれば、コースに戻った時にも前に出られる。1輪交換+燃料注ぎ足しであれば、タイム差30秒がお互いの位置がクロスする目安だった。中嶋、山本は後方集団を徐々に引き離し、20周目には安全圏のリードを築くに至った。そこでセーフティカーが入ったので、ポジションを維持するためには即座にピットに向かうしかない。この時、山本と国本の差は38秒。国本、石浦がセーフティカーに追いつくまでのペースをぎりぎりまで上げ、もう少し詰め寄った可能性はあっただろうか。塚越は国本との差が35秒程度までじりじりと開いたところでピットインしたが、4輪交換+燃料補給のためには40秒のマージンが必要だった。燃料が残っていれば、さらに4周コースに止まっていれば状況は変わっていたのだが。
*画像クリックでPDFが開きます。決勝レースラップチャート
決勝レース35周の順位変動(フィニッシュライン通過)を追ったラップチャート。大きく順位が下がっているのは、その前の周回にピットストップした(鈴鹿のコースレイアウトではフィニッシュラインがピットボックス列よりも手前にあるので、ピットインによるタイム、順位の変化は次の周回に現れる)ことを示す。スタートで先行した中嶋(一)、山本はレースペースも良かったので後方との差を確かめながらピットインのタイミングを後半まで遅らせる。一方、状況打開の必要があるドライバーは早いタイミングでタイヤ交換義務を消化し、前方の“空間”が空いた状況を作り、ペースを上げる。このセオリーをそれぞれに試みたことがラップチャートにも現れている。早めのピットストップが功を奏したのはロッテラー、中嶋(大)であり、ともに1周目にピットへ。これだとタイヤが暖まるまでのタイムロス、バランスの変化も抑えられる。ということは燃料注ぎ足し量も少なく(中嶋(大)は無給油か)、燃費コントロールもしながらのドライビングで走りきったわけだ。