t_news
2017-10-10 13:03:01
「未知」「予想外」というスパイス
TECHNOLOGY LABORATORY 2017 Round5 Autopolis
オートポリスでソフトタイヤは機能するのか?
ツインリンクもてぎ戦を終えて、横浜ゴムのエンジニアたちにオートポリス戦への展望を聞いた。ソフトとミディアムの2種別のコンパウンドがどう機能すると予測しているのか。ツインリンクもてぎでは両者のグリップ・パフォーマンスのその変化が狙い以上にうまく機能した直後だけに、ポジティブな言葉が聞けるかと思ったのだが、意外にも歯切れが悪かった。その背景にあったのは、オートポリスで事前に実施したタイヤテスト。もともと路面がタイヤのトレッド表面を“削り取る”傾向、いわゆる「攻撃性」が高いオートポリスのコースなのだが、そこにソフトタイヤを走らせると、ものの5~6周で全摩耗してしまった。つまり、もともと薄めに作られているソフトタイヤのトレッドゴム層がほとんど消えるところまで摩耗した。あるいはタイムアタックのシミュレーションで1周だけは高いグリップ、速いタイムが出るのだが、そこからトレッド面がちぎりとられるような摩耗が一気に進行する。こうした状況が起こっていたという。
チームにも、もちろんこの情報は伝わっていた。ソフトタイヤがどのくらい使えるのか、この大きな「未知数」をそれぞれに抱えた状態で、スーパーフォーミュラ・サーカスは九州へと渡ったのではあった。
刻々と変貌する路面
ソフトタイヤとオートポリスの路面の「相性」に話を戻そう。横浜ゴムのエンジニアたちの証言によれば、この後、土曜日朝のフリー走行、予選でも路面状況はみるみる好転し、日曜日朝のフリー走行を終わった時点では、ソフトタイヤの摩耗はレースに使って問題がない状態になっていた。むしろトレッドから千切れて路面に残ったゴム片(タイヤかす)が溶けたトレッド表面に付着する「ピックアップ」が増えて困るようになってきたという。さらに決勝レースの54周を通して、路面はソフトタイヤが機能しやすい方向へと変化していった。それは刻々のラップタイムを追う中からも浮かび上がってくる。決勝レースでも路面の変化は続いており、レース後半にソフトタイヤを投入したドライバーの多くが、一段と速いラップタイムを刻んでいる。この状況をもう少し細かく分析すると、新品かそれに近い状態のタイヤを履いた直後の、いわゆる「一撃」の速さからして、ソフトタイヤをレース序盤に使った車両と後半に履き替えた車両では、0.5秒ほどの変化(タイムアップ)が見られる。ちなみにこれは燃料搭載重量の減少によるタイム向上、いわゆる「フューエル・エフェクト」を考慮した上での“読み”だ。
つまり、レースウィーク終盤に至って、ソフトタイヤにはとても好ましい路面ができあがっていたわけだ。しかしそこには色々な条件がそろっていたことも見逃せない。まず、オートポリスでの週末を通して雨がまったく降らず、舗装路面に周囲からの汚れが乗ったり、せっかく付いたラバーが浮いて流れてしまう、という現象が起こらなかった。そして路面温度も、レーススタート時点で32℃程度。例年、最も高い路面温度が記録される8月のツインリンクもてぎでも、昨年は45℃近くを記録していたのが、今年は10℃も低かった。こうした環境条件もまた、この2戦、2種別のタイヤを使い分ける競争のおもしろさを演出したのである。
「前回の成功例」が最良の選択とは限らない。
その「2種別のタイヤの使い分け」。スターティング・グリッドに並ぶ各車の脇には、その時装着しているのとは違うほうのドライタイヤ1セット・4本がタイヤラックに載り、あるいはマシンすぐ脇の路面上に置かれて用意されていた。グリッドの前半分、10番手までを見渡したところでは、ポールポジションの野尻智紀をはじめほぼ全車がミディアムタイヤを装着。2番手の国本雄資はグリッドまではソフトタイヤで走ってきたものの、そこでミディアムに交換。レース後に、ガスリー車担当の星学文エンジニアをいつものようにTECHNOLOGY LABORATORYトークショーにお招きしたのだが、「何パターンか(戦略を)考えて、朝のフリー走行でソフトがかなり長持ちすることがわかったので、最初から…と考えていて、最終的にはグリッドに行ってからまわりの状況(皆、ミディアム)を見て決めました」と振り返ってくれた。「サッと済ませようと思ったのですが、けっこう大きな音がして皆に見られちゃいましたね」と笑っていたが、グリッドウォークが終わって人波が去ったスターティング・グリッドの上で、窒素ガス作動のインパクトレンチの音を1チームだけが響かせれば、それは視線が集中するでしょう。(笑)
これで先頭を行く野尻の背後にガスリーが付き、ずっと1秒以内の間隔で追う、という展開が続く。前述のように野尻はミディアムタイヤで燃料搭載重量が重いレース序盤のラップタイムペースは1分32秒台で始まって33秒台に落ち着く。ソフトタイヤのガスリーは「空いた」状況で単独走行ができれば確実に毎周1秒は速く走れるはずだが、追い抜きを試みるところまでは踏み込めない。オートポリスのコース特性に加えて、前車に接近するとダウンフォースが減少すること、燃料搭載重量がまだ重い状態で無理に攻めればかえってタイヤの消耗を招くこと、様々な条件が重なっている。このままだと、後半はガスリーがミディアム、野尻はソフトに履き替えるのだから、ラップタイム・ペースでは野尻が勝ることになるはずで、勝利を導くのには何か打開策が必要…というストーリーがチラつく。
ソフトの耐久能力が読めない中で
ここで野尻としては、ガスリーが先にピットインしたのであれば、野尻はそれに対応してピットに向かい、タイヤを履き替えて自分のほうが速く走れる状態で何とかガスリーの前に戻るか、もし前に出られてもソフト・コンパウンドのアドバンテージが明らかなうちに前に出る、という策が考えられた。ガスリーがフレッシュなミディアムタイヤで速いラップを刻めば、距離を走ったミディアムタイヤで走る野尻に対してアンダーカットが可能になる。しかし野尻+杉崎公俊エンジニアのコンビは、走り続けることを選んだ。ソフトタイヤでレース距離の半分以上を走り切れるか、その不安が頭をよぎったのではないだろうか。国本+菅沼芳成エンジニアもそのまま野尻を追うことを選んだが、この時点で彼らとしては終盤にソフトタイヤに履き替えてから野尻との勝負になる、というイメージを描いていたのかもしれない。国本はこの野尻のピットインに対応する形で次の周にピットイン。チームは燃料補給ノズルを差し込んでいる時間を10秒余に削り、タイヤ交換も14秒かからずに終らせて、国本を「野尻の前」に送り出した。しかしピットロードを加速する国本の横をガスリー、ローゼンクヴィスト、大嶋が通りすぎ、チームメイトの石浦もコースに戻る国本をかわしてゆく。その国本に、オーバーテイクシステム作動を示すLEDランプを点滅させた2台、小林と野尻が迫る。ピットロードを出てくる国本の動きを視界にとらえたのだろうか、1コーナーに向けてアウトにラインを変えようとした野尻が小林のリアエンドに自らのノーズをぶつけてしまう。これで野尻は上位を争う隊列から脱落した。
「我々はデータの分析から確信があった」
先頭を走るガスリーとともに戦う星エンジニアにとって、この、残り10周の時点でも競争のターゲットは4番手を走る石浦だった。彼我の間にいるローゼンクヴィスト、大嶋のチームルマン2車はレース序盤にタイヤ交換を終え、当然その時にタンクいっぱいまで補給した燃料量で走り続けている。とりわけローゼンクヴィストのピットストップは4周完了時。そこから50周・233.7kmを無給油で走り切ることはまず無理で、もう1回ピットに飛び込んで「スプラッシュ」、つまり少量の燃料を注ぎ込むしかない…はずだと、星エンジニアだけでなく、スーパーフォーミュラのレースを知る者の多くが受け止めていた。さらにチームルマンの2車は、どちらもミディアム→ソフトのタイヤ履き替え戦略を採り、ということはローゼンクヴィストは50周、大嶋でも48周をソフトタイヤで走り切っている。これも「ソフトタイヤのライフ(摩耗寿命)」という、今回、全てのチームにとって「レースを走ってみないとわからない」と受け止められていたファクターを、彼らだけは手の内にしていたことになる。
ディングル・エンジニアは「燃費については(フィニッシュまで走りきれると)確信を持っていた。(ドライバーが燃料消費量をディスプレイで読み出して報告するデータから)レースの途中で3回ぐらい計算したけど(笑)」と語っていたが、松田次生ピットレポーターは、チームの燃料補給担当メカニックがゴール数周前にヘルメットをかぶり(ということは燃料補給準備)、残り2周を切ったところで脱いだのを目撃している。
再びディングルさんによれば「フェリックスはアクセルワークがすごく巧い。フォーミュラEを走らせていることが、すごく良いんだと思う」。つまり同じ加速、ラップタイム・ペースで走るのに、燃料消費が最少になるアクセルの踏み方、戻し方ができる、ということだ。このローゼンクヴィストの実燃費の秘密については、本稿の次戦・スポーツランドSUGO編に続く…。
タイヤという「変数」で戦い方の可能性が広がった。
最後に、趨勢とは違う戦略を採って状況好転を狙ったドライバー+エンジニアが他にもいたことについて触れておこう。予選Q1でクラッシュし、グリッド最後尾に位置することになった塚越広大も、使わなかったソフトタイヤの新品でグリッドに付いた。前戦のもてぎでは2ストップ作戦を敢行、レースの中で切れ味鋭い追い抜きを何度も演じてみせただけに「今回もまた?」と思わせた。実際に序盤にはインパルの2車に続いて順位を上げ、彼らが1ストップ目を終えたところでその時点の4番手まで進出した。しかし今回はそこから25周完了まで引っ張ってピットに向かい、タイヤ4本交換作業よりも長く燃料補給リグを接続。ということは燃料搭載重量軽めでスタートしていたと思われるが、あえて1ストップを選び、先にピットストップしてソフトタイヤに履き替えたグループには先行を許したものの、マーデンボローと関口の間、9位に入った。予選順位からは10ポジション・アップということになる。
*画像クリックで拡大します。
スタートを前にダミーグリッドに整列した後も、マシンの傍らに2種類のタイヤを並べて最後まで「様子を見る」チームがほとんどだった。この写真はタイヤに書き込まれたセットナンバーとマシンのグラフィックからもわかるように石浦宏明の車両、リアタイヤ。ミディアムを装置していて、横に赤いストライプの入ったソフトを並べている。このミディアムのままスタートして行った。写真を拡大して観察するとトレッド面がむらなく溶けて粘着した状態がそのまま残るミディアムタイヤに対して、ソフトタイヤ(おそらく予選で1アタック使ったもの)の「摩耗肌」は、表面の溶けが少し悪く、路面の極小の突起に削られたような細かな荒れが見て取れる。とくにトレッド中央あたりからショルダーにかけて。またミディアムに比べてショルダー側の当たりが少し浅く、グリップを十分に引き出していなかったこともうかがえる。前日の予選ではこうした摩耗が残るような路面状況だったわけだが、この後、コースの舗装面はさらに大きく変化していった。
*画像クリックで拡大します。決勝レース ラップタイム推移 top8+1
優勝したガスリー以下、上位でフィニッシュした他7車と、前半をリードした野尻、合わせて9車のラップタイムを54周にわたってプロットしてみた。茶色の点線は序盤、中盤、終盤それぞれの段階でソフトタイヤを装着して走った車両の中でも最速レベルのラップタイムを刻んだところを追ったもの。スタートで成功して2番手に付けたガスリーだがそこからミディアムタイヤで走る野尻のペースに合わせるしかない状況が続く。野尻は序盤のペースこそ良かったが勝負どころの30周目前後でミディアムにしてもペースが落ちたのが痛い。この序盤でソフトのメリットを示すマーデンボローは2ストップ作戦で燃料搭載重量が他より軽く、一方で大嶋は6周目ピットストップで満タンにしているので、この両者の差は重量影響と、そしてこのままゴールまで走る前提で大嶋がペースコントロールしているのと、二つの要素が重なっている(はず)。またマーデンボローは小林を抜いて5位に上がったところでやって自由に走れる状況になったので、それ以前の周回、ソフトタイヤがよりフレッシュな状態でもっとタイムが出た可能性もある。大嶋と同じチームルマンのローゼンクヴィストが4周完了でのピットストップの後、ミディアム勢より確実に速く、周回を重ねる中でアンダーカットを実現し、なおかつ燃料消費を抑えるという狙いどおりのペースを作って、終盤までデグラデーションも少なく走っていることに注目したい。早めのタイヤ交換(ミディアム→ソフト)を選んだ石浦のソフト履き替え直後のペースはその前のミディアムでのペースより1.5秒ほど速いが、そこから39周を走ることを考えてマイルドに入った可能性もある。直後にソフトに履き替え石浦のすぐ後ろに戻った小林の「一撃」とそこからのタイム推移と比較しても、両者のアプローチの差が浮かび上がる。ここで石浦と小林が1分32秒前後で走り、自身のタイムよりも毎周1.5秒ほど速いことでガスリー陣営はピットストップを決めた。残り20周という段階で燃料搭載重量も軽くなったところでソフトに履き替えたマーデンボローの「一撃」はこのレースのベストラップであり、中嶋(一)のペースとともにソフト・コンパウンドに合う路面状態になっていたことを示している。
*画像クリックで拡大します。周回毎のタイム差・ラップチャート
最近、この稿で常用している、優勝車両を基準に各車が毎周回、どんなタイム差で計時ラインを通過したかを追ったグラフ。19本のラインはそのまま各周回での順位を示すラップチャートとなっている。ロッテラーがスタートで遅れ、国本もペースが上がらなかったことで、序盤からしばらくは野尻-ガスリーの接近戦が続く。ガスリーは23周完了でピットインしたが、静止時間を13秒弱と短くまとめてコースに戻り、狙いどおり石浦、小林には十分な時間差を保ち、一方で走り続けている野尻、国本に対してはアンダーカットできる時間差に持っていった。ここから6~7周で野尻はリードを3秒失っている。ピットストップに時間がかかり5台に先行され、とくに小林の直後に付いてしまったことで次のストレートで追い抜きを試みて追突、再度ピットに戻ってノーズ交換を強いられたため一気に順位を落としている。ピットストップを4周目に行ったローゼンクヴィスト、6周目の大嶋の二人は空いた空間でソフトタイヤを使って先行する各車との差をじわじわと詰め、この段階(40周)でガスリーの後ろまで上がってきた。もう少し遅く、しかし早めのソフト履き替えを敢行した石浦がその後に続くという順位で最終版へと向かう。序盤に目を戻すと、後方から上がってきたチームインパルの2車はともに2ストップ作戦で順位変動に2回の「谷」がある。その後ろから上がってきた塚越はソフトタイヤで稼いだポジションを、レース距離のちょうど半分のタイミングでの1ストップにしたことで大きくは落とさずに済ませている。