t_news
2017-12-19 15:43:19
「終」の文字が浮かび上らなかったエンドロール(後編)
TECHNOLOGY LABORATORY 2017 Round6&Round7
南から北へ。1年でいちばん遠く、忙しい転戦
直前の第5戦からこの第6戦へ。それは九州・阿蘇外輪山のオートポリスから東北・蔵王山系を望むスポーツランドSUGOへ。直線距離でも1000km離れた二つのサーキットの転戦。チームファクトリーにマシンと機材が戻ってくるのが水曜日、翌週の水曜日には積み込み・搬出となるから、ちょうど1週間の中で実戦解析~準備のためのプログラムをこなさなければならない。ここでその粗筋を追ってみるなら…。
まず車両に関してはセットダウン、つまりサーキット現地で様々にセットアップ変更を行った積み重ねとしての最終状態が、正しい寸度になっていたか、エンジニアの狙いをきちんと反映していたかの精密計測に始まって、基本的な分解→エンジンをチューナーにいったん戻す。エンジニアたちは前戦の各セッションで自車のセッティングや戦略がどう機能したかのデータ解析、そしてライバルたちは何をしていたか…などの分析、読み解きを進める。それを元に、そしてもちろん彼我の相対戦力の状況も考えて、次戦に向けた“持ち込み”セッティングを組み立てる。それを、サスペンションのジオメトリー、前後の車高(車両姿勢)、ギアレシオやデフの差動制限、エアロパーツ…などそれぞれの仕様としてメカニックに指示。チェックを終えたエンジンが戻ってきたところで車両の再組み立てに入り、“持ち込み”セッティングの仕様を織り込んでゆく。そして最後にもう一度、コーナーウェイト(4輪それぞれの輪荷重)、車両全体から個々のサスペンション寸度までの精密測定を行って、ようやくマシンの準備完了。
もちろん、壊れた部品があれば修復や新品の準備=外装部品であればスペアにするものでもカラーリングまでしておかないといけないし、実走時の性能が気になるパーツがあれば、たとえばダンパーの減衰の出方が狙いどおりでないとすれば、オーバーホールして減衰特性計測のためにダンパーテスターにかける、といった作業が必要になる。
このくらいの作業を実質1週間、週末を休日にする場合は4日間程度で完了することが求められるわけで、チームとしてはメカニックたちの作業負荷とスケジュールの策定がなかなか大変、というケースも少なくなかったはずだ。
「速さ」と「燃費」の常識が崩れた、が…
とにもかくにも9月21日木曜日には、スポーツランド菅生のピットにはマシンとエクイップメントが整然と収まり、その背後のパドックスペースには各チームのトランスポーター/トレーラーがびっしりと整列。直前1周間の忙しさも素知らぬ顔で、チームスタッフがいつものレースと同じように準備作業を進めていた。金曜日の専有走行では、そのローゼンクヴィストはベストタイムでは19車中18番手に止まったものの、状態が良いユーズドタイヤを使ってクイックラップをトライしたドライバーたちに比べてラップタイムでは1秒ほどしか違わない。その一方で30周と最多周回をこなしている。その中で「SUGOでもルーキーです」と笑っていたベテラン・エンジニアのS.クラーク氏と#7担当のR.ディングル氏のコンビが、どんな戦略を想定してどんなデータを収集していたのか、他チームも、そして我々見守る側も興味津々だったのではあった。他にこの1時間の中で多くの周回を試みたドライバーとしては、野尻智紀が同じく30周、N.カーティケヤンと塚越広大が28周というところ。逆に関口雄飛は18周、国本雄資は16周にとどまった。
ここで話を決勝レースまで飛ばして、最終的なレースプラン選択を紹介しておくなら、やっぱりローゼンクヴィストは無給油作戦敢行。しかしこれは予選順位が12番手に沈んだがゆえ、オートポリス戦と同様にそれをレースの周回を重ねる中でゲイン(回復)するための計算結果。ローゼンクヴィストがスーパーフォーミュラのシビアすぎる予選の中で前に出る速さを身に着ければ、より“コンサーバティブ(保守的)”な、あるいは柔軟な戦略も視野に入れてくるはずだ。それにしてもオートポリスで2.5km/Lに到達したレース実戦燃費は、このSUGOの68周(正確にはそれに低速走行3周が加わる)=251.88kmをフルタンクの燃料だけで走りきったということは、平均燃費が2.7km/Lにも到達した計算になる。それでいてラップペースが極端に遅いわけではなく、ピットインした他車に対するおよそ30秒のアドバンテージを活かしつつも、優勝した関口から11.5秒遅れただけの5位まで順位を上げたのである。
そして小林可夢偉も「無給油作戦」で決勝レースを戦った。彼のスタート・ポジションはローゼンクヴィストよりも5つ前の7番手。とはいえ小林にとっては予選で思ったような順位が得られなかったことで、この作戦を選んだはずであり、その狙いどおり、このレースの中でひとつの鍵を握る演者となったのだが…(結末は後述)。
さらにもう一人、予選16番手からのスタートとなった山本尚貴も無給油で走り続けることに挑戦したが、こちらは67周目に入ったところで燃料が底を付いてしまった。
ここでもまた「1000分の1秒」を削り取る競争
フリー走行も残り15分というあたりで路表面の水もかなり減って、場所によっては主走行ラインの水が消えてきた。ここでまず塚越がドライタイヤ(新品)を履いてコースイン。そこから次々にドライタイヤに履き替えるドライバーが現れたが、皆、アウト-インの2周でピットに戻ってくる。これはつまり予選に向けた「皮剥き」、いわゆる「スクラブ」のためのドライタイヤ装着。それでも残り10分というタイミングでA.ロッテラーがドライタイヤで連続周回をトライして、1分10秒台までラップタイムを上げてきた。この間のラップタイム推移を見ると、1分11~14秒あたりが、ウェットタイヤとドライタイヤでほぼ同じようなタイムが出て、履き替えを考える、いわゆる「クロスオーバー」のタイム領域だと考えられた。この後は決勝レースまでドライタイヤを履くことになるはずなので、単なる参考事象にすぎないのではあるけれども。
こうなると予選1回目の最初の走行が、ドライタイヤの新品を履いてセットアップの適否を確認する唯一の機会になる。すへ手のドライバーにとって、ここが大きな分かれ目になるわけで、13時15分のコースオープンから各車次々にピットロードを出て行き、コース上ではそれぞれにクイックラップを試みる状況となった。当然、「トラフィック」で思うような走りをするのは難しい。そんな中でQ1・2度目の走行となれば残り7分というタイミングでまた続々とコースに向かう。そしてチェッカードフラッグが提示される最終周回ではタイミングモニターに表示される区間&周回タイムとその順位が目まぐるしく入れ替わり、野尻、山下健太という今季ポールポジションを獲得しているドライバーもQ2への進出を逃す、という状況になったのだった。毎回のことではあるけれども、Q1でのトップから14番手までのタイム差は0.632秒、Q2進出を分けた14番手の塚越と15番手・野尻のタイム差は1000分の9秒。続くQ2でもトップから8番手までのタイム差は0.481秒、Q3進出の分かれ目である8番手・マーデンボローと9番手・国本の差は1000分の38秒。これをSUGOの1周65秒の中で他のマシンとの間隔を取るのが難しい中で競い合う。スーパーフォーミュラのタイムアタックは本当にシビアなのである。
かくしてQ3のベストラップはN.キャシディが記録した1分4秒910。そのすぐ後方、最後の1台としてアタックしてきた関口は1000分の78秒及ばず1分4秒988。この2車がこれまでのスーパーフォーミュラ・コースレコードを更新した。
メカニックたちの戦い
このクラッシュでマシン回収のためにいったん赤旗提示。#19はトラックに載せられてピットに戻った。ここから13時25分の決勝前ウォームアップ開始まで4時間。サスペンションのダメージが左フロントのアーム関係だけであれば、部品交換で対応できる。とはいえ1時間少し後のピットウォーク時間帯ではまだ、フロントまわりがほぼストリップダウンされた状態で、車体を“高馬”に載せ、部品交換作業進行中だった。
サスペンションにダメージを負った時には、もちろんまず破損した部品を交換、再組み立てするのだが、その後に車輪が正確に狙いどおりのキャンバーやトーの角度、つまりアライメント(幾何学的位置関係)に位置決めされているか、「四つ足」が均等に接地しているかのコーナーウェイトなどを、できるだけ精密に測定し、本来のアライメントや車高に合わせる作業が欠かせない。ピットボックスの中では、まず4輪の接地面がひとつの水平面になるように高さと傾きを1輪ずつ合わせた平面の台を準備しておく。これを「簡易定盤」といい、毎回、サーキット現地に入った時にメカニックが最初にする作業のひとつがこの簡易定盤=4輪水平面の設営なのである。
#19車両ももちろん、サスペンションアーム交換、プッシュロッド、アップライトやブレーキなどを組み立てて走れる姿に戻したところで、この簡易定盤上でのアライメントとコーナーウェイトの測定と微調整を行い、ブレーキのエア抜きなど、足回りの分解・組み立てに付随する調整作業も進めてゆく。それにルーティンの決勝前準備作業を加えた時、4時間はもちろん十分とはいえないけれども、きちんと調整を終えたマシンを送り出すことが可能な時間だったと思われる。スタート直前“8分間”ウォームアップ走行で関口は計時ラップ5周、ピットアウト/インを加えて7周を走り、1分09秒459と、レースラップ想定としては十分なタイムも出して、スターティンググリッドに向けてピットを後にしたのだった。
ところが…
グリッド最前列イン側、2番手の枠の中に止まった直後からチームインパルのメカニックたちの動きが急に慌ただしくなった。車体の下に“馬”(支持台)を入れて持ち上げ、左側フロント・サスペンションを分解し始めた。それも車輪とモノコックをつなぐ中でも下側のAアームを外し、ピットから急いで持ってきたものと交換する。この作業をグリッドの上で進めたのである。
レース終了後に恒例の、優勝車担当エンジニアを迎えてのTECHNOLOGY LABORATORYトークショー、今回のゲストはその#19担当、柏木良仁エンジニアとなったのだが、当然、このグリッド上アーム交換の事情に話が及ぶ。修復を終えて送り出したのではあったが、グリッドに戻ってきたマシンをチェックする中で、この部分の異常に気が付いたのだという。「誰が?」「担当メカです」「ドライバーは?」「気付いてなかったですね(笑)」。詳細は聞けなかったのだが、おそらくはマシンをジャッキアップして(これはグリッド上でのルーティン)車輪を手で揺すって確かめる中で、ガタがあるのが伝わってきたのだろう。それがロワーアームが車体と、あるいは車輪保持部であるアップと結合する球面ジョイント周辺に出ている。瞬時にそう確認して現場で交換することを判断、ピットに交換部品を取りに走り、クルマの周辺では作業手順を考え、すぐに手を動かす、というプロセスが進行したのである。「ほんとにウチのメカニックは優秀なんです」。ここでの主役は彼ら。ドライバーとエンジニアは、全てを託して見守るしかない。戦いの始まりに向けてドライバーと許されたメカニックだけがコース上に残るスタート3分前、#19は本来の姿となって関口をそのコックピットに納めていた。
ちなみにこのロワーアーム交換程度であれば、内外3点の取付関節部をきちんと組み付けて締結すると、アライメントの変化はほぼないと考えていい。ダラーラが造る今日的競技車両の製造精度はそれくらい高いレベルにある。
シリーズポイント「1点」を巡るドラマ
この状況を変えようと動いたのはロッテラー。10周完了でピットロードに飛び込み、燃料補給だけ、タイヤ交換はせずに静止時間7秒ちょっとで発進。事前に予想されたとおり、この「最小限の燃料補給、タイヤ無交換」が、今回のSUGOでは主流のストラテジーとなる。これでロッテラーは前が少し空いた場所に戻り、トップを行く関口よりも0.5秒ほど速いラップを刻んでみせる。このままだと、後にピットインする先行車、ガスリー、関口の前に出る、いわゆる「アンダーカット」が可能か、と思わせたのだが、関口もそれに呼応してラップタイムを少し詰めて走る。目の前にいない相手との戦いをみせてくれるか、と思わせたロッテラーだったが、ピットロードの速度違反でドライブスルー・ペナルティ。上手の手から水が漏れた。これで関口~ガスリー~中嶋(一)の並びとなり、あとはいつ誰がピットインし、その時のお互いの間隔、そして静止時間は…? という状況が続く。
この中でまず動いたのは関口。スタート時の燃料搭載量が少し軽かったのか?とも思わせたが、柏木エンジニアによれば「満タンですよ」とのこと。燃料補給ノズルの引き抜きが少しぎくしゃくしたように見えたが静止時間6.7秒。ピットインする前の周回で33.5秒後方にいた小林可夢偉(この時7番手)の前に戻ることに成功した。しかしおそらくは燃料補給量としてはレース距離を走りきるのにギリギリだったのではないか。そのリスクを負っても、コース上のポジションを優先しなければならない。そういう状況だった。
その関口との差がいったんは5秒ほどまで開いたガスリーだったが、関口が先にピットに入り自車の燃料搭載量が軽くなるのに合わせてペースを上げていく。後方から来る関口との差を32~33秒まで開くことができれば、ピットインして戻った時に前に出られる(いわゆる「オーバーカット」)計算になるが、さすがにそれは難しい。当面のターゲットはその後にいて、このあたりまでレースが進む中でおそらくは無給油で行こうとしていることが見えてきた小林になる。その後ろには、無給油作戦遂行中であることが明らかなローゼンクヴィストが上がってきていた。
そしてガスリーと星学文エンジニアが選んだピットストップ・タイミングは残すところ11周となる57周完了時。静止時間7.3秒。関口の背後、小林の前に戻った。このガスリーのピットストップに反応したのが中嶋(一)と小枝正樹エンジニア。次の周回にピットインして静止時間7.5秒。SUGOの回り込むピットロードを走り、2コーナー出口でコースに合流した時、小林が1~2コーナーを回ってきた。ギリギリ3番手確保、というタイミングだった。しかし小林は最終周回でガクッとペースが落ちてラップタイムで10秒以上遅くなり、そこまで守っていた4番手から3つ順位を落とす。
残り2周の時点でこのトップ争いの5秒後方に着けていた小林は、最後の最後に燃料が足りなくなってスローダウン。2周でおよそ15秒のタイムをロスして、ファイナルラップに入ってまず国本、ローゼンクヴィストにかわされた。そして石浦宏明が最後の最後にこの小林を抜く。石浦は、8番手グリッドからスタートして序盤は小林、ローゼンクヴィストの燃料消費抑制ペースの後方に押さえ込まれていたものの、この二人を抜いた後は全体最速ペースに上げ、給油組の最後にピットに飛び込んだ後はこのレースのファステストラップも記録するドライビングを積み重ねていた。その結果として得た6位・シリーズポイント3点。7位・2点との1点の違いが、最小得点差である0.5点のリードであってもポイントリーダーとして最終戦を迎える結果につながったのだった。
*画像クリックで拡大します。
スターティンググリッド最前列右側の“ボックス”に止まり、スタートに向けた準備を始めたところで、関口車の周囲が急に慌ただしくなった。車体を持ち上げ、必要な工具を並べ、メカニックたち
前輪左側ロワーアームの車体側・車輪側両方のボルトを外し始める。ピットからは交換するロワーアームを持って別のメカニックが走る。車両右前(写真では左側)に立つ白シャツの人物は柏木エンジニア。チームのメカニックたちの判断と能力を信じて見守るしかない。
*画像クリックで拡大します。決勝レース中ラップタイム推移top7+1
いつものように決勝レース68周のラップタイム推移を並べて比べてみた。上に行くほど速い1周、という描き方をしているので、それぞれのドライバーの“折れ線”が囲む面積が大きいほどレースタイムは短い=上位に行くことになる。今回の関口は、きわだって速いタイムを記録してはいないが、まず10周を過ぎたところで一度速いリズムに持っていって後続のガスリー他との間を少し開き、そこからはペースを維持しつつ燃料重量の減少に応じたタイム変化、そして早めのピットストップから後も後続(ここまで来るとターゲットはガスリー)との差をにらみながら、速いラップを何度か入れて逃げ切ったことがわかる。特徴的なラップタイム推移を見せているのは石浦で、序盤は小林、ローゼンクヴィストの無給油作戦2人の後方に着けたことでタイムも押さえられていたが、その前に出てからは全体最速ペースに上げ、とくに終盤にはファステストラップも含めたクィックラップを続けた。これが最後にスローダウンした小林を捕える結果につながったわけで、チャンピオンシップを手中に納めるのにふさわしいドライビング&戦いの感覚といえるのではないだろうか。一方、ガスリーは前半のペースが若干上がらなかったことがピットストップ前後のペースアップで関口をとらえきれなかった(オーバーカットが可能だったかも)ことにつながった、と読み取れる。
*画像クリックで拡大します。周回毎のタイム差・ラップチャート
優勝した関口を基準に周回毎の計測ライン通過のタイム差をプロットしたグラフ。それぞれの間隔の推移に加えて、周回毎の順位(上から下へ)を表すラップチャートにもなっている。スタートから先頭集団を形成したのは関口-ガスリー-ロッテラー-中嶋(一)の4人。ロッテラーは7周目に中嶋にかわされて4番手に下がり、状況打開を狙って10周完了という早いタイミングでのピットストップを敢行。比較的「前が空いた」場所に出てみるみる差を詰めてゆくが…。ピットレーン走行での速度超過でドライブスルー・ペナルティ。彼としては「凡ミス」であり、悪くても3~4番手に入れた機会をふいにした。トップを堅持していた関口が、上位陣の中では最初に動いたのも注目に値する。無給油作戦でじわじわ順位を上げてきた小林、ローゼンクヴィストがこの時のターゲットであって、給油時間をぎりぎりまで削っても彼らの前に出て自分のペースで走れるように、という観点からピットストップのタイミングを選んだものと思われる(レース後のトークショーでも柏木エンジニアがその旨語っていた)。ガスリー、中嶋(一)はレース終盤近くまでピットストップのタイミングを引っ張り、最終版に関口を追い詰めたが…。