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フォーミュラの魂 2012  “開幕戦 鈴鹿サーキット”

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ただ“速く走りたい”から…

2連覇チャンピオン松田次生がカムバックした理由

“フォーミュラ・ニッポン唯一の2連覇チャンピオン”。その肩書きからすれば、決して誉められない8位入賞。しかし2年ぶりのレギュラー参戦、その初戦を終えた松田次生には、大きな“充実感”と未だ癒えない“渇望”があった。「もう後がない」と言った男がまとっていたのは、王者の誇りではなく、挑戦者の覚悟であったのだろう。

“飢え”を感じるための2年間

「2007年、2008年と2年連続でタイトルを獲った後、“僕には何があるんだろう”という気持ちになりましたね。それだけ成績を残しても、F1のテストがあるわけじゃないし、海外のシリーズに行けるわけでもない。そう考えると、これ以上先がないように思えて、モチベーションを保つのが難しかったんです」

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 今季、フォーミュラ・ニッポンに完全な形でのカムバックを果たした松田次生。その松田は、一時フォーミュラの世界を離れていた。2009年いっぱいまで在籍していたTEAM IMPULから、2010年はKONDO RACINGに移籍。この時はシリーズ途中からの参戦となり、ほとんどテストもないまま走り続けた。結局、成績は振るわなかった。
 そして昨年、松田にレギュラーシートはなかった。シリーズ終了後のJAFグランプリに、SGC by KCMGから出場しただけに留まった。20歳の時から乗り続けてきた、フォーミュラ・ニッポン。そのコックピットに座らない日々が訪れるとは…。松田自身がその状況を一番信じられなかったかもしれない。しかし、この2年間の経験が、松田の心に再び飢えを感じさせた。

恩師からの電話に即答した理由

「もう一度“速い”っていうところを見せたいと思いましたね。特に、去年はそういう気持ちが強くなった。2009年とかは『もうチャンピオンも獲ったし、この先SUPER GTだけでもいいかな』って思いかけた時もあるんです。
 でも、昨年のJAFグランプリ参戦があったことで、まだ走れるという感触を得ましたし、自分自身もっともっと成長したいと思いました。フォーミュラに乗れば、腕がもっと磨かれる。乗れない時期があったからこそ、自分がやりたいのは“速く走ること”だと気づいたんです」

 今年1月、そんな松田のもとに、TEAM IMPULを率いる星野一義監督から電話が入った。
ph 『もう一度、日本人ドライバーとして、チャンピオンを目指してくれないか』
 その言葉に松田は即答。カムバックを決意する。2009年にFN09が導入されてからこれまで、納得の行く走りをすることができなかった。相性の悪さを感じていた。だからこそ、このマシンを攻略したい。テストが始まる前には、今季チームメイトとなるジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ(2010年チャンピオン)のデータや車載カメラの映像を見ながら、徹底的に研究を重ねた。開幕前に2回行われたテストでは、今までのスタイルではなく、コーナーでのボトムスピードを落とさない走り方にトライした。
 それと同時に、昨年から導入された硬めのタイヤの使い方も習得しなければならない。タイヤや乗り方に合わせたマシンセットアップの煮詰めも、時間がない中で進めて行く必要がある。テストの時間はアッと言う間。その中で、松田は自分の能力と経験をフルに使って、少しずつデ・オリベイラとのタイム差を削って行った。

スタートで力んでしまった開幕戦鈴鹿

ph  そして迎えた開幕戦。金曜日に行われた練習走行では、マシンの感触はまずまず。だが、やはりニュータイヤでの一発に課題が残った。最も初期グリップが高い状態を掴み切れない。“これは予選も相当厳しいぞ”と、松田は思った。とは言うものの、実際の予選では、タイトル経験者だけあって、Q3に進出。最終的には5番手のポジションを獲得する。これには手応えを感じることもできた。ところが、決勝では、スタートで出遅れてしまう。

「ホイールスピンしてしまったんですよね。朝の練習では、JP(デ・オリベイラの愛称)よりも良かったんです。でも、本番はアガッていないつもりが、アガッていました。力み過ぎて、アクセルを踏み過ぎたんですよ」

 その後、ロイック・デュバル(2009年チャンピオン)との僅差のバトルを凌ぎ切って、レースでは8位入賞。しかし、レースラップにバラつきがあり、その点は課題として残った。鈴鹿サーキットレーシングスクール・フォーミュラで、自分の教え子だった伊沢拓也や塚越広大に先行されたのも悔しかった。

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フォーミュラが一番自分を鍛えてくれる

 だが、それとは別の部分で、松田は大きな達成感に包まれていたとも言う。
ph 「フォーミュラは、すべて自分が決めなければいけないカテゴリー。例えば、決勝レースの前には“スタート上手く行くかな”と考えたり、クラッチミートの感触やシグナル1つ1つが何秒で消えるかとか、イメージします。
 とにかく考えることが多いんですよ。身体は休んでいても、頭はフル回転。だから、ホテルでの睡眠も、SUPER GTより浅い。寝ながらもいろいろ考えているので、時々、夢なのか現実なのかっていう感じの時もあるぐらいなんですね。
 だから、開幕戦を走り終えた後は、達成感もありました。あのスピードで走る気持ち良さと疲労感、頭を完全に使い切ったという達成感。フォーミュラ・ニッポンは、極限のマシンだからこそ、そういう刺激を感じられますし、その世界に身を置くことで、もっと自分を磨きたい。フォーミュラ・ニッポンに乗ることで、体力的にもメンタル的にも、一番自分が鍛えられるんです」

 今後のシリーズ戦では、一歩一歩目標を達成し、まずは優勝、最終的にチャンピオンを目指したいと松田は言う。
“今年結果を残さなければ後はない”という気持ちは2006年にTEAM IMPULに初加入した時と同じだ。松田は若干20歳だった2000年の第3戦MINEで、フォーミュラ・ニッポン初優勝(日本人の最年少初優勝記録、当時NAKAJIMA RACING)を飾り、期待の新鋭となった。だが、その後の5年間は勝利に届かず。チームメイトがタイトルを獲ったときも、彼は思うような成績を残せない。そんな松田に『才能はあるんだ』と、声を掛けたのが星野監督だった。
 そして2012年。2年連続チャンピオンという過去の栄光は捨て、チャレンジャーとして再び頂点に挑む松田。静かに刀を研ぎ澄ませていくようなその走りに、彼の魂を感じて欲しい。

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Reported by Yumiko Kaijima


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