ロッテラーが望んだ極限の戦いの世界とは…
第2戦ツインリンクもてぎは、2011年王者のアンドレ・ロッテラー(No.1 PETRONAS TEAM TOM'S)がポール・トゥ・ウィンを飾った。わずかに首位を譲った瞬間もあったが、波乱のないレースにも見えた。だが、そこには当事者たちにしか分からない極めてレベルの高い戦いが存在した。そして、それこそがロッテラーが求めた世界だったのだ。
「JP(ジェイ・ピー、No.19 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ[TEAM IMPUL]の愛称)が、前半燃料をセーブしながら走っているんだろうなっていうことは想像していたよ。だけど、あれほど彼のピットストップが早いとは全く思いも寄らなかった。自分が前半に築いたギャップで十分だろうって思っていたんだ。
ところが、彼は僕の前でピットアウトしてきた。その時は、驚いたよ!でも、瞬時にオーバーテイクボタンを押して、JPのタイヤが温まるまでに3コーナーでのブレーキ勝負で前に出ることができた。本当にあれは“ギリギリモーメント”だった。フォーミュラ・ニッポンのレースっていうのは、そういう意味で、ものすごく自分の直感的な感覚が試される。F1を除けば、観客もビックリしてしまうような、こんなに凄いスピードで走っているクルマはないし、走っている時に、プッシュする以外にあまり細かい事まで考える余裕はない。だからこそ、純粋なスポーツだと思うし、そこが最大の魅力だと思うんだよね」
5月12日(土)〜13日(日)、ツインリンクもてぎで行われた全日本選手権フォーミュラ・ニッポン第2戦。このレースで勝者となったディフェンディング・チャンピオンのアンドレ・ロッテラーは、そう語った。
彼の言葉にもあるように、ピットストップの際に一瞬、デ・オリベイラが前に出た以外は、終始ロッテラーがトップを守ってレースを走り切った。こうしたレースは、外から見ている分にはトップ交代の応酬もなく、ともすれば単調に見えがちである。しかし、実際コース上を走っているドライバーにとっては違う。その証拠に、レース後の記者会見では、ロッテラーもオリベイラも“今日はタフだった”と口を揃えていた。
一体、彼らはどうしてそんなセリフを口にしたのだろうか? ロッテラーが、そのバトル中の心境を語ってくれた。
「フォーミュラ・ニッポンのレースでああいう接近戦になった場合には、少しのミスも許されない。だからこそ、常に集中を切らすことはできないし、それには体力的にも精神的にも、多くのことが要求されるんだ。特に、第2戦もてぎのレース終盤。僕のクルマはフロントのブレーキが弱まってきて、リヤばかり効くようになってしまったことで、クルマがオーバーステアになった。何とか必死でブレーキバランスを前に持って行って、その後はまた大丈夫になったけど、本当にミスできない状況だったし、もう少しで負けちゃってもおかしくない状況だったんだ。
だけどね、フォーミュラ・ニッポンでああいうバトルができるっていうのは、大変なことであると同時に、本当に楽しいことなんだ。そのためには、フェアでいいバトルができるライバルも必要だ。その点、JPはピットアウト後の僕とのバトルでもすごくフェアだったし、スポーツマンだった。だから、彼との戦いはタフでもあったけど、とても楽しかったよ」
一方のデ・オリベイラは、もてぎ戦の前半、最大限燃費を稼ぐ走りに徹していた。それに関して、ロッテラーは、自分も見習わなければならない部分があると振り返る。
「僕も前半、トップを守りながら、ある程度燃費を稼がなくちゃいけないっていうことは分かっていたよ。今年のフォーミュラ・ニッポンは、燃料タンクが小さくなっているし、コース上でのオーバーテイク(追い抜き)がとても難しくなっている。だから、もし自分が追いかける立場になったとして、前のマシンを抜けないと感じたら、燃費を稼いでピットストップでの逆転を期待するしかない。そういう燃費を稼ぐ走り方について、JPは去年、このもてぎで行われたインディカー(第15戦)で学んだと思うんだ。あのレースは、常に燃費のことを考えて走らないと、結果は出ないからね。そのためには、僕ももう少し、走り方を学ばなければいけないと思う。もちろん、第2戦のもてぎでも、スタート後に少しギャップを稼いでからは、リーンマップ(燃料の噴射を薄めにするエンジン設定)で走ったんだ。
だけど、燃費を稼ぐためには、それだけではダメだ。もっとコーナーの手前で、上手くアクセルを抜きながら、ペースを保つとか、そういうことが要求されると思う。第2戦もてぎまで、僕はたとえリーンマップで走っていたとしても、とにかくできる限りプッシュすることに集中していたから。一方、JPのいるTEAM IMPULは、もっと燃費に関する作戦のことを考えていたと思う。だから、今後のレースでは、僕もその点をもっと考えて実践しなければならないと思う。
それは簡単なことではないんだ。走り始めたら、自分のペースを保ちたいと思うから。その中でも燃費をもっと稼ぐために、少しドライビングスタイルを変えて行かなければいけないと思うんだよね」
そう語るロッテラーは現在、フォーミュラ・ニッポンのドライバーであると同時に、今年からはアウディのワークスドライバーとして、ル・マン24時間を含むWEC(世界耐久選手権)全戦に参戦という厳しいスケジュールの最中だ。
母国の大メーカーのワークスでエース格として迎えられているだけに、彼は母国に帰ってWECだけに集中し、すでにタイトルを手に収めたフォーミュラ・ニッポンを終了して日本を離れるという選択肢もあったはず。だが、彼は昨年末にフォーミュラ・ニッポンへの参戦も可能になったとき、継続を即決し、大喜びをしたという。それは、なぜなのか?
「まずフォーミュラ・ニッポンのレースは、自分とチーム、その力が試されるっていうことがある。耐久レースと違って、フォーミュラ・ニッポンでは、僕のクルマには僕だけが乗る。そこでエンジニアと本当にクルマの詳細まで話し合って、セットアップを決めていくし、結果が出ても出なくても、それは僕とチームの力によるものだ。そういう意味で、フォーミュラ・ニッポンは本当に純粋なスポーツだと思うんだ。
それに、僕は去年30歳になったけど、まだ十分に若いと思っているし、ドライバーとして、できるだけ長くフォーミュラ・ニッポンに乗っていたいと思う。さっきも言ったけど、F1を除けば、こんなに速くて、エンジンの音がいいマシンに乗れるなんてないからね。しかも、僕にとって、TEAM TOM'Sはもはや家族みたいなものなんだよ。彼らと一緒に仕事を続けたかったんだ。それに、自分自身のプライベートな生活を考えても、まだ僕は日本を離れる準備ができていない。
今年、アウディからWECにフル参戦することが決まった当初、日本のレースを辞めようと思ったんだ…。だけど、そこから1〜2週間して、気付いた。僕は、10年近く、それほど長い間、日本で自分のキャリアを築いてきたし、もし離れなければならないとなったら、どう感じるかって……。それを考えたら突然、寂しくてたまらなくなった。だから、僕は今年も日本で走りたいと思ったし、せっかく獲得したカーナンバー"1"を誰にも渡したくなかったんだよね」
今や世界的なトップドライバーに成長したロッテラーが、ここまでその価値を評価するフォーミュラ・ニッポン。今シーズンも、チャンピオンであるロッテラーと、そして彼が評価するJPや中嶋一貴らライバルが激しいタイトル争いを繰り広げている。
時に単調に見えるレース展開であっても、その影では各々のドライバーやチームが技術、体力、精神力を出し切り、まさに身を削る戦いを繰り広げている。ファンの皆さんもそんな“見えざる戦い”に思いを寄せていただければ、より深く楽しい観戦ができるはずだ。
Reported by Yumiko Kaijima