レースを終えて、ピットロードに滑り込んでくるマシンたち。コクピットから下りた山本尚貴は、ヘルメットも脱がないまま、チームスタッフに肩を抱かれ、自らのピットへと戻った。それから、どれぐらい泣いただろう。どれぐらい自分を責めただろう。表彰式も上位入賞者3人の記者会見も終わった頃、彼は泣き腫らした赤い目で、チームスタッフとの話し合いを続けていた。
「レース前の8分間のウォームアップでは、ピットロードの一番前に並んでいたんですが、エンジンストールしてしまったんです。スタートを練習したわけでもないのに、無意識に1速にギヤを入れてしまった。そこから焦り始めて。ダミーグリッドについた後も、その焦りは止まりませんでした。周りの人には、そういう雰囲気を見せまいとニコニコしていたんですが、心の中は…。それまで完璧だった週末なのに、あそこでストールして、小さな歯車がひとつ噛み合わなくなってしまっただけで、こんなことになるなんて…」。
デビュー2年目の開幕戦。山本はQ3で2番手以下を大きく引き離すタイムをマークして、ポールポジションを獲得した。もちろんフォーミュラ・ニッポンでは、自身初ポール。去年、チームメイトだった“憧れの先輩”・小暮卓史を打ち負かしてのトップタイムに、山本は歓喜の涙を浮かべた。チームスタッフだけでなく、他のホンダ系ドライバーも、プレス関係者も、その清々しい涙を祝福。ひょっとすると、元ドライバーだった他チームの監督の中には、そこに自らの若い時代を重ね合わせた者もいたかも知れない。それほど新鮮な初ポール奪取の瞬間だった。
だが、目の前に誰もいないその位置からスタートすることは、山本にとって想像していた以上の重圧だったのだろう。気持ちが動揺したまま、シグナルブラックアウトの瞬間を迎えた山本は、アッと思った時にはホイールスピンを起こし、小暮やアンドレ・ロッテラーに先行されていた。自分の真後ろから発進した塚越広大にも、1コーナーの飛び込みでは並びかけられる。
「当たっちゃいけないと思って、1台分イン側にはラインを残していました。そのまま2台で並んで、2コーナーに入って行ったんですが、僕も引けなかったし、塚越さんも引けなかったと思います。お互い、意地がありましたから」。
その結果、山本は塚越と接触。アウト側にいた山本は、スピンアウトしてしまう。さらに、後方からこの混乱の中に突入してきたディフェンディング・チャンピオン、J.P.デ・オリベイラとも接触。山本のマシンはタイロッドが曲がってしまったという。
「それでも幸いエンジンが掛かっていたので、走り始めました。ハンドルが曲がっていて、真っ直ぐでもちゃんと走れない状況でしたが、これならピットに帰れるって…。ピットに帰ったら、チームのみんなが素早くクルマを直してくれました。周回遅れにはなってしまいましたが、みんなが一生懸命直してくれて、そのサポートでコースに戻ることができたんです」。
朝のフリー走行で、燃料を多く積んでも、マシンバランスは良かった。これなら勝つことができる。山本は、その手応えを掴んでいたと言う。それだけに、スタートのミスと、その後の接触・スピンは、悔やんでも悔やみ切れなかった。
「きっと神様が見ていて、“お前が勝つのはまだ早い”って思ったのかも知れませんね。でも、エンジンが止まらなくて、ピットに戻れたのも、神様が見ていてくれたからじゃないかと思います。頑張って、最後まで走りなさいって言われたんじゃないかと思うんですよね」。
そう話す山本の瞳には、すでに次のレースに向けての闘志が浮かんでいた。山本は、あの爽やかなポール奪取を、オートポリスでも再現することができるのか? そして、シリーズ戦での初表彰台は? 彼はそんなことを期待させるドライバー。一方、山本には負けないと気合いも新たに、オートポリスへと向かう若武者たちが、今年のフォーミュラ・ニッポンには勢揃いしている。皆さんにも、彼らの奮闘ぶり、そして成長ぶりをじっくりと見守っていただきたい。
Reported by Yumiko Kaijima