開幕から3連勝を決めたPETRONAS TEAM TOM'S。しかもアンドレ・ロッテラーは2戦2勝の勝率100%。“ルーキー”中嶋一貴も1勝を挙げ3戦連続の表彰台。当然、ランキングで1-2を独占している。この強さの秘密とは、果たしてなんなのだろうか?
思い悩んだフォーミュラ・ニッポンの継続
夕暮れ迫る鈴鹿。その表彰台の裏にある控え室に上がってきたアンドレ・ロッテラーは、ガックリと肩を落として、椅子に座り込んだ。2010年の最終戦鈴鹿、第2レーススタート前、ランキングトップのジョアオ・パオロ・デ・オリベイラをわずか0.5ポイント差まで追い詰めながら、逃したタイトルは大きかった。
「僕は、また2位で終わってしまったよ…」。ロッテラーは、そう呟いた。
それからわずか1週間後のJAFグランプリ。この大会中に行なわれた2レースで、いずれも優勝を果たしたロッテラーは、迷っていた。来年もフォーミュラ・ニッポンを続けるべきか否か…。すでにアウディのワークスドライバーとして、ル・マン参戦を開始していたロッテラーにとっては、1年の前半、そのためのテストが多数予定されていた。その仕事に専念するためには、もしかしたらフォーミュラ・ニッポンをストップした方がいいのかも知れない。
その一方、彼にはどうしても手にしたいものがあった。それはフォーミュラ・ニッポンチャンピオンの称号だ。20歳で参戦を開始して8年。常にタイトルを争う存在として注目されながら、ロッテラーは惜しい所でチャンピオンを獲れずに来た。プライベートでも親交が深いブノワ・トレルイエやロイック・デュバル、そしてデ・オリベイラが手にした、その称号を自分も手にしたい。そう考えるのは、当然のことだ。シーズンオフの間、そのことを考え続けたロッテラーは、最終的にシリーズへの参戦継続を決める。チームを率いる舘信秀監督も、彼の残留を望んだ。ただし、ル・マンに備えるためには、スケジュールの都合上、第2戦・オートポリスを欠場せざるを得ない。その条件をチームも、そしてトヨタも快く受け入れた。
ライバルとの差となったチームの総合力
迎えた2011年シーズン。ロッテラー(No.36 PETRONAS TEAM TOM'S)は、5月の開幕戦鈴鹿で小暮卓史(No.32 NAKAJIMA RACING)との一騎打ちを制して、幸先のいい優勝を果たす。ここでキーとなったのは、タイヤ交換。初めてタイヤ交換を担当したメカニックが、痛恨のミスを犯してしまったNAKAJIMA RACINGに対して、PETRONAS TEAM TOM’Sは完璧な仕事を見せる。続く第2戦、ロッテラーは欠場となったが、彼にとって最大のライバルとなるはずの小暮はリタイヤ。デ・オリベイラは、他のドライバーと違い、給油する戦略だったため、4位フィニッシュがやっとという状況だった。優勝したのは、ロッテラーの新しいチームメイトとなった中嶋一貴。ここでもPETRONAS TEAM TOM’Sの戦略は、群を抜いていたと言っていいだろう。
そして、7月15日に行なわれた富士での第3戦。久しぶりに国内シリーズに戻ってきたロッテラーは、休んでいた間のブランクを全く感じさせることなく、今季2勝目。ここまで勝率100%という仕上がりを見せる。マシンセットアップももちろん決まっていた。だが、今回も、一騎打ちとなったTEAM IMPUL(No.1 ジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ/No.2 平手晃平)との勝敗に大きく関わった要素のひとつは、ピットワーク。その流れるようなタイヤ交換のスピードは、TEAM IMPULよりも平均して1秒ほど早く、他のチームからも驚きの声が上がった。
中嶋一貴の経験もチームに活かされる
「TEAM TOM'Sのスタッフは、ずっとメンバーが変わっていないし、年々強くなってきている。一貴が加入したこともチームをいい方向に向わせているよね。彼はルーキーって言っても、ルーキーじゃない。多くの経験を積んできているし、その時に身につけたノウハウや知識が、チームにも活かされているんだ」。ロッテラーは、今のチームの状態をそのように表現する。これを裏付けるのは、ロッテラーのマシンを担当する東條力エンジニア。
「そうですね。ウチはフォーミュラ・ニッポンに参戦してからずっと、スタッフがほとんど変わっていないし、担当も変えていないんですよ。ピットワークに関しても、それは同じです。何年も同じ仕事をやってくる中で、個人個人が工夫した点もありますし、場数を踏んできたっていうのもあって、今は失敗が少ないんでしょう。いくら練習で上手くできても、本番とは違うので、その辺は場数を踏まないと。そういう意味では、ウチだって、ナットを飛ばしてしまったり、以前は色々ミスがありましたからね」
それを改善してきたのは、現場スタッフの責任感。そして、毎レース後に作られるレポートだ。TEAM TOM'Sでは、過去のレースに関して、どのような失敗があったのか、そしてその原因は突き詰めていくと何だったのか、すべてがレポートにまとめられている。セットアップに関しても、戦略に関しても、そしてピットワークに関しても。ファクトリーでは、スタッフ全員が、そのレポートをいつでも好きな時に確認できるようになっていると言う。
「ミスがあった時には、誰が良い悪いではなく、その原因をスタッフ全員が知っていないとダメだと思います。だから、ウチはクルマに関するデータも2台でお互いオープンにしていますし、戦略についても両方のクルマのスタッフとドライバーが、それぞれ希望とかアイデアを出し合って決めています」
3連勝で得た自信を持って後半戦へ
強いチームは一朝一夕では作れないものだが、今年参戦6年目となるTEAM TOM'Sは、少しずつ足りない部分を補って、自分たちの仕事の精度を上げてきた。2台を担当するそれぞれのスタッフの間にも、隠し事や壁はない。それが今年、チームとして開幕3連勝という結果につながっているのだろう。
「今年はチャンスなんじゃないかと思うし、もちろんアンドレにチャンピオンを獲らせてやりたいと思っていますよ」。自身もようやくフォーミュラ・ニッポンの戦い方や状況への合わせ込みに対して、自信が持てるようになってきたと東條エンジニアは言う。
だが、ここからシリーズは佳境。他のチームも、黙って指をくわえているわけではない。最強軍団と謳われるTEAM IMPULや、韋駄天・小暮卓史を擁するNAKAJIMA RACINGだけでなく、多くのチームが“打倒!PETRONAS TEAM TOM'S”を目論んで、第4戦ツインリンクもてぎへの準備を着々と進めている。真夏の太陽と同じぐらい熱いものを、それぞれの心に秘めながら…。
Reported by Yumiko Kaijima