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Honda HR-417E - ENGINE SUPPLIER

佐伯 昌浩

本田技術研究所

1.前戦・富士を振り返って
Q

エンジンを供給されている車両群の結果とデータを見渡した時、自社のエンジンの予選のパフォーマンスについて、どう分析されていますか? 気温と湿度がかなり高い中での予選でしたが、その気象条件に対してどんな方向の調整(“適合”)をされたのでしょうか? またエンジンのパフォーマンスとしてはどのくらいの影響を受けたのでしょうか?

A

今回も赤旗で満足なアタックができなかった車両もありましたが、セクタータイムで見るとセクター3で遅れをとっていることから、エンジンのピックアップ面で少し足りなかったと思います。
NREも4年目となり補正データも合っているので、気温や湿度変化に対して大きく変更するところはなく、最適値で走らせることが可能になっています。

*ピックアップ:エンジンに関して使った場合は、アクセルを踏み込んだ瞬間の反応、エンジンの中で燃焼が起きてマシンを前に押し出す力が現れる、その反応が速く、正確に現れるか、を指す。

*補正データ:エンジンの制御、すなわち回転速度やアクセル開度に対して、燃料噴射量、点火時期、ターボチャージャーの仕事=吸入気として送り出す空気圧力(ブースト圧)などの基本的な制御項目を瞬間瞬間にどう決めるか。まず一定の条件、例えば気温15℃・標準大気圧(海面基準)に管理された試験室で様々な実験を繰り返して決めてゆく。それに対して現実の戦いの場では、標高だけでなく気象条件によっても大気の圧力は変化し、もちろん温度や湿度も変わる。これらの条件変化に対して、何をどのくらい変化させるかを設定するのが「補正」。そのためのデータも蓄積されている、ということ。

Q

前問に引き続き、自社のエンジンに関して、レースでのパフォーマンス、パワーと燃費のバランスなどの状況分析をお願いします。何か気になる問題は生じましたか?

A

Q

改めて整理してみたところ(TECHNOLOGY LABORATORY 富士ラウンド・レビューご参照)、予選では各車の直線到達速度にけっこう差があり、決勝ではその差が小さくなる一方で、多くの車両が通常周回より5~10km/h速い速度に到達したラップが何周かありました。これはスリップストリームとオーバーテイク・システムの効果と見ていいはずですが、どうでしょうか? 各車のレース・セッティング(空力とギアレシオ)にもよると思いますが、今回の富士でオーバーテイク・システムを直線で使った時のゲイン(速度増加)はどのくらいあったのでしょうか? また、直線以外でオーバーテイク・システムを使った事例はありましたか? その効果は?

A

今の富士は予選ではダウンフォースを増やして最高速は落ちるけど、コーナーでタイムを稼ぐセットアップの方が若干速かったようですが、最高速の差に対してラップタイムの差はわずかです。
決勝ではスリップストリームを使ったストレート勝負になるので、各車、ダウンフォースを削って最高速が揃ってきます。
OTS(オーバーテイク・システム)の効果は、ターボのインテークが大きくなったことと、ストレートが長くスリップストリーム使いながらの作動になるので、+9km/h前後のゲイン(利得)が発生しています。ストレート以外での使用は、前走車を抜く目的ではなく、ピットストップのタイミング前後でラップタイム向上を狙った使い方が見られました。

*ターボのインテークが大きくなった:空気を圧縮してエンジンに送り込むターボチャージャーの吸気取入口は、SF14の右側サイドポッドから生えた“チムニー(煙突状換気口)”の根元前面にある。今期からその開口部が拡大された。高速で流れる空気がより大きな断面を持つ通路を通過することで、ターボチャージャーの圧縮機が吸入・圧縮・吐出をする時の流れが良くなり、ターボチャージャーの仕事量、すなわち回転速度を無理に上げなくても十分な空気量を取り入れられるようになった。

2.第4戦・ツインリンクもてぎに向けて
Q

次戦の、エンジンに関わる最大の話題は、もちろん「2017年後半仕様」の投入です。今期はじめに「作戦計画」をうかがった時、お二方から異口同音に「いずれ実現しようと考えているパワーアップ=燃焼圧力など負荷の増大に対応すべく、エンジンの“フィジカル”(骨格)を強化した」という回答をいただきました。今回投入する「2017年後半仕様」では、その骨格強化を活かす形での性能向上を織り込まれたことと思いますが、その内容と方向について、語っていただければと思います。

A

設問にあるとおり、後半仕様は燃焼圧力を上げるために吸気側を中心に変更を加えました。
短い時間の中で燃焼させるために、燃焼室内でより良い混合気を形成することが狙いです。また、これらに合わせて振動の軽減や、フリクション低減も図りました。

*燃焼圧力:シリンダーの中に閉じ込められた混合気がギュッと押し縮められ(圧縮)、そこで着火・燃焼するとシリンダー(燃焼室)の中の圧力が一気に上昇する。この燃焼によって発生する圧力がピストンを押し下げ、エンジンの回転力を生むので、燃焼圧力は高いことが望ましい。しかし燃焼を速くし、急激な圧力上昇が起こると、機械的な構造が耐えられないなどさまざまな問題も生ずる。

*フリクション:言葉としては「摩擦」であり、もちろんピストンが往復運動し、クランクがベアリングに支えられて回転し、バルブがカムによって押し下げられては戻ることを繰り返すエンジンの機構の中では各所に摩擦が生じる。それだけでなく、エンジンの内部で様々に出力をロスするメカニズムがあり、そこで失われるエネルギーも全て「フリクション」という表現に含まれる。

Q

前問で語っていただいた「2017年後半仕様」の性能向上は、ツインリンクもてぎのコースではどんなところにアドバンテージとして現れるとお考えでしょうか?

A

後半仕様はパワーバンドも低速側に広げる狙いも含み、ドライバビリティも向上しています。ドライバーにとってコントロールし易い特性が、各所でアドバンテージとして現れると思います。

*ドライバビリティ:「ドライビングのしやすさ」の意。エンジンにおいては、ドライバーがアクセルを踏み込む/戻す操作に対して、エンジンの力の増減が思いどおりの反応として現れるか、という特性全般を指す。

Q

ツインリンクもてぎ戦では、新しいソフト・コンパウンドを搭載したタイヤも投入されます。その特性もおおよそのところは把握されていると思いますが、「2017年後半仕様」エンジンノパフォーマンスアップと組み合わせた時、予選アタックではどのくらいのラップタイムが出ると予測されますか?
そのうち、エンジンで速くなるのはどこでどのくらい、タイヤが速さを生むのはどこでどのくらい、と見ておけばいいでしょうか?

A

昨年仕様のソフトで1分33秒00が出ているので、2017年仕様のソフトタイヤと後半仕様エンジンを合わせて、1秒程度のタイムアップにつながるかと思います。そこで1分32秒の前半と予想しますが、今年はこのまま涼しいと、もっと速いタイムが出るかもしれません。

Q

「2017年後半仕様」のパフォーマンスアップと、それをドライバーがどう引き出すかを読み解くとすれば、ツインリンクもてぎの予選、決勝では、現地、TV、そしてタイミングデータ(公式アプリで配信)などで、どんなところを観察するのがいいでしょうか? ご自身は、走行開始からどのあたりをとくに注視されますか?

A

もてぎはセクターそれぞれのタイムではセットアップやエンジンの差がわかりにくいので、全体として見ています。新しいソフトタイヤのアタックラップ前後のセクタータイムや、デグラデーションには注視します。
観戦するなら、「2&4」なのでヘアピンで見たいですね。

*デグラデーション:「degradation:下落、退化」から、タイヤのグリップが走行を重ねるにつれてどこかから落ち始め、次第に低下して行く、その状況を言う。具体的には周回数=走行距離に対するラップタイム、セクタータイムの変化で見るのが基本。

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