5月26(予選日)第3戦が行われたオートポリス。フォーミュラ・ニッポン恒例の「サタデーミーティング」が開催された。このサタデーミーティングは、フォーミュラ・ニッポンでの旬な話題や、運営を行っている日本レースプロモーション(JRP) からの状況説明を、かしこまった記者会見ではなく、コーヒーとドーナッツを手に取材記者たちと懇談する形で紹介するというものだ。毎戦行われており、予選日(土曜)に行われることからこの名前(関係者間では通称「ドーナッツ・ミーティング」)が付いている。
第3戦では2部に分かれて行われ、第1部では今季も開幕、第2戦と連勝のPETRONAS TEAM TOM'Sの舘信秀監督、ドライバーのアンドレ・ロッテラー、中嶋一貴の3人を招いて、チームの強さの秘密や、国際レースで活躍するロッテラーにフォーミュラ・ニッポンの良さ、おもしろさを語ってもらった。
第2部ではフォーミュラ・ニッポンにエンジン供給を行っているトヨタとホンダの技術リーダーを招き、今シーズンの状況や各メーカーの戦略を聞くというものだった。そこで大いに盛り上がったのが、“燃費”の話題だ。両メーカー共に『今シーズンの鍵を握る』と力を入れる部分なだけに、記者たちも「非常に興味深かった。もっとお二人に話を聞きたいと思う」と好評を得た。そこで、その“エンジン対談”の模様をファンの皆さんにも紹介しようと思う。
ゲストとして招かれたのは、昨年のチャンピオンを支えたトヨタエンジンの開発責任者である永井洋治エンジニア、そしてホンダエンジンの開発責任者である坂井典次エンジニア。そして、ホンダ出身でF1やSUPER GTのNSXに搭載されたレーシングエンジンを開発してきたJRPの白井裕社長が、なんと司会を務めた。
まず、司会の白井社長が「巻き返しを狙うホンダだけど、今季はここまでどうかな?」と坂井氏へ問う。
「昨年の反省を活かして、オフのテストからずっとエンジンだけでなくシャシー側のデータも採って解析しています。これまでは同じスペックのエンジンで、チーム、ドライバーが戦えばいいと思ってやって来ました。でも、それでは総合力が上がらない。ただ、クルマ全体のデータを採って、それを分析するにはチームだけの力では難しい。我々はGTでクルマ全体を開発してきたノウハウがあるので、そこのツールも提供しようということになりました。テストから第2戦までで積み重ねたデータを、やっと活かせる状況が見えてきました。この第3戦は勝てる(笑)と思ってます」と、ホンダの坂井氏からは力強い必勝宣言が飛びだした(原稿は第3戦後に掲載されているが、談話はレース前。結果はご存じのとおりだ)。
すると、坂井氏の話を聞いたトヨタの永井氏は「おもしろいですねぇ」と切り出した。それはセッティングに対する両社のアプローチの違いに関してだった。
「自分はクルマ(シャシー)のセッティングは“宗教”のようなものだと感じています。そこにはエンジン屋(エンジン担当エンジニア)が立ち入れない領域に思えます。守秘義務があるから具体的には言えませんが、AチームとBチーム、こんなに違のかという方向性でセッティングしているのに、1000分の1秒も違わないタイムが出るんです。
そこに(エンジン担当の)自分が意見しても(チームのエンジニアは)やってくれないでしょう。そこが“宗教”たる所以ですね」。永井氏によるとトヨタではチーム間でセッティングの共有はぜず、エンジンの特性の説明に留めているようだ。こんなところにもトヨタとホンダに違いがあったのだ。
とは言え。「でもトヨタさんは(バック)ミラーを新しく作ってきたじゃない(笑)」とホンダの坂井氏から突っ込みが。「いやぁ、あれは趣味ですよ(苦笑)。大して速くならないのは、そちらのシミュレーションで分かってるでしょう?」。永井氏が返すと白井社長が身を乗り出した。「でも、その少しをやっちゃうのがエンジニアだよ。それが大事なんじゃない」と大御所らしい一言を。
「そうですね(苦笑)。メディアやファンの皆さんに見えやすいところでも(技術競争を)楽しんでいただければ、と。あとは“宗教”の部分が分かっていただければもっとおもしろくなるんじゃないかな」と永井氏。
この後、チャンピオンを獲ったトヨタに対し、ホンダが巻き返す手段という話題になり、そこで出たキーワードが“燃費”だった。
ホンダの坂井氏は言う。「今シーズンは燃費が大事になるとみんなが分かっている。ですから第2戦ではマッピングの選択を増やし、各チームがタイムと燃費の両立をいろいろトライしました。その成果がこの第3戦に出ると確信しています」
マッピングとはエンジンに燃料をどれだけ吹き込むかを制御するプログラムが読み込む基本になるデータ表のこと。通常のレースでは、ステアリングに組み込まれたダイヤルでドライバーが調整する。パワーは出るが燃料をより使う“リッチ(濃い)”から燃費を優先する“リーン(薄い)”まで5段階の切り替えができる。
「燃費が良くなればピットでの給油時間を短縮でき、(ピット作戦で)均衡した争いを逆転することができます。第2戦でトップを争ったロッテラーとデ・オリベイラのように。我々としては燃費の作戦もチームが採りやすいようにして、上手く使いこなしてくれればいい。そうすれば、あとはドライバー勝負という戦いができる。そこに持ち込めれば(ホンダ系の)チームも勝ちに行くぞと盛り上がってレースができるわけですから」と坂井氏は続ける。
この話を聞いていた白井社長は「エンジン屋の考えることはホンダもトヨタもないね。みんな同じだ」と笑うと、両側にいた永井氏、坂井氏も苦笑。坂井氏は「大体レースが好きで好きでたまらないというのは、エンジン屋さんに多いよね(笑)」と一言加えた。
そこで、記者から「パワーの“リッチ”と燃費の“リーン”では、ラップタイムで何秒くらいちがうのですか?」と言う質問が出た。
この素朴とも言える質問に両エンジニアの顔が締まった。永井氏は「それは設定でいくらでも変えられますから」と曖昧に答えると、記者は「では前回のもてぎの例では?」と食い下がる。
渋々と永井氏。「レース前に研究所でシミュレーションして出した数値はあります。1から5のマップがあって『何番だとこのコースでタイムがコンマ何秒落ちます』と(チームに)説明します。でも最大と最小でコンマ5、6秒というレベルです。最初の切り替えの差ではコンマ0何秒というところ。それ以上落ちると皆さん使ってくれないですね。1秒落ちるマップも作れますが、そうなると戦闘力が無いと判断されます。抜かれちゃいますから、どんなコースでも」
ここで話は『燃費走行は(ドライバーの)全力の走りではないのか?』という方向へ。奇しくも本ウェブサイトの特集、第2戦の「フォーミュラの魂」でロッテラーが燃費走行をもっと極めねばと言う発言をしているので、併せて読んでほしい。
これに永井氏は反論をする。「個々のチームのことなので言いにくいですが。第2戦(もてぎ戦)の検証はしました。でも、そこ(ドライバーの燃費走行)で差が付いたのではないと思います。それ以上は言えません。ただ、ドライバーが(このフォーミュラ・ニッポンで)そこまでやる必要はないと思います」
さらに坂井氏も言う。「燃費走行という言葉で、メディアもファンの皆さんも“遅く走っている”と捉えがちです。そうではなくて、ドライバーはそれをいかに両立して、かつ速く走れるか、それを体現しながらやっているんです。それにもてぎやF1のモナコでなら、一瞬アクセルを抜いてもスピードは1km/hも落ちない。その瞬間では、ドラッグ(空気や走路の抵抗)に対して、駆動力にまだ余裕がありますから落ちないんです。スロット開度を70%まで閉じても大丈夫。ただ、モンツァ(イタリアの超高速コース)ならスピードは落ちる。状況によってそこはいろいろ考えなければいけません。中には燃費走行は嫌いだと言うドライバーもいますが、その彼らだって燃費と速さを両立させたクレバーなエンジンの使い方で、全知全能を傾けて戦っています。決して“遅く”とか“力を抜いて”とかで走ってはいないんです。ただ、そこのところを皆さんに上手く伝え切れていないのも、少し僕らの反省ですね」
永井氏もそこにエンジンの、そしてチーム間の競争があるという。「どんなレースも燃費は重要で、F1でもとことんやります。燃費が良ければ燃料を軽くできて、その分タイムを上げられるし、給油の時間も減らせる。でも、そのノウハウはチームの力であり、それぞれの競争です。エンジンの燃費効率はこちら(エンジンメーカー)から言えますが『他チームでこうセッティングしたら燃費が良くなったよ』とは言えません。ただ言えるのは『ドライビングを変える必要はありません。そこじゃないことがあるんじゃないかな』と」
今季のフォーミュラ・ニッポンでは燃料タンクの容量が16リッター減らされ、決勝レースで必ず給油をする必要がある。また、ドライバーたちの、セッティングのレベルが上がり、バトルが膠着することも少なくない。だからこそ“燃費”を武器とした戦いも重要となっているのだろう。今後の各レースでは、そんな見えざる戦いにもぜひ注目して見て欲しい。