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FN09・テクノ・ロジカル

第1回:FN09に秘められたフォーミュラ・ニッポンの真意

日本最高峰のモータースポーツであるフォーミュラ・ニッポン。選手、チームは世界に誇れるレベルであることは間違いない。では、マシンはどうか? ワンメイクゆえに目立たないフォーミュラ・ニッポンのテクノロジーを紐解いてみよう。

FN09はなぜ独特のスタイルなのか
image  現在、フォーミュラ・ニッポンを戦うマシン“FN09”は、他に類を見ない個性あふれるスタイルをしている。このスタイルをもって、F1をはじめとする他のフォーミュラカーと姿形が食い違っており違和感を憶えるという声をよく聞く。だが、F1と違うことがなぜ問題になるのか、わたしは首をかしげざるをえない。むしろ今、ニッポンのトップフォーミュラとしてF1を頂点としたヨーロッパを意識したフォーミュラカーを作って走らせたところで、何の意味があるのだろうと思う。
 FN09が現在のようなスタイルをしていることには確固たる理由がある。その中心に、「F1はもちろん、他のフォーミュラカーとは全く異なるマシンを目指した」という考え方がある。つまり、そもそもフォーミュラ・ニッポンは、F1とは関係がないことを明確に宣言するために、わざわざFN09を企画し開発したのだ。その結果出来上がったFN09がF1と違うデザインになっているのは、当然なのである。

幻のピラミッド
 一握りのトップアスリートを頂点とし、最底辺には非常に広い入門者が戦う場が広がり、その間を成す何段階もの階層の中で下層から頂点へ向かって順次生存競争と選抜が行われるというピラミッド型の構造は、多くの競技で成立している。モータースポーツでもそのピラミッド構造があって、一般にはその頂点にF1、最底辺にレーシングカートが位置しているということになっている。
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果たしてF1が本当の頂点なのか?
今やレースの階層は変化し始めている。

 だがモータースポーツの場合、状況は非常に特殊で、特に近年はこのピラミッド型の構造が正しく機能しているとは言い難い。確かにかつて日本の国内トップフォーミュラは、このピラミッドに組み込まれ、F1へのステップアップカテゴリーとして機能していた時期もある。だが、現在F1は特殊な進化を遂げてしまい、F1を頂点としたピラミッド型の昇進機能はほぼ失われている。確かに飛び抜けた才能を持つ一握りの選手は成功するが、F1に出走するためには才能と同時に、膨大な資金力やしっかりとした支援体制が不可欠で、それがなければピラミッドを上ってのステップアップは事実上不可能なのだ。
 そもそも、元々F1に行くことは必ずしもレーシングドライバーの“上がり”であるとは限らなかった。わたしはかつて、ある欧州人選手に「F1に無理して資金を集めて乗ったのは、元F1ドライバーという肩書きが欲しかったからだ。その肩書きがあれば、その後自動車メーカーと契約してツーリングカーやル・マン24時間レースに、スポンサーや持ち込み資金を用意することなく、逆に報酬をもらって出場できる。自分のプロ選手としての経歴はそこから始まるんだ」と言われたことがある。F1を頂点とするピラミッドは、ある意味きわめて象徴的な単なる図式であって、現実世界を現してはいなかったというのが実情だろう。
 この、幻のように実態のはっきりしないピラミッドの中で、ステップアップ機能を売り物にしたカテゴリーを、しかもヨーロッパから遠く離れた極東アジアで運営する意味がどれだけあるのだろうか。少なくともフォーミュラ・ニッポンを、無理矢理ヨーロッパの基準に当てはめたところでアジア人が得るものは少ない。それどころか、杓子定規にフォーミュラ・ニッポンをピラミッドの中の、F1に行くための通過点と位置づければ自分の首を絞めることになる。その途端、フォーミュラ・ニッポンからF1に行かない選手、あるいはF1からフォーミュラ・ニッポンに帰ってきた選手は敗北者になってしまうからだ。決してそんなことはないのに。

交流相手としてのF1
 2008年8月、フォーミュラ・ニッポンを運営する株式会社日本レースプロモーション(以下JRP)は09年に行う車両の入れ替えについて発表会を開き、その席上F1をはじめとするヨーロッパとの関係をもう一度考え直し、F1への踏み台としての立場を脱却して「ハード・ソフトの組み合わせにより日本独自のトップカテゴリーとして地位を確立したうえでアジア、パシフィック地域を代表するレースを構築する」と宣言した。JRPが自分たちの位置づけを自ら明言したのは初めてのことである。当時、中嶋悟JRP会長は言っている。
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かつて高木虎之介がF1からFNへ、そしてインディへと歩んだように、
今季は中嶋一貴もFNという“自分の道”を選んだ。

「言いにくい、触れにくい部分でした。世界のレースの頂点としてF1というものがあって、確かに過去フォーミュラ・ニッポンから行った人もいた。でも他の経路から行った人もいた。そこへ行きたいと言う人はどのような経路を経て行って構わないわけです。また、フォーミュラ・ニッポンに参加している選手全員がF1をめざしているかといえばそうではないかもしれない。という状況から、はっきりしたことが言いづらく、うやむやになっていたわけです」
 もちろん、フォーミュラ・ニッポンからF1へ進出する選手がいてもいいのだ。そのための修練の場になればそれに越したことはない。だが、あくまでもフォーミュラ・ニッポンは日本国内におけるトップフォーミュラとして完結した存在であるべきだ。もしフォーミュラ・ニッポンの選手がF1へ旅立つことがあるとすれば、それはフォーミュラ・ニッポンとF1の”交流”である。もちろんF1からフォーミュラ・ニッポンへ挑戦する選手が現れることも交流のひとつの形態として受け止めればよい。
 レーシングドライバーだけではない。日本国内に蓄積されたレーシングテクノロジーの質と量は、世界に誇るべきレベルにある。F1レギュレーションレベルのエンジンを開発できる自動車メーカーが複数あれば、タイヤを供給できるメーカーもある。さらに、プライベートレーシングチームが蓄積しているノウハウも十分にある。密度という意味では、世界で最も濃厚な「レース大国」と言えるかもしれない。これらを活用し、意味の希薄なヨーロッパの植民地的立場から脱してアジア地域の核になろう。F1とは、上でも下でもなく、”交流”できる関係を築こう。これが、09年以降JRPが掲げるフォーミュラ・ニッポンの目標だと理解している。そしてその構想は発展して、『アジアンフォーミュラ・スタンダード』を目指し、まずはシンガポールや韓国での開催準備に着手したのだと思う。

ニッポンはニッポンの道を行く
image  わたしは、フォーミュラ・ニッポン創設当時から、我が国トップフォーミュラの在り方についてJRPには批判や意見を重ねてきた。ときには反JRP派の先鋒とも言われてきた。それも、国内トップフォーミュラがきちんと機能しなければ、ニッポンのモーターレーシング界が健全に生き残れないという危惧を抱えていたからこそだ。もし国内トップフォーミュラを、あくまでもF1ありきのカテゴリーと位置づけてしまうのであれば、わざわざ国内でレースを運営する意味などなくなる。レーシングドライバーは皆、ヨーロッパに出かけ、F1を目指してレースをした方が話が早いからだ。
 だが、国内でレースをする人間がいなくなると、結果的に国内レース界は衰退するだろうし、結局は海外へ旅立った選手も、先へ進むための補給や引き返すためのはしごを失って孤立するだけだろう。それは決してわたしの望む未来ではなかった。だからこそ、09年にJRPが「日本は日本の道を行く」という誇りを持って、フォーミュラ・ニッポンを「日本独自のカテゴリーである」と位置づけたことについては英断だとうなずいたし、その意志を表すマシンであるFN09をオリジナリティーを盛り込んで開発したのは当然だと思った。
 そのFN09をつかまえて「F1的ではない」とか「世界の潮流から外れている」と評することが、いかに的外れであるか、わかっていただけるだろうか。レーシングカーのデザインに好き嫌いが生じるのは仕方のないことだが、その存在意義を示すオリジナリティーを否定しては本末転倒だ。だが、残念なことにJRPの意図は、ファンには十分伝わったとは言えない。その結果、いまだに、F1へのステップアップカテゴリー論が蒸し返され、フォーミュラ・ニッポンの位置づけがうやむやになったままだ。これではせっかくFN09を開発した意味がない。私たちはここで、フォーミュラ・ニッポンとは何であるか、何を目指しているのかをもう一度確認したうえで、その主軸をなすマシン、FN09を改めて眺め直し評価しようと思う。

(ライティング 大串信)

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F1ともインディとも違う。FNのオリジナリティーがFN09には盛り込まれている。

〜「FN09・テクノ・ロジカル」 第2回に続く〜

短期集中連載「FN09・テクノ・ロジカル」
第1回:FN09に秘められたフォーミュラ・ニッポンの真意
第2回:FN09の実力と誕生した背景
第3回:FN09に向かい合った者たち


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