エンジニアたちの作戦計画
第1戦 鈴鹿サーキット
TIRE SUPPLIER
- 秋山 一郎
- 渡辺 晋
秋山 一郎/渡辺 晋
横浜ゴム株式会社
1.前戦・富士を振り返って
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気温、路面温度、そして湿度も高いという、速さの“絶対値”を求めるのには難しい気象条件でしたが、まずは予選までのタイヤのパフォーマンスの現れ方、各車のそれぞれに見られた状況などについて、印象に残っているところをうかがいたいと思います。とくに路面状況については、どう分析されていますか?
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2015年にタイヤテストを複数回実施して仕様を決めましたが、タイヤにとってテストと実際のレースでのコンディションは別物です。構造の耐久性、デグラデーション、摩耗の進み方など、テストでは大丈夫だったものがレースでは持たないということはよくある話で、レースでは走行台数で路面の変化、でき方が違いますし、「抜く」「逃げる」の動作でタイヤへの負担は増します。その意味で、2016シーズンは、毎戦、レース終盤にはタイヤが無事であることを祈るような気持ちでしたし、レース後タイヤの状態をチェックして過ごしました。結果的には、シーズンを通してまったくタイヤトラブルが無かったことは良かったですし、チームの方々にいろんな面でご協力頂いたことに感謝しています。
やはり初年度でしたので、以前のタイヤとの比較コメントなど参考になるご意見を頂き、それらをタイヤ特性に関わる要素に置き換えてさらに改良すべき部分を検討しています。*仕様:タイヤにおける「仕様(製品の特性を決める各部の素材や設計)」とは、例えば骨格の形状、そこに使うコード(糸、鋼線)とゴム、それらの貼り重ね方、そしてトレッド・コンパウンドの材質…などなど。*デグラデーション:走行距離が伸びる(レースでは周回を重ねる)につれてトレッド・コンパウンドが磨耗してゆくこと、さらにタイヤ各部が温度などで変化することも合わせて、グリップが徐々に低下してゆく現象・傾向。周回数とラップタイムの変化(低下)の関係で判断することが多い。
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2017年シーズンに向けて、タイヤの構造、形状などに関してどのような変更をされましたか? それぞれの変更は、どんな性能や特性を狙ったものでしょうか? ドライ、ウェットそれぞれについてうかがいたいと思います。
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まず、ドライ用のリアタイヤは断面形状を変更しました。これは、構造改良の自由度を増やすために、そのベースとなる耐久性を向上する目的です。ドライタイヤは、このリアタイヤの新形状をベースに、フロントの操舵に対するリニアリティ向上と、リアのスナップ特性の改善のため、構造を変更しています。ウェットについては、コンパウンドを2016年途中から供給したソフトのみとし、このソフト・コンパウンドにマッチするように構造を見直しました。フロントの反応、リアのトラクションの増大を狙っています。
*断面形状:タイヤを正面から見た時の外側・内側の輪郭で構成される骨格の形。その中に空気を充填した時に、どこがどんなカーブを描いているかで、タイヤが荷重や摩擦力を受けて変形し、トレッドが接地する時の基本的な特質が決まってくる。*リニアリティ:本来は数学的な意味での「線形性」だが、こうした使い方をする場合は、入力(操舵)に対して反応(横力の発生~旋回に移行する動き)が意図したとおりに、一定のリズムで現れるか、という意味。*スナップ(・オーバーステア):前後のタイヤが踏ん張って旋回している中から、急にリアの踏ん張りが抜けたように滑ってしまう現象。*トラクション:エンジンの力を強めた時にクルマを前に押し出す「駆動力」のこと。競技運転の場合はとくに、旋回の中から駆動を強めていくところでの「蹴り出し」、すなわちタイヤが横に踏ん張っている中から駆動力をどのくらい掛けていけるか、が重要。
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鈴鹿と富士、シーズン前2回の公式合同テストで、2017年スペックのタイヤ(ドライ、ウェット)はどんなパフォーマンス、キャラクターを見せていますか? ドライバーやエンジニアの反応はいかがですか?
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ドライについては、タイヤに荷重がかかる高速コーナーで安定性があり、良いタイムも出ましたので、おおむね好評でした。反面、コーナー出口のフロントタイヤやブレーキング時のリアタイヤのように荷重が抜ける状況ではやや扱い難いというコメントもあります。ウェットについては、富士で雨が降りましたが、気温・路温10℃前後と低温だったため参考になりませんでした。
*荷重:タイヤの接地面を路面に向かって押し付ける力。摩擦力は荷重を加えることによって増える(タイヤの場合はそれにも限界があるけれども)。今日の競技車両では自車の重量、加減速による荷重移動(加速時は前輪が減少・後輪が増加、減速時は逆に前輪が増加・後輪が減少)に加えて、速度の2乗に比例して変化する空気力の下向き成分が、タイヤにとっての「荷重」となる。
2.開幕戦・鈴鹿に向けて
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4月下旬の気候、予想される路面温度・状況の中で、2017年スペックのタイヤはどんな特性を見せ、それを履いたマシンの挙動はどんな傾向になると予想されますか?
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グリップピーク後の安定性が増しましたので、よりアグレッシブなバトルを期待します。ブレーキ突っ込みのコントロールが勝負になるかもしれません。
*グリップピーク後:タイヤの摩擦力(グリップ)は、横方向・前後方向ともある程度のすべりが生じたところで最大値(ピーク)に達する。今年のヨコハマタイヤは、そのピークの先まですべらせても最大摩擦力レベルが続き、落ち込みが少ない。ということは…。
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3月初旬の公式合同テストで記録されたレベル(1分35秒)の「予選一発」のラップタイムは出るでしょうか?
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タイヤだけでなくパワーユニットや車両も速くなっていますので、鈴鹿に限らずいろんなサーキットでコースレコード更新を期待しています。ただ、気温や風向きも影響しますので、合同テストのようなタイムが出るかはわかりません。
*気温:3月初旬の公式合同テストの際は、気温、路面温度ともに10℃台と低かった。路面温度が低いとタイヤのトレッド・コンパウンドが発熱して柔らかくなり、路面に粘り着くことに関しては不利だが、空気の密度は上がり、エンジンの出力、車体に加わる空気力(ダウンフォース)はその密度分だけ増えるので、旋回速度、加速ともに良くなる。
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決勝レースでのタイヤ磨耗とラップタイム低下の関係(デグラデーション)、それを踏まえたタイヤの使い方(義務付けされている交換のタイミング)はどんな傾向になりそうと予想されますか?
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骨格構造の踏ん張りが効くようになるとトレッド・コンパウンドの負担は増えることになりますが、2016年と同じコンパウンドですから摩耗やデグラデーションにはまだ余裕があります。燃費の状況によりますが、燃料補給なしで行けるのなら、下位チームは早めのタイヤ交換が選択肢になるかと思います。