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Special Issue

SUPER FORMULA TECHNOLOGY LABORATORY 戦いの“49/51”を掌中にした
小暮と田坂エンジニアの「侠気(おとこぎ)作戦」

2013 Round1 鈴鹿サーキット

両角岳彦

4週間前とは違う感触に戸惑う

 「グリップしない!」
 2013年開幕戦・鈴鹿、その週末のドラマはここから始まった。
 スーパーフォーミュラのウォッチャーならばご承知のように、3月4〜5日に実施されたこのコースでの公式テストではブリヂストンが持ち込んだ新しい仕様のタイヤが強烈なまでのグリップを発揮し、出走した20人のドライバー全てが昨年11月に記録された同じマシンによる従来のコースレコードを塗り替えるタイムを記録している。最速だった小暮卓史に至っては4カ月前にJ.P.デ・オリベイラが記録したそのレコードタイムを2秒以上も短縮する1分36秒574にまで到達したのだった。
 もちろんドライバーたちはこの「グリップ感」を、つまりコーナリング・プロセスの中で伝わるタイヤが路面に粘りつく感触や、旋回の中で全身に加わる遠心力を体内記録に刻んでいる。4月13日午前の最初のフリー走行で皆が感じたのは、そのグリップ感とのギャップだった。もちろん最初は公式テストで使ったユーズドタイヤで走り始めたマシンがほとんどだったにせよ、ドライバーによっては「ヌルヌル滑るような感じ」さえ受けたという。
 3月初旬のテストでは路面温度18〜23℃と、このタイヤのトレッド(接地面)に使われているコンパウンド(合成ゴムを調合した材質)としては最適ともいえるレンジであり、しかもスーパーフォーミュラだけが2日間合わせて8時間のテスト・セッションを走り込んで十分に「ラバーが乗った」状態で、従来よりも2秒以上も速いタイムと、それを生み出すコーナリング・パフォーマンスか生じていたのである。それに対して開幕戦の走り始めは路面は通常の状態に戻っていたわけだし、さらにモーターサイクルとの併催イベント特有の問題、つまり走行ラインが異なるので、2本だけのタイヤが通過して残したゴムの痕跡を4輪のうちのどれかが踏むとそこだけグリップが変わる、という現象も起こる。もちろん今のJSB1000(スーパーバイク)は4サイクル・エンジンであり、かつて2サイクル・500ccの2輪GPマシンの排気に混じるオイルが路面に残った時代のような「2&4」の難しさはないはずだが。

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コンパウンドの特性そのものが前面に出てきた

 土曜日午後の予選アタックの時間帯になると、気温はまだ16℃前後だったが日照によって路面温度は上昇。Q1開始時で28℃、Q3の頃は30℃に近づいていた。風も午前とは逆転して風速は1m/sほどだったが、伊勢湾から鈴鹿山脈方向に吹いていた。つまり鈴鹿サーキットの2本のストレートでは時速4km分ほどの向かい風で直線速度を鈍らせる。そして2コーナー立ち上がりからS字、デグナー、スプーン入口といったタイムに直結するコーナーでは追い風になるから、その分だけマシンにとっての「対気速度」が下がり、ダウンフォースが減る。時速160kmで通過するコーナーがあるとして風速1m/sの追い風で空力荷重の減少は5%ほど。タイヤと路面の摩擦力が鉛直荷重によって増減すること、それがブレーキングに始まってコーナリング・プロセスの全体に効いてくることを考えると、けして小さくはない量である。
 こうしたいくつもの条件が組み合わさった結果として、Q3の最速タイムは40伊沢拓也の1分38秒217。昨年最終戦の予選(Q3)でデ・オリベイラが刻んだ1分38秒700よりも0.28秒速いラップタイムに落ち着いた。別の見方をするなら、ブリヂストンのエンジニアが語る「(様々な仕様や選択肢が存在する)コンパウンドの特性レンジとしては去年のものとほとんど同じです」という言葉の意味がここで現れてきたのではないだろうか。路面温度が上がり、路面へのコンパウンド・ラバーの付着も進んでいない状態では、コンパウンドそのもののグリップ・レベルはたしかに昨年までのタイヤとほぼ同等だと理解すべきではないか。ラップタイムの向上は、他の要素によって旋回速度が稼げるポイントがいくつかある、その積み重ねで得られたのではないか。

2013年仕様のタイヤは「フロントのケース剛性アップ」

 ブリヂストンのエンジニアに確認したところでは、今年の仕様変更の中で「鍵」になるのは、フロントタイヤのケース剛性アップ。つまり荷重を支え、グリップを受け止めるタイヤの骨格、合成繊維の撚糸やスチールワイヤに薄いゴムを貼り合わせた構造体である「ケース」をしっかりさせたこと。それに合わせてリアタイヤも若干手直しをした、という。たとえば舵を切り込んでゆく時のレスポンスが良く、曲がり始めの動きが組み立てやすくなった、という特性が効いてくる場所がいくつがあれば、それがタイムアップにつながってゆく。もちろん、接地面とホイールの間で力を受け止め、伝えるケースがしっかりしたことで、コーナリングの中でコンパウンド・グリップをより有効に使い切れるようになる、という側面もある。
 つまりドライバーもエンジニアも、「3月の幻」を追いかけると今回の鈴鹿に対応するのが遅れる。土曜日の走り出しから予選への流れは、それを物語っていたのである。
 「エンジニアたちの作戦計画(第1戦鈴鹿)」の中で、「新しいタイヤに合わせたセッティングは?」という設問に「基本的には昨年と変わらない。その延長線」と答えてくれた何人かのトラック・エンジニアは「3月の鈴鹿テストは特殊な条件だった」ことをすでに理解していて、シーズンインして気温と路面温度が上がる現実の戦いに向けてイメージを組み立てつつあったのかもしれない。

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ライバルたちとは異なる作戦計画がドラマを作った

 この「エンジニアたちの作戦計画(第1戦鈴鹿)」で彼らが様々に語ってくれた思考パズルは、日曜日の午後、決勝レースがスタートした直後、早くもその意味するところを我々に知らしめることになった。
 ポールポジションからスタートを決めた40伊沢に対して、2番手の32小暮が1周目の途中、タイヤが十分に暖まってくるスプーン入口あたりからはコーナリングスピードが高いことを見せつける。そして最終コーナーでの並走状態からあっさりトップに立った。明らかにマシンの重量が軽い。つまり燃料搭載量が他車より少ない。51周のレースを通して彼自身のベストラップ、1分41秒665も先頭に出た2周目に記録。そこから1分42秒フラット前後のタイムをずっと刻んでゆく。
 その担当エンジニアの田坂は「作戦計画」で、SF13の燃料タンク容量で300kmを走り切ること、ピットインしての燃料補給に要する時間の計算に言及していた。もちろんダンデライアンの田中も書いているように重量感度、すなわち燃料搭載量(重量)の変化に対してラップタイムがどう現れるか、がその作戦計画立案の鍵を握る。さらに田坂は「リーンマップ(エンジン回転と負荷、アクセル踏込みに対して燃料噴射量を絞り気味にして、空気と燃料の混合比=空燃比を“薄め”に設定した制御マップ)でペースを落して走る戦いにならなければいいのだが…」とも記している。逆に「パワーマップ(同じく出力最良となる空燃比に設定した制御マップ)」で攻め、その中で燃料消費が増えてピットストップでの燃料補給時間が延びる分まで、コース上で稼ぐ、という戦い方は成立しないだろうか、という彼自身の思いがこのコメントに現れていたわけだ。
 そして田坂が導き出した答が「スタート時の燃料搭載量を減らしてマシンを軽くしておけば、前に出て燃料補給時間分以上に後続を引き離すことは可能」というもので、小暮自身もチームもその作戦計画に合意、承認したことでドラマは動き出してゆく。

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「非対称ワンストップ」を読み解いてみよう

 レース全体を振り返って、速いマシン+ドライバーのラップタイム推移などから32小暮がスタート時に他よりどのくらい軽かったかを推測してみると、おおよそ30kg、ガソリン40Lぐらいではなかったかと思われる。これ以上燃料搭載量を減らしてしまうと、1ストップだけでは走りきれなくなる。
 ここで2ストップという選択肢も考えられはするが、小暮自身のラップタイム推移から逆算してみると、ピットロードを走り、停止・発進することによるロスタイム、つまり速度を落とさずメインストレートを通過するのに対する時間的損失は26〜27秒。ピットストップによって失う時間はこれに燃料補給とタイヤ交換の作業時間を加えたものになるが、その1回分はみな同じ条件。ただ他車よりも1回余分に止まるとなると、燃料補給に要する時間の差に加えて、さらに30秒ものアドバンテージをコース上で稼がなくてはならない。300kmと長いレースであることを考えてもこれは非現実的で、他とは逆に最初の燃料搭載量を少なめにした「非対称ワンストップ」ならば可能性あり、という結論にたどり着く。もちろん、観る側としては結果論としてやっと理解できる話だけれども。

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「韋駄天」作戦で定番戦略に対して2.5秒を稼ぎ出した

 これに対して他のマシン+ドライバー+エンジニアが採った作戦は、フルタンク(約110L。重さにすると83kg)でスタートして、300kmを走りきるのに足りなくなる分を途中で補給、というもの。ピットストップをどの周回にするかという「ピット・ウィンドウ」の選択幅を広く取ってレース展開に応じて判断できるように。その中で展開と自車のポジションに応じて空燃比を薄くする「リーン」側のエンジン制御マップをできるだけ使って燃料消費を抑えて走れば、ピットストップでの燃料補給、すなわち静止時間を短くできる。これが今回の作戦計画の定番だった。優勝した40伊沢もレース直後の記者会見で「色々な所でリーンマップに切り換えながら走った」と語っている。
 このアプローチで静止時間の秒差が勝負に直結する戦いに持ち込むのではなく、シンプルに速さを求めて勝つ“男らしい”勝負(本人談)に打って出よう、というのが田坂流。とはいえその32小暮も22周目のピットストップ、34秒間(TV中継映像による)の燃料ホース接続、ということは概算で85L、64kgほどの燃料を補給した後は、それ以前に比べて0.3〜0.5秒ほど遅いペースで後続の上位グループとの差をキープする走りに切り替えている。おそらくパワーマップで22周走ってピットに飛び込んできた時の燃料残量はほとんどなく、そこで補給した分で残り29周を走り切るとなれば、他と同様の燃費を維持する必要がある。でも、5周後にピットストップした40伊沢をそのアウトラップで抜き去り、全員がピットストップを完了した34周目にはその2位の伊沢に2.5秒のリードを確保したのだから、後は間隔を保ってフィニッシュまで行けばいい……はずだった。
 この田坂+小暮の作戦計画を現実の戦いの中で成立させるためには、もうひとつポイントがある。早めのピットストップで最後まで走りきれる燃料を積む。フルタンクでスタートしてもっと先で燃料補給をするマシン+ドライバーと比べると、彼らがピットから出てくるまでの間は、自分たちのほうがちょっと重い状態になる。ここでタイヤを傷めないこと。32小暮自身のラップタイム推移を見ると、アウトラップの23周目は比較的ペースを押さえ、そこから平均ペースに持ってゆく、という走りのリズムが現れている。

ラップタイム 最終結果で上位6位までに入ったドライバーの毎周のラップタイムをプロットしてみた。上に行くほどラップタイムが短く、すなわち速い周回になる。大きく下に落ちて1分55秒以上かかっている周回はピットストップ〜アウトラップ。その手前のインラップもピットロードへ入って計時ラインを通過する分、ラップタイムは落ちる。2〜21周目までの32小暮のラップタイムが群を抜いているのは一目瞭然。それ以外の細かな推移などについては、本文と合わせて読み解いていただきたい。
*画像クリックでPDFが開きます。

勝利の方程式に飛び込んできた変数はメカニカル・トラブル

 一度はピタリとはまったこの方程式を崩したのは、マシンに生じた不調だった。レース後に小暮が語ったところでは、「ピットストップ後、少ししてからエンジンの調子が時々悪くなって、メインスイッチをオフ/オンしてみたり、色々やってみたんですが…。その動作でマシンがフラフラしたから、後ろから見ていると何をしてるんだろう、と思ったでしょうね」とのこと。ピットアウトからしばらくの間のラップタイムのばらつきは、まだピットストップしていない遅いマシンの影響が現れたものと見ていいが、31周目以降に時々出現するちょっと遅いラップタイムは、エンジンがトップエンドまできれいに回りきらなくなったという症状の影響がありそうだ。
 そしてこの症状は、残り3周というところまで来てさらに悪化する。50周目のバックストレッチ、130R手前で計測された速度は40伊沢の285.2km/hに対して32小暮267.0km/h。3周前まで2秒あった差はみるみる失われ、もはや為す術なし。最後のシケインで一気に並びかけ、ぎりぎりのブレーキ勝負で曲がり込む20松田にアウト側のラインをぎりぎり1車幅分残して3番手。しかしその直後に付けていた16山本は何とか押さえきってゴールラインを通過したのだった。
 どうやら8つあるシリンダーのいくつかが燃焼していなかったようで、点火を司る電装系に何らかのトラブルが起こっていたらしい。それによって小暮は掌中の勝ちを逸し、伊沢は「勝負には勝ったけど、戦いには負けた気分」と語る、ドラマチックなエンディングが演じられたのである。

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1ストップのレース・フォーマットを攻めて戦えるタイヤ

 そしてもう1点、多くのエンジニアが「アンノウン・ファクター」と記していたタイヤのデグラデーション、つまり磨耗の進行とともにグリップ・レベルがどう変化するか、という特性はどうだったのだろう。
 ここで再びトップ6が51周のラップタイムをどう「刻んだ」か、という推移グラフを確認すれば、スタートからピットストップまで、そしてタイヤを履き替えてピットアウトしてからゴールまでのそれぞれで、グラフの折れ線はわずかに右上がりの傾向が現れている。ラップタイムが縮まるとグラフのラインは上へ、という描き方をしているので、周回の進行とともにラップタイムはわずかに縮まってゆく傾向が見える、ということだ。
 このラップタイム推移グラフは、燃料を消費して重量が減ることでラップタイムが徐々に良くなってゆく傾向と、タイヤの磨耗が進むにつれてグリップが低下することでラップタイムが徐々に落ちてゆく傾向、さらに「ラバーが乗る」ことによるラップタイムが良くなる傾向、この3つが重ね合わされたものになる。その中で燃料重量の減少効果が少しではあるけれども現れている。すなわち磨耗によるグリップ低下がかなり小さなタイヤだと読むことができそうだ。ただトップ6の中では20松田が第2スティント(ピットストップを区切りとするレースの区間)後半でペースが落ち、16山本に追いつかれたところで踏ん張って走ったことが現れている。本人によれば「フロントタイヤが厳しかった」とのこと。タイヤの使い方は巧みなドライバーの一人なので、ちょっと気になる現象ではある。

ラップチャート 周回と順位変動の関係を図にしたラップチャート。細かな順位の入れ替わりに加えて、たとえば今回のピットストップは18周目から33周目までの「ウィンドウ」の中で行われたことなども読み取れる。レース距離300kmに対して燃料タンク容量制限なし(フルタンクで約110L)という今回のフォーマットでは、フルタンクでスタートしたとして16〜17周目以降にピットストップしないと、レースを走りきるために不足する分(約50L)を注ぎ足すことができない。そして32小暮は燃料搭載量を少なくしてスタート、それを使い切るあたりでピットへ(22周目)、という戦略を選んだ。
*画像クリックでPDFが開きます。

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もちろん、次なる戦いはもう始まっている

 かくてスーパーフォーミュラとして初めての戦いは幕を閉じた。ドラマチックな終幕を生み出したのは、今回もやはり、トラック・エンジニアによる思考パズルの成果としての作戦計画と、それを精確に演じるドライバーのパフォーマンスの組み合わせだった。
 次戦オートポリスに向けてもまた、全てのトラック・エンジニアに向けてレースを「読み解く」準備を整えるための質問をお送りしてその回答を公開する予定だ。
 ここからはトラック・エンジニアの皆さんへ。スーパーフォーミュラの緻密な戦いを楽しむ人々のために、次の「作戦計画」アンケートにも、ぜひ本音で答えてくださいね。本当の意味で「秘中の秘」の部分は、今回の鈴鹿ラウンドもそうだったように、戦いを終わった後でやっと垣間見えるものなので、けして「手の内を曝す」ことにはなりませんから。

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エンジニアたちの作戦計画 作戦計画01 : 第1戦鈴鹿