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Special Issue

「今年ダメなら辞める覚悟で、自分を追い込んだ」
No.16 山本尚貴が波瀾万丈の今シーズンを語る

2013年ドライバーズ・チャンピオン 山本尚貴インタビュー

奇跡的とも言える最終戦鈴鹿の大逆転を経て、2013年のドライバーズ・チャンピオンを獲得した山本尚貴選手。シーズンを終えた今、新チャンピオンに激闘の一年を振り返ってもらいます。そこには、シーズン前の決意、最終戦での心境など、レースシーンには現れなかった真実が存在しました。

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プラスアルファには新エンジニアが必要だった

チャンピオン獲得おめでとうございます。改めて、タイトルを獲った感想をお聞かせください。

山本尚貴選手(以下略)「もちろん、チャンピオンを獲ろうと思ってレースをしているわけですが、その一方、まさか自分が獲れるとは思っていなかった部分もあるので、レースが終わったばかりの時は、嬉しいのと同時に、ビックリしました。
 その後は、ホッとしたという安どの気持ちでしたね。しばらく時間が経った今は、嬉しさもありますけど、来年のことや将来に向けての気持ちが強くなってきていて、浸っているという感じではありません」

今年、開幕前のチームやマシン、自分自身の状況はどういうものでしたか?

「今年は、これまでと違って、通年で2カー体制でした。また、エンジニアが変わったことも大きかったですね。今年、2台体制を取るにあたり、TEAM無限の手塚(長孝)監督から、体制強化をするために何が必要かっていうことを(シーズン前に)尋ねられたんです。その時に、僕と今までの体制+アルファで『クルマに対して新しいアイデアが欲しい』ということを言いました。そのために、新しいエンジニアが必要だと。
 その時に、『誰がいい?』と聞かれたので、『阿部(和也)さんがいいです』と。阿部さんとは、NAKAJIMA RACINGで乗った1年目に、一緒に仕事をして、フィーリングも良かったですし、アイデアも素晴らしいと思っていたんです」

山本選手は、今年ダメなら“スーパーフォーミュラを辞める”というぐらいの覚悟も持っていたそうですが?

「辞めたくないので、一生懸命結果を出そうと…。だからこそ、ダメだったら辞める覚悟でした。同じチームで走り続けて結果を残せないという場合、僕にも少なからず責任があると思うんですね。だから、今年はどうしてもタイトルを獲りたかった。これまで負けたレースが続いていましたし、なんとしても勝ちたかった。そのためにも、言い訳のできない環境を1つずつ作って行って、自分を追い込んでいました」

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レースに課題はあったが、手応えを感じた開幕戦

2013年シリーズの前半を振り返ると、どういう感じですか?

「開幕戦鈴鹿で、今までにない手応えを感じました。過去には、予選で速いということもあったんですけど、レースには課題がありました。でも、今年の開幕戦はトップグループとレースのペースが変わらなかったんです。そこで今までとは違うな、と。また、レースの後のミーティングでも、何が良くて何がダメだったかということ具体的に話し合えましたし、最初から次につながるレースができました。その辺りも、過去にはない感じだったんですよね。
 その次の第2戦オートポリスは、ウエットでのレースでしたが、ここでTEAM 無限に来て初めて表彰台に上がれた(3位)ことで、自信を深めて行くことができました。これまではウエットでそこまで良かったということがなかったのに、予選からいいポジションにつけられましたしね。
 続く第3戦富士は、Honda勢の中では予選トップに行けました。トヨタ勢には少し遅れを取っていて『厳しいな』と思っていたんですが、レースではいろいろなラッキーもあって、表彰台に上がれましたよね(連続の3位)。残りレース数を考えても、あれはチャンピオン争いで大きかったですし、そこでタイトルを意識し始めたんです」

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タイトルを意識し、改めて速く走ることの大事さを知った

その次の第4戦もてぎは、転機になったということですが?

「そうですね。大切に行きたいと思いつつも、ポイントは落としたくないということで、変に順位を意識してしまいました。レースでも、スタートでポジションを落とし、それを取り戻そうと焦ったことが伊沢(拓也)選手との接触につながってしまいました。その結果、ポイントも大事だけど、まずは速く走ることが大事なんだと改めて思いましたし、あれは気を引き締め直した1戦でしたね」

第5戦SUGOでは、また表彰台に上がりましたが、注目されたのはトップ争いのロイック・デュバル選手とアンドレ・ロッテラー選手でした。最終戦を欠場することが決まっていた2人に、ここで勝ちたかったのでは?

「あのレースはセーフティーカーも多かったですし、燃費のことも考えなくちゃいけなくて、フラストレーションが溜まるレースでしたね。特に燃料との兼ね合いを考えると、“勝つのは難しいかな”と思いましたし、どこにターゲットを置けばいいのかなとも思っていました。
 そんな中、直接対決していたのが、伊沢選手と小暮(卓史)選手、ロイックとアンドレでしたよね。僕もロイックとアンドレの前には出たいと思っていたんですけど、実際には届かず、僕から少し離れたところで、あの2人がバトルをしていました。できれば、僕もその渦中に入りたかったですし、そうなれば展開も違っていたはず。あの2人をやっつけて最終戦に行きたかったですね」

あのレースの記者会見では、ロイックが「アンドレがタイトルを獲ることに賭けるよ」と言ったり、アンドレが「WECの上海戦で、山本選手のためにシートを探してあげる」いった発言もありましたが、それを聞いていてどういう気持ちでしたか?

「完全にナメられていると思いましたし、アンドレは自分が獲れると思って余裕でしたよね。それに関しては、言われて当然とも思いつつ、腹が立って、“見てろよ”と思っていました。でも、それをさせているのは、結果を残せず、彼らに勝たせてしまっている自分たちなんですよね。だから、結果を残すことでやり返そうと。ただ、彼らのおかげでよりモチベーションは上がりましたし、彼らに感謝しています」

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多くの“がんばれ”をもらって緊張の壁を越えました

最終戦を迎える前の心境は?

「最終戦に出る選手の中で、タイトルを獲得できる可能性があるのは僕だけでしたし、1週間ぐらい前からはプレッシャーがありましたね。日本人としても、2戦欠場している選手という意味でも、彼にタイトルを獲られたくなかったですし、自分のプライドもあったので、緊張しました。
 でも、あまりにもいろいろな人から、“がんばれ”と言われ過ぎたことで、最後はそれに慣れちゃって、緊張の壁を越えましたね。だから、レースウィークは自分でもビックリするほど落ち着いていたんですよ。これまでは120%を出そうと思っていたんですけど“100%を出せばいいんだ。失敗しなければ(僕は)速い”っていう風に思えたんです」

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そして、予選ではWポールを獲得しましたが、その状況を今振り返ると?

「Q1はいい緊張感を持っていました。朝から流れの良さも感じていましたし、“なるようにしかならないだろう”という風に、ドンと構えることもできました。
 その心境になれたのは、SUPER GTの鈴鹿1000kmで勝てたことが大きい。それまでは“僕は勝てないんじゃないか?”って思っていたんですけど、1000kmで勝って今までの自分を越えられた。だから、ジタバタせずにドンと構えて行ってみようと思えましたね。
 Q3に関しては、赤旗が出た時(予選中断)には“マズイな”と思って、一瞬焦りました。もうアタックに入って、スプーンまで行った時点で赤旗だったので。チームでは、再開になった後のタイヤのウォームアップを心配していた人もいますが、僕としてはピークのグリップを使ってしまっているんじゃないかと、そこが不安でした。でも、実際再開した後は、ウォームアップも問題なかったですし、東コースはグリップがあった。その後は、どこでタレるか、行ってみないと分からないと思ったんですけど、ヘアピンを過ぎても、意外とイケたんですよね。だから、スプーンとシケインだけ決まれば、いいタイムが出るんじゃないかと、すごく集中していました。
 ただ、ポールポジションを獲った後は、レースのことを考えていっぱいいっぱいでしたね。2011年の開幕戦の時にポールを獲った後、失敗している(スタート直後に他車と接触)ので、それと同じことを繰り返さないようにと。(ポール獲得で)思い切り喜びたかったですけど、自分を抑えていましたし、予選は予選、レースはレースと割り切れたと思います」

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バタバタしたレース1前を見て大丈夫だと確信した

決勝前夜の心境はどうでしたか?

「ポールポジションは獲りましたけど、スタートやレースの展開を考え始めると…。Wポールを獲って、『もしかしたら、山本が(タイトルを)獲る?』と思ってくれるチームの人やファンの人も多かったんですけど、獲れなかった時のことを考えたら怖かったですしね。それで、(レースの)展開などを考え終えたと思って寝ようとすると、また次が出てきて、眠れなくなったり…。11時頃にはベッドに入りましたし、普通は12時ぐらいまでには寝るんですけど、最後に時計を見たのは午前2時でした。
 でも、朝起きた時にはスッキリしていたので、“イケる”と思いましたね」

レース1のスタート前は、天候が良くない中、サングラスも外しませんでしたが、どんなことを考えていましたか?

「天候が不安定だったので、それに対するセットアップやスタート、レース展開のことを考えていました。サングラスに関しては、雨用のレンズが入っていて、かけている方が楽だったんです。外すとどんよりとしたグレーの世界なんですけど、かけると世界がオレンジ色になるので、気持ちが明るくなりました(笑)」

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グリッド上でフロントスプリング交換などもあって、かなりドタバタしていたと思うんですけど、心理的な影響はなかったんでしょうか?

「あれは8分間のウォームアップの時に、クルマがオーバーステアで、もう少しアンダー目に振りたかったからやったことです。スプリング以外でやる方法もあるんですけど、阿部さんはそういうところで妥協しないんです。ギリギリのタイミングでしたけど、そういう決断をしてくれたっていうことは、余程自信があるんだろうなと思いました。それに、その決断に応えてくれたメカニックさんたちも良くやってくれたと思います。
 フォーメーションラップ開始5分前まで時間がない中、バタバタしているように見えましたけど、僕は逆に、それを見て大丈夫と思いました。あれが、今年1年でチームが強くなったことを象徴していたと思いますし、スタッフ皆からチャンピオンを獲って欲しいという気持ちをダイレクトに感じて、すごく心強かったですね」

その期待に応えてレース1で優勝。あれが山本選手にとっては、国内トップフォーミュラ初優勝でしたが、レース2を迎えるまではどういう気持ちで過ごしましたか?

「これまで“初優勝した時にはどんなガッツポーズをしようかな”とか、いろいろ考えたことはありましたし、鈴鹿のレース1を終えた時にも喜びたかったんですよ。でも、そこで喜べない状況というのは分かっていましたし、あれほど自分を抑えるのがツラかったことはありません。それでゴール後もガッツポーズはしなかったですし、すぐにレース2のことを考えていました。だから、表彰台で僕より喜んでいる手塚監督(※)を見て、羨ましかったですね(笑)。
 その後、昼食を食べ終わって、次のレース時刻が迫ってきたら、胃が痛くなりました。そんな経験は初めてでしたね。でも、最終戦には、SUPER GTでお世話になっているウイダーのトレーナー(食事・体調管理のサポート)に、初めてスーパーフォーミュラにも帯同してもらっていたので、助けられました。プレッシャーをかけないように、話をずらしてくれたりしていましたから。それにレース2に向けて、ピットに行って、ヘルメットを被ったら、胃痛も治ってしまった。そこで気持ちが入ったという感じでした」

※手塚監督は後日「タイトルよりもとにかく勝ちたかった」とコメント。

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最後まで攻めの気持ちで、最後の1周で切り替えた

レース2は荒れた展開になりましたし、最終的には3位でしたが?

「3位以内でゴールしないといけないっていうことは分かっていましたが、レースでは2周目にピットに入って、戻った場所を考えるとマズいなとも思いましたね。でも、最後まで分からないですし、とりあえず淡々と走っていたんです。JP(デ・オリベイラ)がクラッシュしたのは最初知らなくて、その後のシケインで小暮選手に抜かれましたよね。それで4位かと思ったんですけど、コントロールラインでボードを見たら3番手になっていました。
(タイトルにはこの順位でOK)でも、目の前に抜ける相手(小暮)がいたので我慢できずに、抜き返しに行って失敗してしまったんです。直後から平川(亮)選手とアンドレア(カルダレッリ)も来ていましたが、彼らも僕と同じように失敗していましたよね。その後は、小暮選手についていきましたが、それでも攻めの気持ちはずっと持っていました。また後ろも迫ってきていましたからね。そして、最後の1周は、ポジションを守ろうと気持ちを切り替えました」

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ここで3位に入ったことでチャンピオン決定となりましたが、その時の気持ちは?

「その瞬間は、“本当にチャンピオン獲れたの?”と半信半疑でしたが、獲れたと分かって、それまで抑えていたものが爆発しました。無線で、『やったー! ありがとうー!!』と言っただけでなく、ここぞとばかりにガッツポーズしましたね。ウィニングランの間ずっと(笑)。
 パルクフェルメ(車両保管場所)に戻ってからは、クルマの上にも乗りました。僕は、クルマの上に乗るっていうのは、クルマに対して失礼かなと思っていて、これまでしたことがなかったんですけど、最終戦ではそれも抑え切れず、自然とやっていました。ただ、最後も勝ってチャンピオンではなかったので、その点では心中複雑でした。だから、レース2の表彰台では、大人しくしていました。
 やっぱりあの表彰台は、勝った中嶋(一貴)選手が一番目立つべきですし、中嶋選手と小暮選手(2位)のことを考えていました。その後、チャンピオン表彰の時には思い切り、子供になっていたと思いますけどね(笑)」

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来シーズンは、今まで以上に勝ちにこだわりたい

チャンピオンを獲って、今後についてはどのように考えていますか?

「直後は喜びでいっぱいいっぱいだったんですけど、それから数週間がたって、落ち着いて物事を考えられるようになりました。
 スーパーフォーミュラで走るならば、ゼッケン“1”を付けることになるので、それに恥じない戦いをしたいです。今年は、アンドレやロイックと(タイトルが決まる一戦で)直接戦えなかったので、彼らを倒したいですし、クルマがSF14に変わって勢力図に変化もあると思うので、その中で速い選手に負けないようにしたいと思っています。
 何より今まで以上に勝ちにこだわって、ベストを尽くしたいと思います。また、それ以前に、今後は憧れられる選手になりたい。僕自身、子供の時にアイルトン・セナを見て、速いし、クルマから下りている時もカッコいいし、それに憧れてレースを始めたんですね。だから、速くてカッコいいのは当然のこととして、乗っている時も下りている時も、人として魅力があったり、この人はすごいと思われるような、そういうドライバーになりたいと思います」

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