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Special Issue

SUPER FORMULA TECHNOLOGY LABORATORYTEXT: 両角岳彦

同じ舞台、2連戦ならではの濃くて、そして深いドラマ
Round3 Fuji Speedway

両角岳彦

「1秒遅い」路面にリズムを崩した者、適合した者

 ドラマを演出したのは、富士スピードウェイに棲む妖精の悪戯心だったのではないか。あえて科学の目から離れてそう語りたくなるような週末だった。混沌を導いたレース終盤の雨もちろんだが、今回の戦いの流れを変えた悪戯、技術的に言えば「変数」は、金曜日午後に設定されたスーパーフォーミュラ専有走行の段階からすでに浮かび上がりつつあったのだ。

 8週間前、5月の第2戦の同じセッションと比べて、ラップタイムが上がってこない。前回は土曜日朝のフリー走行の最後にトライする予選シミュレーションの中でアンドレ・ロッテラー、J.P.オリベイラ、ロィック・デュバル、中嶋一貴の4人が1分23秒台に入り、16番手までが1分24秒台に並んだのだが、今回のフリー走行のベストタイムは中嶋一貴の1分24秒325、そこから1分24秒台が8人と、前戦の同じセッションの半分に止まる状況となった。
 この「タイムが出ない」傾向は、そのまま土曜日午後の予選に続いてゆく。前回、SF14で初めて競う富士スピードウェイの予選Q3では、SF13時代のコースレコード(2013年11月の富士スプリントカップで、気温が低く空気密度が高まる状況に応じて思い切ったレス・ダウンフォース仕様で走った国本雄資が記録したもの)を早くも更新する1分22秒572をロッテラーが刻み、以下、オリベイラ、中嶋一貴、国本、デュバルまで5人が1分22秒台に入って、SF14のポテンシャルの高さを実感させたのではあった。ところが7月12日午後の予選を通したベストラップはQ3最速、もちろんポールポジションを獲得したデュバルのピンチヒッター、アンドレア・カルダレッリがマークした1分23秒667。前戦のポールタイムに対してじつに1秒以上も遅いタイムにとどまった。
 とはいえさすがにスーパーフォーミュラの競い合いは「濃い」。Q3に進出した8人がそれぞれに記録したベストラップは、トランスミッションの変速にトラブルを生じて十分なアタックランができなかった国本を除いて、0.3秒の中に密集しているのだ。その中で10分の1秒以下の、いや2番手オリベイラと3番手ロシターの差はまさに計測限界の1000分の1秒にすぎない、その差を生んだものは何だったのだろうか。トムスの東條力エンジニアの言葉をそのまま引用するなら「(1周を通して細かなロスなく)まとめられたかどうか、じゃないですか?」。ここでわずかなロスをしたかを知っているのはもちろんドライバー自身であり、エンジニアたちも彼らのコメントと、そして車載のデータロガーに記録された走行状態を表す様々な数値を読み解くことで、完璧な操縦と挙動で形作られる「神様の1ラップ」に対してどこでどれだけのロスがあったかを推測できる。そうした情報を持たない我々でも、まずは手元にあるデータ、周回毎のセクタータイムの比較からそれぞれのドライバーの理想と現実を推し量ってみることはできる。

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「理想のラップ」にどこまで近づけるか

 予選Q3に進んだドライバー8人に、ここでも0.1秒以下の差で山本尚貴、国本との競り合いに破れてQ2までに止まった平川亮を加えた9人のセクタータイムを一覧できる表にまとめて眺めてみた。Q3(平川と石浦宏明はQ2も)の予選記録となったラップのセクタータイムだけでなく、それぞれのセクターをもっと速く走ったラップがある場合はそれもピックアップして、ドライバーごとのベスト・セクタータイムを拾い出し、それを合計すると各々の「理想的な周回タイム」になるはずだ。ついでに全員の第2戦についても同じように周回とセクターのタイムを拾い出してみた(カルダレッリに関しては同じマシンを駆ったデュバルのタイムを参考値に)。

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 もちろん単純計算ではあるけれども、最良のセクタータイムを足し算した「理想(により近い)ラップタイム」では、オリベイラが最速だったという結果が現れた。予選後のインタビューでは「アタックに入ったラップでコカコーラ・コーナーでオーバーシュート(進入速度が高すぎてコースをはみ出すこと)してしまった」と語っていたが、ピットから出たアウトラップから3周回、少し速いペースでタイヤに「熱を入れ」、4周目にアタックを敢行してこれベストタイム。さらにもう1周アタックを続けてセクター1、2ともにこの5周目のほうが速かったのだが、セクター3のタイムが落ちてしまった。その4周目、5周目の速い方のセクターを合わせると全体最速の周回となるのだ。今回の路面状況では、タイムアタックのペースで周回を重ねるとセクター1、2は良くてもセクター3のタイムが落ちてラップタイムが伸びないという傾向が明確に現れている。
 ロッテラーもアウトラップを含めた3周目に自身の最速タイムを記録しているが、次の周回を10秒ほど遅く走ってタイヤをクールダウンし、最後にもう一度アタック。セクター2は0.1秒近く速かったがセクター3で0.15秒落ちてベスト更新はならず。
 これに対してロシターは、オリベイラと同様にアウトラップ、そして計測2周回を早めのペースで走って4周目にアタック、ここで3セクターとも自身のベストタイムをマークして、これが前述のようにオリベイラに1000分の1秒差、3番手に飛び込んできた。カルダレッリは1周早く3周目から2周連続のアタックラン。その2周回目もセクター3のタイムが落ちずに最速ラップをまとめてみせたのだった。

 ル・マン24時間レース予選のクラッシュの影響で欠場したデュバルの代役として急遽SF14のコックピットに収まったカルダレッリだが、じつは6月初旬にスポーツランド菅生を占有して行われたエンジン開発テストのドライバーを担当。テストプログラムをこなすのに十分な速いペースの周回を正確に積み重ね、その中で区切りになる周回ではマシンとタイヤの限界を試してみるという、目的意識のはっきりしたドライビングをしていた。そうやってSF14と対話を重ねたことを、まずはこの予選アタックに結実させた形となった。
 エンジニアリング・サイドでも山田健二エンジニアが「QUALIFYING NEWS FLASH」のインタビューに答えて「今回の持ち込みセットは前回とはまったく違います。前後のサスペンション・ジオメトリーに始まり、スプリングやアンチロールバー、エアロも全面的に見直しました。」と語っている(もう少し詳しい話は? と問いかけたら「あれ以上は言えません、無理(笑)」とのこと)。その成果は、ドライバーが交替してもセクター2、セクター3の前戦とのタイム差が他の有力ドライバーたちよりも小さいことに現れている、と理解すべきだろう。

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ホンダ・エンジンの性能向上もタイムに現れている

 チームメイトの平川はQ2でやはりコースインから3周目にアタックペースに入り、次の4周目に自身のベストラップを記録。しかしそれではQ3に進出できないとチーム無線で知らされてもう1周アタックを続け、セクター2はここでパーソナルベスト。しかしセクター3でタイヤのグリップが落ちてセクタータイムが前の周回より0.26秒遅く、涙を呑んだ。このQ2で国本は3周目に全セクターを自身最良のタイムでまとめて1分24秒259を記録して平川をかわしているが、平川が「理想のラップ」を出せていればそれを上回れたことになる。この二人とQ3進出をぎりぎりで争った山本は1分24秒259を記録しているが、これは彼自身の4周目で、その前の周回では0.114秒遅くQ3を目指して連続アタック。セクター1、2とタイムを更新したがさすがにセクター3は前の周回より0.195秒落ち、それでも平川を上回って8番手に飛び込んできた。

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 山本にとってQ2の「理想のラップ」は1分24秒フラットに近かったわけだが、Q3ではさらにタイムを削ってポールタイムに対するビハインドを0.298秒(「理想のラップ」が実現できればさらに0.099秒短縮)にまで縮めた。次の第4戦ツインリンクもてぎからは、技術規則が許す範囲で設計や機構面をリファインした新しいユニットが投入されるが、緒戦から使ってきたエンジンでも「どこまで『攻められる』か」を実走データや実験結果の解析から突き詰めてゆき、燃料噴射の量とタイミングや点火時期、さらにターボチャージャーの過給制御などを組み合わせた制御内容(いわゆる「マッピング」)や各部の適合によって、ホンダ・エンジンのポテンシャルが刻々と引き上げられていることを、この山本の予選タイムが示しているはずだ。いくつかの証言を重ね合わせると、今戦ではピークパワーよりも過渡領域の応答(いわゆる「ドライバビリティ」)とトルクが向上していたようだ。
 もちろん「理想のラップ」はあくまでも仮定の話、俗に言う「タラレバ」にすぎないけれども、100分の何秒、1000分の何秒を競い合うスーパーフォーミュラの戦いの中で、ドライバーたちはここまでシビアに「ロスなくクルマの運動を組み立てる」ドライビングを体現している。それがタイムという一見無味乾燥な数字を読み解くことで浮かび上がってくるのである。

8週間前よりも「遅く」なったのはなぜだろう?

 それにしても、こうして予選上位のドライバーのタイムを並べてみると、前戦よりもタイムが落ちていることが浮き彫りになる。タイムが良くなっているのはロシターだけ。石浦がほぼ変わらないが比較の対象が前戦はQ2だから、実質的には低下していると見てもいい。ドライバーだけでなくエンジニアもSF14との対話が進む中で、そしてもちろんエンジンのチューンアップも進んでいるのだから、本来ならば条件が多少悪くても、マシンの速さは増していいはずなのに。

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 セクター1は富士スピードウェイの長いメインストレートの半分以上と1〜2コーナーだから、エンジンパワーと空力セッティング、とくに空気抵抗の大きさがそのまま現れる。ここでタイムが少し落ちているのは、気温が上がったことの影響が考えられる。空気を加圧してシリンダーに送り込むターボ過給エンジンの場合、気温が上昇して大気密度が下がっても自然吸気ほど明確に出力の低下にはつながらないにせよ、シリンダーの中で混合気を十数分の1の体積まで圧縮すると温度が上昇し、その温度が高くなればノッキング(点火前に混合気が早期着火、異常燃焼する現象)を起こしやすくなり、それを回避するために過給圧力や点火時期を刻々と調整すると、やはり出力は伸びなくなる。空力セッティングのほうは、各車とも前戦のデータや他車の観察を元にエンジニアたちが色々と知恵を絞ったはずで、ここでは大気密度が下がればそれに比例して空気抵抗は減る。でもダウンフォースも減るので、その分をガーニーフラップの追加などセッティングで若干アジャストしてきたマシンもあり、全体としては極端な空力特性の変化はなかったと見ていい。
 問題は高速コーナーが連続するセクター2と、低速コーナーが連なり上りが続くセクター3のタイム低下。前戦の予選で他を圧する速さをみせたロッテラー、オリベイラがセクター2で0.3〜0.4秒、セクター3ではロッテラーがじつに0.64秒、オリベイラでも0.36秒落ちている。セクター2の通過時間がセクター3のおよそ60%であることを考えると、低下幅は同じくらいと見ていい。
 つまりコーナリングスピードが落ちている。セクター3では旋回の中から「蹴り出す」加速も鈍くなっている。その原因はなんだったのだろうか。レースイベントの翌日から2日間行われた占有走行(テスト)では、初日は霧が出るなど気温、路面温度ともに多少下がったにせよ、オリベイラの1分23秒190を筆頭に8台が1分24秒を切り、翌日最速タイムをマークした国本は1分22秒924までタイムを削っている。表面が溶けて粘着するトレッド・コンパウンド(ゴム)が路面にくっついてグリップが良くなる「ラバーイン」も、日曜日の雨の後、再び進んだことがうかがえる。
 こうなるとタイムが落ちた原因を気温など自然条件に求めるのはちょっと難しい。結局のところ、「路面状況」という表現をするしかないだろう。微細な条件が重なり合って、路面とタイヤが粘着して摩擦する「グリップ」が落ちてタイヤが滑る限界がほんの少しだけ下がっていた、ということだ。

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同じ素材に取り組みながら、技術的アプローチはそれぞれに異なる

 そのわずかなグリップの低下に対してちょうどうまくフィットするマシン・セッティングがある一方で、もっと高いところでフィットしていたセッティングを基本に微修正で合わせ込もうとしてもジャスト・フィットしない、という微妙なところがあるのではないだうか。タイヤが路面に粘着する限界が変化した時、マシンの運動を支えるサスペンションのバネやダンパー、アンチロールバーが受け止める力も変化する。その中でドライバーたちがタイヤの滑りを感じ取って挙動をコントロールし、ロスを最小限に止めるのがやりやすいか、ちょっとシビアになるか、という差が現れてくるではないか。
「ウチ(トムス)のセッティングは、グリップが前回ぐらい高い状態にはよく合っていたけど、今回はちょっとずれて、(ドライバーがマシンの挙動とタイムロスを)まとめにくくなっていた、ということなのかもしれないですね」と、これも東條エンジニアの仮説。

 こんな会話を交わしながら、6月末に開催したTECHNOLOGY LABORATORYの特別編「ファクトリー・ビジット」で、7ポストリグ*1を担当する『レースの現場に通わない』シャシー・エンジニアの富樫明彦氏が語っていたことが記憶から浮かび上がった。
 複数のチームが「メカニカル・グリップ」につながるサスペンション・セットアップの基礎データ収集に訪れている、この7ポストリグ。したがって富樫氏はおそらく日本で最も多くのチーム&エンジニアのサスペンション・セットアップを知っている技術者、ということになる。もちろん守秘義務があるので具体的な話は一切できない中でも、「ほんとにチーム毎にサスペンションのセッティングは全然違います。こんなに違うのか、と思うくらい。それで(あるコースを)走るとラップタイムは1秒と違わないんですから、すごい、おもしろい」と語ってくれた。謎は、そしてエンジニアたちにとっての迷路は、これからもまだまだ深まる一方である。

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 ここでひとつ付け加えるなら、空力荷重を車体側に3点で加えながら、4つのタイヤが乗った路面(相当の面)を振動させる「7ポストリグ」は、そもそも何を見出すための試験装置なのか、という問いに対しても富樫氏の解答は明快だ。「(凹凸が続く路面を踏んで走る中で)タイヤをどれだけきれいに路面にくっつけておけるか。専門的には『接地荷重の変動を最小にする』ことを追求するための試験装置です」。これもまさしく競技車両だけでなくごく普通のクルマにも共通する真理なのであって、サスペンションの、とくにバネやアンチロールバーの「硬さ」はクルマが最大限の運動をした時に加わる力(慣性力)を受け止めることができるレベルに設定すればよく、走る中ではタイヤができるだけ柔らかく路面に押し付けられている状態を維持したい。逆にサスペンションを硬くする(バネ定数を上げる)と、タイヤが跳ね、弾んで、路面から浮いたり、そこまで行かなくても接地面の中で細かく荷重が変動すると、クルマの運動を作るためのタイヤの摩擦力の変動も大きくなり、走り全体として見るとグリップが落ちるし、クルマの動きを制御する力が得られずにふらつく、跳ぶ、といった状態に陥ってしまう。
 走る中で現れる車両運動を受け止められる基本設定の中で、可能なかぎり柔らかく動く脚を。これがサスペンション・セッティングの絶対的なセオリーであって、「足回りを硬くする=速く走れる」という俗説を鵜呑みにしていてはいけない。むしろまったく逆の間違いに陥るケースが多発している。そうしたサスペンションの伸縮を「振動」でとらえた理論的解説を富樫氏が書き綴っている「7 Post Rig (Team Le Mans)」のFacebook*2を訪れてみることもお勧めします。難しい振動理論がわからなくても十分におもしろくて、不思議が味わえるはずだから。

*1 セブンポストリグ (Seven Post Rig) : チームルマン 公式ウェブサイト
*2 7 Post Rig (Team Le Mans) - Facebook

遠隔操作のクラッチを手指で操る難しさ

 第2戦と第3戦の間で開催した「ファクトリー・ビジット」では、企画した私自身が「へぇ!」「なるほど!」と、知識を増やす楽しみを味わった話が他にも色々あった。そのひとつが、平川亮が自ら第2戦オンボード映像を解説した中で語ったSF14のスタンディング・スタートの難しさ。

 SF14のクラッチは、今日の純レーシングマシンの世界的なトレンドを採り入れて「ハンド(手指による)オペレーション」となっている。ステアリングホイールの裏側には、上左右に変速用のパドル(右:アップシフト、左:ダウンシフト)があり、その下にクラッチ操作用のパドルが組み込まれる。じつは昨年から走っていたトヨタ、ホンダそれぞれのエンジン開発用のテストカーでは、以前からの左足で操作するクラッチペダルも使っていたのだが、実戦車両はハンドオペレーションに統一されている。マシンの後部、エンジンとトランスミッションの間に位置するクラッチは電磁力や空気圧を使った作動シリンダー(アクチュエーター)によって押されて断続動作をする。ドライパー手元のパドルはその動作を指示する電気信号を発生するだけで、それがトランスミッション制御コンピューター(GCU)に送られて、クラッチを切り、つなぐ作動の信号がアクチュエーターに送られる。
 ドライバーによって、足のペダル操作と同じように1本のレバー(パドル)でつなぐ操作全体を制御する方法を選んでいるケースもあるようだが、多くは変速パドルの下・左右にクラッチ用パドルがあり、切る時は両方を引き、発進にあたってはまず右側を離すとクラッチ摩擦板が当たり始める位置、いわゆる「半クラッチ」になるところ(関係者は「バイト・ポイント」などと言う)まで動き、そこからつないでゆく動きを左手のパドルを離してゆくことでコントロールする、という構成を使っているとのこと。平川もこのタイプ。

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 ここで第2戦・レース1のスタートを語る平川自身によると「前のクルマ(国本)が失敗したので右から行こうとステアリングを切ったら、(上に動いた左手が遠くなって)クラッチパドルを急に離してしまい、(クラッチが急につながって)自分もホイールスピンしてスタート失敗でした」。同じようにピットボックスから右に頭を振って出て行くレイアウトのサーキットでは、左手指で発進のクラッチミートを作りながらステアリングをいっぱいに右に回すので「けっこう難しい」そうである。
 足ペダル操作と違ってパドルとクラッチ作動シリンダーの間に機械的なつながりがなく、手指の触覚は足よりもはるかに鋭いとはいえ、リリースの感触を習得するのはなかなか難しい。さらに摩擦板が当たり始める「バイト・ポイント」はクラッチの磨耗状態、温度など、いくつもの条件で変化するので、一度うまく行っても次に同じ設定でちょうどいいところに来るとは限らない…などなど、この手指操作クラッチについては、まだまだ語っていきたいことが色々あるし、これからも増えて行きそうなので、今回はここまでにしておこう。

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決勝レースをリードしたオリベイラ車の「微調整」

 そのクラッチをリリースしてエンジンの出力を最大の「蹴り出し」に変えて伝えるスタンディング・スタートのプロセスを、菅生のテストでも何度かは試みていたカルダレッリだったが、日曜日の決勝レースに臨む中ではさすがにポールポジションからのSF14初レースとあって、動き出すタイミングはジャストだったが、そこからの加速がちょっと鈍く、オリベイラがその脇を抜けてゆく。レース直前からぱらつき始めた雨で路面コンディションがまた変動し、クラッチのバイト・ポイントやリリースの感覚と路面の食いつきのバランスがずれた可能性もある。

 このレース・スタート時の気温22℃、路面温度26℃(ブリヂストン計測)は、夏に入ろうとする時期の富士スピードウェイとしては少し低め。雨雲が空を覆い始めて日照が完全に遮られた状況だからだが、青空が広がっていた金曜日の占有走行の時間帯では路面温度40℃を越えていた。路面温度が50℃近くまで上がれば、まだSF14との組み合わせでは実走データのない領域、しかも300km/hを超える高速走行や200km/hオーバーのコーナリングで大きなダウンフォースを受ける富士のコースではタイヤが受ける負荷が大きいので、250kmのレース距離を走る中でグリップ・パフォーマンスの低下(業界フレーズとしては「デグラデーション」)がどこから、どのくらい現れるかは、それこそ「やってみないとわからない」。
 燃料搭載量によるラップタイムへの影響、いわゆる「フューエル・エフェクト」もけっこう大きいようで、燃料搭載量を多く、すなわち重い状態でスタートすると序盤のタイムが伸びないだけでなくタイヤ性能劣化も早く出るかもしれないから、ピットストップの中でタイヤ交換に要する時間を使って給油できる分、初期搭載量を減らしておく戦略を選ぶドライバー/エンジニアがあっても不思議ではない。つまり、晴れて路面温度が上がるほど、アンノウン・ファクターが増えてレースがおもしろくなるのでは? そんな会話をパドックで交わしたエンジニアたちも何人かいたのだが…。

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 あまり暑くはなってくれなかった日曜日、スタートでトップに立ったオリベイラは順調に逃げる。彼のマシンのエアロ・セッティングはといえば、前戦ではこのレポートでも紹介したように下部のビームウィング後縁にガーニーフラップを追加し、本来のウィングのフラップ後縁には何も付けないコンフィギュレーション。ビームウィング後端ガーニーフラップでここの気流のはね上げを強めることで、上のメインウィングとフラップ背面の気流剥離を抑制する効果と、車体底面からの気流がディフューザーから引き抜く動きも強くなって揚抗比(L/D。ダウンフォースと空気抵抗のバランス)を改善できる。このダラーラによる空力開発の情報を活用した唯一のチームだったが、さすがに今回はいくつかのチーム/エンジニアが同じ手法をトライしてきた。
 それに対してインパルの2車はウィングのフラップ後縁の中央部だけ、翼幅の半分弱ほどのガーニーフラップを追加するという、新しいアイデアを投入(ナレイン・カーティケヤンの車両はスターティング・グリッド上で翼全幅にわたるガーニーフラップを重ね貼りしたが、レース中に何度も320km/h以上、最速では325.989km/hをマークしている)。もちろんダラーラからの空力開発資料にはないピースであり、しかし5月よりは気温が上がり、空気の密度が下がる中で“少しだけ”ダウンフォースが増える状態にしたい、という竹林康仁エンジニアのアイデアだった。
 「低い(6mm)ガーニー(フラップ)を全幅に付けるとダウンフォースが増えすぎる。中間にあと2段階ぐらい欲しいんですよ(笑)」。日本のレース・エンジニアリングならではの「微に入り細にわたる」セッティング・アイテムの掘り起こしが、SF14導入3戦にして早くも始まっているのである。

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スターティング・グリッドのポールポジションに付いたNo.8 カルダレッリ車のリアウィング。
下部で翼端板を支えダウンフォースを車体側に伝えるビームウィングの後縁にガーニーフラップ(10mm?)を追加。メインウィングのフラップ後縁はガーニーフラップを付けずにクリーン状態、というエアロ・セッティング。前戦ではメイン、ビームウィングとも後縁はクリーン、メインウィングの迎角が若干大きかった(ここでダウンフォースを増した)ように見受ける。ビームウィングのガーニーフラップの中央をカットしてあるのは、直前のセンターカウルとの干渉を避けるためか。
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スターティング・グリッド2番手に付いたNo.19 オリベイラ車のリアウィング。
前戦と同様に下部のビームウィング後縁にガーニーフラップを追加。メインウィングのフラップ後縁は前回はクリーン(付加物無し)だったが、今回は中央部だけに低いガーニーフラップを貼ってある。これでメインウィングのダウンフォースが少し増えるはず、というアイデア。その分、メインプレーンの迎角は前戦よりも1ホール分程度減らして(前縁を持ち上げて)いるように見受けられる。

OTSの使いこなしは今後が楽しみ。そして、雨…

 前回のこのレポートで話題にした「新しいオーバーテイク・システム(OTS)の使い方」についても、ようやく今戦では中盤の、山本、国本、カーティケヤンの攻防などで、「最終コーナーをうまく立ち上がったところでOTSを作動させると、直線加速の中で前走車のスリップストリーム領域に入り込むことができ、そこから追い越しにチャレンジできる」という実例を目の当たりにすることができた。OTSを周回ごとに使って最初は並びかけるまでに至らず、次のトライで成功した国本(前戦レース1ほどではないにせよ、直線到達速度が高いほうのエアロ・セッティング)のコメントは「何度か押したら追い抜きできてしまいました」とのことで、まだ「作動した瞬間から20秒間の燃料流量5%増量」の体感と理解は浸透していないようではあるけれども。

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 じつは富士スピードウェイ現地で開催させていただいたTECHNOLOGY LABORATORYのトークショー、レギュラー出演の小倉重徳氏と私に加えて、今回はホンダのエンジン開発の前プロジェクト・リーダー、坂井典次氏が“乱入”。
 この新OTSについての論議が「直線だけでなくエンジン出力増加が効くエリアで使ってラップタイムを削り、前車との差を詰める使い方も」という段に及んだ時、「ピットストップ競争になったところで、例えばライバルが先にピットインしたらその1周を思い切り飛ばしてタイムを稼いで前に出る、いわゆるアンダーカットを試みる時に使うことも有効かも」とコメントしていただいた。今回の戦いでそうした新戦略が見られるか、と期待したのだが、レース中盤のルーティン・ストップではそこまで切迫した状況はほとんどなく、この件も「今後の楽しみ」として残されたのではあった。

 そしてオリベイラは先頭に立った後、そのポジションをガードするためのOTSを「打つ」必要さえなく、5つの指示灯を全て残したまま、レースも3/4を過ぎた…というところで降り出し、みるまに強まって行った雨が、そこまでの流れを思い切り掻き乱すことになる。これが最後の、そして最大の、妖精の悪戯。
 まず路面が急に濡れ始めた45周目に4位を守っていたカルダレッリが300Rでスピンアウトしてクラッシュ。この周回完了で石浦がピットに飛び込みレインタイヤに換えてコースに戻るが、46周目のラップタイムは1分37秒台でドライタイヤ勢よりも少し遅く、まだ早過ぎたかと思われたところで雨が急に強まる。48周目には100Rからアドバンコーナーに向かうところで嵯峨宏紀がスピン、クラッシュしてマシン外装の破片が散り、さらに50周目のアドバンコーナー立ち上がりでオリベイラがスピン、コース上にマシンを止めて動けなくなってしまい、セーフティカー導入。
 ここでドライタイヤのままコースに「ステイアウト」したメンバーと、ピットに飛び込んでレインタイヤに交換したメンバーとで、残り4周の勝負の「運」があまりにもくっきりと分かれることになる。レース後の記者会見で「(中嶋)一貴には『おめでとう』だけど、アンドレ(ロッテラー)にはチームとして『ごめんね』なので、複雑です」と語ったトムスの舘信秀監督の複雑な表情が、この終幕の難しさを象徴していたのではあった。

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予選上位9名のパーソナルベストとなった周回のセクタータイムと、前後の周回でより速かったセクタータイムを拾い出して整理した結果。それぞれ上段が今回(第3戦)の予選、下段がより速いタイムが出ていた前戦(第2戦)の予選。石浦の今戦に関してはQ2でパーソナルベストが出ているのでそちらも収録した。オリベイラ、ロッテラー、中嶋一貴と、速いマシンを得たドライバーたちのベストラップが前戦に比べて1秒かそれ以上も遅れている。

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上位を競ったドライバーたち9名の周回毎のラップタイムの推移をまとめたグラフ。いつものように上に行くほど速い周回となっている。雨が降り出すまではオリベイラが他を確実に上回るペースで走り続けていた。その背後で追ったロシター、カルダレッリ、ロッテラーのペースも安定していて、ピットストップ/タイヤ交換後、燃料を注ぎ足して少し重くなったにも関わらず一段とペースが上がっている。
OTSを周回ペース引き上げに使うなど、ピットストップをはさんで新たな戦略が見られればさらに戦いの様相が緊迫感を増すはずだ。しかし雨に襲われた45周目、ラップタイムは一気に6〜10秒も落ちている。ここでレインタイヤ履き替えに賭けた石浦だったが、その段階ではまだドライタイヤのほうが速く、結果としては早過ぎた形になる。しかしコース上に生き残れなかった者、雨が急に強まるとは考えず(雨雲レーダーなどのデータも富士スピードウェイには当てはまらないことがままあるので、そう判断するのもわかる)ステイアウトした者が、自然の悪戯に翻弄された。SCが外れて戦闘再開となった53周目、ベストタイムをマークしたのは平川だったが、その直線の終わりでブレーキングした時にタイヤがまったくグリップせずに1コーナーでコースオフ、その前の周回で2回もコースオフしつつ2位で追いかけてきていた中嶋一貴に抜かれてしまった。

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スタート直後から3〜4周の順位変動、ピットストップのタイミング、そこから終盤に向けての流れが雨で突然に掻き乱された状況までがはっきりと現れているラップチャート。雨の帯の中で周回を止め、リタイアに追い込まれたドライバー、一気に順位を上げてゆくレインタイヤ換装組と、明暗がここで分かれている。

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