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Special Issue

SUPER FORMULA TECHNOLOGY LABORATORYTEXT: 両角岳彦

プレシーズン・テストで「見えてきた」もの
SUPER FORMULA 2015 Pre-Season Special

両角岳彦

 SF14シャシーとNREのコンビネーションで競う、2年目のシーズンの幕が上がる。
 ドライバー・ラインアップにも変動があり、それ以上に「Technology Laboratory」的視点から注目されるのは、トラック・エンジニアの移籍と担当ドライバーの組み合わせが変わったこと、そしてエンジン・サプライヤー側の技術者にも異動があったこと。これがマシンの仕上げ方に、そしてレースの組み立てや流れに、様々な影響をもたらすはずだ。その状況を垣間見るべく、開幕戦に向けた「エンジニアたちの作戦計画」にいくつかの設問を用意してみた。そちらにも目を通して、スーパーフォーミュラのレースに関わるエンジニアの方々がそれぞれにどんな思考を抱いて新しい戦いに臨むのかについて、観る側としても思いを巡らせつつ、新しいシーズンのキックオフを楽しんでいただきたいと思う。
 それと平行して「Technology Laboratory」担当者としても、昨年12月に岡山国際サーキット、今年3月には鈴鹿サーキット、岡山国際サーキットでそれぞれ開催された公式テストに足を運び、1年間7戦を走り終わったところから、2年目の戦いに向けて水面下でどんな取り組みが進んでいるのだろうか、目の前を走り抜けるマシンのエンジン・サウンドやコーナリング挙動を観察しながら、色々と推測を試み、想像を巡らせたのではあった。
 まずSF14のマシン・セットアップについては、3回のオフシーズン・テストを通してそれぞれのチーム、トラック・エンジニアが、実戦のタイトなタイムスケジュールの中ではこなせないようなトライをしているかな? と深読みしたくなる状況がそこここに見てとれた。つまり空力アイテム、車体底面地上高の設定とその前後方向の傾き(いわゆる「レイク(rake)」。車両としての“前傾”姿勢ともいえる)、サスペンション・スプリングの硬さやダンパーの減衰特性…などなどを、ふだんはセッティングとして使わない範囲まで振って、車両の特性やドライバーの印象としてどう現れるかを試しているのではないかと思われる状況があった、ということだ。ピットへの出入り頻度とラップタイムの関係、あるいはコースサイドで観察している中で気になったマシンの微妙な動きなどを見つつ、そうした推測(妄想?)を巡らせるのである。
 その一方で、ドライバーとエンジニアの新しいコンビでしてマシンをどう「作って」ゆくか、まずはドライビングのリズムや癖を確かめたり、挙動とセッティングの関係を確かめ合う時の「言語」を摺り合わせたり、という作業もこの時期の必須メニューである。
 そんなテストの走りをコースサイドに立って観察する中で、マシンの挙動からいくつかの仮説が浮かび上がってきた。いささか断片的な印象の羅列になるが、ここでちょっと紹介しておこう。

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可夢偉流ドライビングの鍵は「減速円」か?

 たとえば小林可夢偉のドライビング・スタイル。コーナリングの基本はまず減速してその先の旋回速度に合わせ込みつつ、タイヤの摩擦力を前後方向から横方向へと移行させて、つまりブレーキを抜きつつステアリングを切り込んでターンイン(向き変え)の挙動を作り、旋回に入る。小林の場合はこのプロセスの中でコーナーのかなり奥でヨーイング(車両を上から見た時に「向きを変える」運動=重心点を通る鉛直軸まわりの回転運動)が最大になる、いわゆる「クリッピング・ゾーン」までブレーキングを残して飛び込んでゆくように見えた。コーナーでクルマが最も強く遠心力に対して踏ん張る状態に移行するところまでブレーキングを残し、「減速円」を描きながらクリッピング・ゾーンで旋回限界速度に合わせる、という組み立てなのではないか、ということだ。
 ドライビングに対する一般論としてはリスクが高いし、コンペティション・ドライビンクにおいては旋回〜脱出加速こそがタイムを削る鍵となる。しかし小林の場合は、タイヤの摩擦力の減速方向と横方向のバランスをぎりぎりのところで使い切りながら減速旋回を続けていってそのまま一定円に移行する感覚を体得しているのだろうと思う。それが、コーナーに飛び込んでゆく中で並び掛けて前に出ることができるという、彼独特の戦い方に現れてくるのではないか。
 今シーズンのスーパーフォーミュラはオーバーテイク・システムを作動させた時の燃料流量増加分が昨年の5kg/hから10kg/hに増やされる。同時に燃料リストリクターの最大流量制限も、鈴鹿、富士では昨年の100kg/hから95kg/hに減量、他のコース(第2戦が開催される岡山を含む)では昨年と同じ90kg/hに設定される。昨年の設定は、ロールフープのLEDランプがフラッシュすると前走車のスリップストリームの中から速度を伸ばし、並びかけるところまで行くことを狙ったものだった。今年は並びかけてノーズを前に出すところまで行ける。小林可夢偉のドライビング・センスについての仮説が正しければ、さらにそこから減速旋回の感覚を利して一気に前に出るシーンが演じられるに違いない。その一方で、旋回外側に位置するフロントタイヤは、前後方向と横方向が複合した摩擦が続くこと、同時に減速によって荷重がかかり縦方向に「つぶれた」状態が続くことから、使い方としては他のドライバーよりも厳しくなる可能性がありそうだが。

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ドライバーとエンジニアの共同作業

 同じチームの平川亮に関しては、トラック・エンジニアとして田中耕太郎が移籍してきた。このコンビネーションは2015年シーズンの「台風の目」になるかもしれない。シーズン前テストの合計4日間の中では、様々なセットアップを“とっかえひっかえ”試みていたのではないかと思われる節があり、「一発」のタイムに目立つところはなかったが、実戦はまた別もののはずである。
 その田中耕太郎エンジニアの前在籍チーム、ダンデライアンの野尻智紀とナレイン・カーティケヤンは、鈴鹿と岡山のテストで走り込みを重ねていた。田中エンジニアが昨年いち早く「しなやかに動く」クルマに仕上げたことが第6戦菅生で野尻の初勝利につながった。そのセットアップを引き継いで、トップフォーミュラ2年目の野尻と、チームを移り、エンジン・サプライヤーも変わったカーティケヤンの二人は、公式テストではマシンとの対話を深めることに勤しんでいた。もちろんセットアップの煮詰めも進めていたはずだが、マシンの動きそのものは昨年の状態を維持し、ドライバーもそれを気持ちよく操っているように見受けられた。
 ディフェンディング・チャンピオン、中嶋一貴を擁するチーム・トムスは岡山テストの2日間、その中嶋とアンドレ・ロッテラーがトヨタとアウディの世界耐久選手権(WEC)のプログラムのために不在。松田次生にステアリングを託した。車両運動力学の基本を踏まえたドライビングと分析能力では今の日本でも屈指の存在である松田だけに、エンジニアへのフィードバックも確かなものがあり、「仕事が進めやすかったですよ」と東條力エンジニアもコメントしていた。松田自身は「色々やってみて、このクルマ(SF14)についての理解が進みました」「今の他のレーシングマシンとはちょっと違う方向で『こうすると良い』という方向がある。それが見つけられたと思います」と、この2日間を振り返る。トムスのマシンが見せる挙動の中にその「何か」が現れるか、読み取れるかを、今後の実戦の楽しみのひとつにしたいと思う。

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燃料流量が一定値になるゾーンでどう「燃やす」か

 次にエンジンについて。NRE(ニッポン・レーシング・エンジン)にとっての初年度を戦い終えた後、昨年12月の岡山ですでトヨタ、ホンダそれぞれに2015年に向けたトライをしていることが、そのサウンドからも伝わってきた。この時は両社とも新しい要素を試すのは1台に絞っていたと見られるが、トヨタのサウンドはそれまでよりもやや低い音質に思え、後述する「アンチラグ・システム」作動時にはくぐもった連続音が聞こえることが多かった。逆にホンダは少し高い音質に感じられて、高回転側の出力特性を確かめているのかな、と思わせたものである。
 新たなシーズンに向けて、エンジンは主要機能要素部品の設計まで踏み込んだ「バージョンアップ」を行ったものが2015年仕様となる。しかしそれを何十基か「生産」して(基本機構・システムを共有するスーパーGT用エンジンとともに)全エントラントに供給するとなれば、やはり開幕戦に合わせてスケジュールが組まれる。だからその「生産工程」と平行して行われた鈴鹿と岡山の公式テストに関しては、2015年仕様に向けたハードウェアを組んだユニットはトヨタ、ホンダとも1基程度を準備し、他のマシンに関しては今日のエンジンのパフォーマンスを決めるもうひとつの要素、制御ソフトウェアをアップデートした仕様で走らせていた。
 どちらもエンジン・サウンドは2014年よりも少し低く太い音質になった印象。もしそれが間違っていないとすれば、常用する回転速度領域を少し低回転側に移して(と言っても毎分1万回転に達する領域の話だが)、そこのトルクを厚くする方向に進んでいるようだ、という見方ができる。これは、「燃料流量の上限を決めることでエンジン・パフォーマンスを均一化する」というNREの基本概念とその燃料流量制限のメカニズムにおいて、内燃機関の原理原則に沿った進化の方向だ。ここをもう少し掘り下げて考えると…。
 NREの燃料供給は、まずエンジンカムシャフト端で駆動(回転)する高圧燃料ポンプによってエンジン回転速度とほぼ比例して増えてゆく。このポンプに流れ込む燃料がリストリクターの精密ジェットによる流量限界に達すると、そこからエンジン回転速度を上げていっても流量(ある時間の中でエンジンに流れ込む燃料量)は一定になる。この流量一定状態になるとエンジン回転速度を上げるほど、1回の燃焼に使える燃料の量が減る。そこで空気と燃料の比率(空燃比:重量比で表す)を“薄く”しながら、どこまで強い力を出す燃焼ができるか、ここがNREのパフォーマンス追求の「鍵」になってくる。とはいえ希薄混合気での燃焼は排気温度も上がるし、トルクも落ちるから、むしろ燃料流量一定になる回転速度、すなわち7000〜8000rpmから1万rpmあたりまでの「トルクバンド」をどう使うか、そのゾーンの空燃比変化の中で燃焼を最適化し、エンジンの内部損失も減らすのが、効率追求の基本線になる、というわけだ。

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NREの燃料流量制限とエンジン特性・効率のイメージ。
シリンダー内に直噴される燃料の量はまず高圧燃料ポンプの吐出量で決まるので、エンジン回転速度と比例して増えてゆく。それが燃料リストリクターの流量制限に到達したところで流量一定となる。そのライン(橙色)が上下2本引いてあるのは、サーキットによるリストリクター設定の違い、あるいはオーバーテイク・システム作動時の流量増加を示すものと読み替えて考えてもらえればよい。

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ドライバビリティの鍵、「アンチラグ・システム」

 ここでエンジンに関わる話題をもうひとつ。「アンチラグ・システム」についても、そのアウトラインを探っておこう。NREで走るSF14の「過渡特性」と、それがドライビングにどう影響しているかを読み解くポイントとなる仕組みである。
 NREは「ターボ過給」を行っている。エンジンから吐出される燃焼後のガスを排気タービンに導いて回転させ、その軸上に結合されている圧縮機(コンプレッサー:こちらも回転によって空気を外周の渦流室に送り出し、そこで圧力を生み出す「遠心式」)を駆動する、いわゆる「ターボチャージャー」を備え、エンジンに吸い込む空気を加圧して密度を高め、そこにより多くの燃料を混合して燃やすことで、2リッターの排気量から600馬力以上の出力を生み出しているわけだ。
 このターボチャージャーを競技用エンジンに使った時、ひとつ難しい資質が顔を出す。
 ドライバーがアクセルを戻し、エンジンの中で燃焼が行われなくなった瞬間、排気管に流れ出すガスもエネルギーを失う。つまり排気タービンを回し、コンプレッサーを駆動するエネルギーが消える。同時に吸気管の中で空気量を調節するスロットルバルブもふつうは閉じるので、コンプレッサーから送り出された圧縮空気も行き場を失って、吸気管の中に溜まって圧力が上がり、これがコンプレッサーの羽根車(ホイール)を押し戻して回転を落とす。
 こうしてタービン=コンプレッサー・ホイールの回転が落ちたところから再びドライバーがアクセルを踏み込む。その瞬間からしばらくはエンジンが吸入する空気の圧力は低いままで、燃焼が繰り返されて排ガスの量とエネルギーが増えて初めてタービン=コンプレッサー・ホイールの回転が加速され、吸入空気が十分に圧縮されるるようになる。ここで初めて燃料を十分に噴き込んで混合させると、エンジンは強いトルクを生み出す。つまりアクセルオフ、そしてオンとドライバーの右足が動いた時に、エンジントルクの立ち上がりが遅れ、少し時間を置いて急に駆動力が強まる、という特性が現れる。これを「ターボ・ラグ(lag:遅れ、ずれのこと)」と呼ぶ。
 最新の乗用車には過給エンジンが増えているが、通常の走りの中でアクセルペダルをスッと踏み込む程度の加速開始ならば、まずターボチャージャーそのものを小径にして回転慣性を削り、シリンダー内に燃料をダイレクトに噴き込む「直噴」にして、アクセルオンの瞬間に燃焼行程に入るシリンダーには空気が吸い込まれているのでそこに適量の燃料を噴射、燃焼を始めることで、ターボ・ラグはほとんど感じられないまでに洗練することができる。しかしさすがにコンペティション・ドライビンクの速くて大きなアクセルワークに対して、そうした制御だけでターボ・ラグを“消す”ことはできない。
 そこで積極的にターボ・ラグを小さくする、言い替えればアクセルオフした時にタービン=コンプレッサー・ホイールの回転を落とさないようにするシステムが組み込まれるようになった。これが「アンチラグ・システム」だ。具体的には、エンジンのシリンダーの中ではなく排気管の中でガソリンを燃焼させ、そのエネルギーで排気タービンを「加速」して回転を高く保ち、次にアクセルを踏み込んだ瞬間に吸気を加圧できるようにする。サーキット・レース以上にアクセル操作に対するトルクの出方が滑らかで速いことを求められるラリーの世界で1990年代半ばから導入され、今では必需品になっているシステムである。
 排気管の中で燃焼を起こすためには、ガソリンと、そして空気が必要だ。ドライバーがアクセルを戻したところで、スロットルバルブを適量開いて(NREは電動開閉・電子制御だからこれが可能)シリンダーに空気を送り込み、同時にコンプレッサー出口側の圧力上昇による回転減速を防ぐ。エンジンの中では通常どおり吸排気バルブを開閉して空気を吸い込み、圧縮するが、そこでは燃料噴射と点火は行わず、シリンダーの中の空気を排気行程でそのまま送り出す。ここで燃料も少量噴射して空気とともに排気管へ。その排気管は直前まで大量の燃焼ガスが流れていたので何百℃かの高温になっている。その温度の中で空気と燃料が混じり合うと着火する。
 以前のWRC用ターボ過給エンジンなどでは、空気を排気管に直接 送り込む「2次エア」方式が使われていたが、スーパーフォーミュラ/NREの技術規定ではこの種の別経路を追加することは認められていないので、空気はスロットルバルブを開くことで排気管まで送り込む。したがってアクセルオフでもエンジンブレーキはほとんど効かないはずだ。

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アンチラグ・システムの構成と作動の概念図。
ターボチャージャーのタービン=コンプレッサー・ホイールを“加速”するために、アクセルオフの状態でスロットルバルブを開けて空気をシリンダーに吸い込ませ、ピストンの往復でそれを排気系に送り出す。その排気行程で燃料を噴射して空気とともに高温の排気管の中で混じり合わせ、ターボチャージャー手前で着火させてタービンを回すガスの圧力を作り出す。ウエイストゲートはターボチャージャーがフル作動している時に吸気を圧縮する仕事量を調節し、過給圧をコントロールするために排ガスの一部を放出するためのバルブ。

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アンチラグ・システムの効きを「聞く」

 昨年来、エンジン・サプライヤー2社の技術者の方々が「ドライバビリティ」という言葉を繰り返し口にしているが、この「ドライバーの操作にいかに速く滑らかに反応するか」について、もっとも大きな影響を持つのがこの「アンチラグ・システム」である。アクセルオフの状況に合わせて、どんなタイミングでどのくらいの燃料を噴射するか、スロットルバルブの開度をどうするか、などの組み合わせで制御を様々に変え、煮詰めてきたはずだ。
 SF14+NREの走りを観察していると、アクセルを戻してコーナーに飛び込んでゆく中でくぐもった鈍い排気音が断続する。あるいは「パンッパンッ…」と弾けるような間歇燃焼音を響かせるマシンもある。これがアンチラグ・システムを効かせている瞬間なのだ。ただし、かつてWRCで同種のシステムを手がけたエンジニアにも確認したのだが、「パンッパンッ」と燃焼音が響くのは、排気タービンを通った後、排気出口に近い所で燃料が燃えている音で、タービンを加速する効果は得られない。タービンの前で燃えていればもっとくぐもった音になる。このあたりもアンチラグ・システムの仕上がりや効き方を推測する一助になりそうだ。
 もちろんドライビング、とくにアクセルペダルの戻し方・踏み込み方によってもアンチラグ・システムの働き方は変わってくるし、効かせ方に対する要求も違ってくる。このドライビング・リズムへの対応、路面状況や燃費(もちろんアンチラグ・システムを多用すると燃料消費は増える)などへの対応のために、トヨタ、ホンダともにシステムの効かせ方を4〜5段階に切り替えられるようにしてあり、ステアリングホイールにそのスイッチが組み込まれている。コースサイドで観察していると、ドライバーによるアンチラグ・システムが介入する強さの違い、また同じドライバーでも効かせ方を切り替えているだろうという状況が、アクセルオフの瞬間からコーナーの中で一定円を描きながらアクセルを踏み込んで行く、いわゆる「バランス・スロットル」への移行の中で“聞き取る”ことができて興味深い。
 ちなみに岡山の公式テストをコースサイドで観察していた時、アンチラグ・システムの間歇燃焼音がほとんど現れない、つまりアクセルワークが滑らかでエンジンのトルクをきれいに引き出していることが伝わってくるドライバーがいた。トヨタ勢では松田次生、ホンダ勢では小暮卓史(エンジンそのものもほぼ2015年仕様に近いものだった可能性があるけれど)、この二人のアクセルワークは一段とデリカシーに富んでいるのではないかと推測される。こんな観察と仮説を楽しめるのも、スーパーフォーミュラならではだ。

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