コラム【武士が斬る!】vol.14 厳しく難しい状況だったRd3スポーツランド菅生東北大会
2024.07.11
皆さんこんにちは!SUPER FORMULAオフィシャルアドバイザーの土屋武士です。
今は公式テストのために富士スピードウェイに来ています。前回Rd3スポーツランド菅生東北大会では、天候に恵まれずご来場いただいたファンの皆さんにはつらい状況でしたね。ドライバーも関係者のみんなも、レースを最後までできなかったこと、皆さんにいいレースをお見せできなかったことを本当に悔やんでいます。
でも、あの状況でもたくさんのファンの皆さんに最後まで見守っていただいたこと、本当にみんな感謝しています。来年、必ずいいレースをお見せするためにまた帰ってきますので、是非またスポーツランド菅生にいらしていただきたいと思います。
天候でレースが中止になることは珍しくはないことです。菅生では過去にも霧で中止になったレースもありますし、他のサーキットでも台風などの大雨による影響で、雨量が多くレースすることが危険という判断で中止になることも多々ありました。屋外で行われるスポーツの興行はしばしば天候による影響を受けることがありますが、レースの特異性としては、300km/hものスピードが出る競技なので、選手の安全を一番に考えることが必要ということがあります。
今回の場合も選手の安全を考慮したうえでのレース中止という決断になったと思いますが、ここに至るまでの経緯には複数の事象が絡んでいました。それを一つ一つ列挙することは今の私の立場では誤解を招くことも考えられるので避けさせていただきます。でも、これはファンの皆さんにお伝えしておきたいなと思うことをお話させていただきますね。
一つ目は、なぜ最終コーナーばかりでクラッシュが起きたのか?ということです。レース後に実際に最終コーナーまで、JRPのスタッフと一緒に歩いて確認してきました。プロフェッショナルなドライバーが、全く同じように同じ場所で足をすくわれスピンに陥ったことは異常事態だと言わざるを得ません。何か根拠があるはず——、そう思い現場に行ったのですが、みんなが滑った場所に“トラップ”らしきものがあることを見つけました。
スピンした3台の共通点として、最終コーナー立ち上がりの走行ラインの部分で、真ん中の走行ラインよりからアウト側にさしかかったその瞬間にリヤタイヤが滑っていました。その“アウト側のレコードライン上”の部分が、歩いていてもハッキリと滑りやすいことが分かる状況でした。ドライのレコードライン上ではない、イン側寄りの部分はアウト側と比べると明らかにグリップが良く、それは自分たちの靴裏のグリップ感でもはっきりと違いが分かるレベルでした。
これは昨日までのドライコンデションの中で、大きな荷重がかかる最終コーナー出口に“ラバー”がしっかりと付着したことで、ドライではグリップアップになるラバーが、路面をコーティングした状況の上に水膜ができてしまい、今回のウエットのコンディションでは逆にすごくスリッピーな状況を作り上げてしまっていたのではないかと想像します。
そして、その状況を把握する機会は、今回のスケジュールにおいては、ドライバーたちが事前に知ることが難しかったということも、クラッシュ多発という結果になってしまったのかもしれません。
そして二つ目、なぜレースのSC中に多くのドライバーたちが「走るには危険だ!」と無線で強く訴えていたのか——、それはこういったコンディションに挑むドライバーの心理の部分によるところがあることをお話させていただきたいと思います。
ウォータースプラッシュの中、前が全く見えない状況でも300km/hの状況下でアクセルを踏んでいくドライバーの心理は、その状況を経験したことがある人でないと正確なイメージはできないと思います。
私にも数多くそのような経験があります。その中でも記憶に強く残っているのが、トップフォーミュラに参戦していた富士スピードウェイのレース中のことです。ホームストレートを270~280km/hほどで走行中にスピン、ストレートのライン上に反対を向いて止まってしまったことがありました。この時はトップグループを走行中でしたので、後続がどんどん通過する中、すぐにコース外に動いてクラッシュは免れましたが、もしあの時に後続が避けてくれてなかったらと思うとゾッとします。もちろんすぐに赤旗が提示されてレースは中断になりました。
その時は前のマシンの水煙で何も見えず、どれだけの雨量なのかも全く分からずに全開で走っていたので、ハイドロプレーニングが起きた時にはなす術はありませんでした。
そんな危険な状況でもアクセルを踏んでいかなければならないのはレースが続行中だからです。「危険を感じるなら止めればいい」という意見もあるでしょう。しかしその時は、前の周は問題なく全開でストレートを走れました。しかし戻ってくる間にゲリラ豪雨のような激しい雨がストレート上に降ってきていたのです。前のマシンの水煙で前は全く見えませんでしたし、雨量の変化もハイドロになるまで感じることはできませんでした。しかもレース開始時に雨は降っておらず、途中でレインタイヤに変えていた状況でしたので、ドライ用の低い車高のままでした。
このような状況下は、レース運営を司る競技団に身を委ねるしかありません。もしくは、走行を止められるとしたら、チームからの指示があった場合でしょう。(大ベテランのドライバーや、チームのオーナーを兼任しているドライバーには当てはまらないこともありますが…)
このような状況下では、若いドライバーたちには、“自分でレースを放棄する”という選択はできないものと考えてもらって間違いないでしょう。
危ないと感じているならもう少しマージンを持っていればよかったのでは——、はい、私も振り返って落ち着いて考えればそう思います。でもできない心理状態だったのです。
一度、スタートしてしまえばチェッカーを受けるまで、もしくは赤旗でレースが中断するまで走ることを止めないのが“レーサー”です。私はボクシングをやっていたことがあるのですが、試合のゴングが鳴ると、3分間経ってラウンド終了のゴングが鳴るまでは戦いを止められません。常にやるかやられるかの戦いの中、“闘争心”を奮い立たせ、ネガティブな思考をシャットアウトしてリングの中に挑みます。この心理状態が非常にレーサーのそれと似ているなと、両方を経験したことで感じます。特にウエットコンディションの、見えない恐怖の中で、その恐怖心を闘争心によって封じ込めてレースに挑んでいく状況においては当てはまるように感じます。どんなウォータースプラッシュの中でも、レーサーとはグリーンフラッグが降られた瞬間に、戦いに挑む生き物なのです。
しかしそれはレースができるコンディションにおいての話です。今回の菅生は、事前のウエットでの走行機会が少ない中、複数の事象が重なり、結果的にはレースをすることが非常に難しい状況だったということを、レースが始まった後に知ることになりました。グリーンフラッグが降られた後に、です。
「本当にこの状況でリスタートするのか?」ドライバーたちは顔を出す不安と恐怖を封じ込めようとしたと思います。でもそれができないことは本能的に察知していたのでしょう。「これはレースができる状況ではない」と。多くのドライバーたちの悲痛な訴えは、その狂気の中での発言だったのだと想像します。
果たして、レース再開後にクラッシュが発生し、赤旗によってレースが中止されましたが、誰にも大きな怪我がなかったことは不幸中の幸いでした。
この状況を競技団がリアルタイムで正確に知ることは、現在のルールやシステムのうえでは非常に難しかったことと思います。競技団は、SFgoのシステムをレース管制室には取り入れていなく、リアルタイムでドライバーたちの無線を視聴できていないんです。このアプリはファンの為のツールとして生まれたものなので、公正なジャッジをする為にそのまま使えるようには構成されていないので、競技運営の判断材料には現時点では取り入れてない事実をファンの皆さんに知っておいていただきたいと思います。
今回の件を糧に、今後このような難しい状況の時にどうすることが改善に繋がるかと、競技団とドライバーたちは菅生のレース後、すでにディスカッションを重ねています。そうやってお互いが歩み寄り、解決策を議論し、信頼を築いていくことが必要だと思いますし、そうすることで一つずつ不安を取り除いていって、ファンの皆さんへいいレースをお届けする為に、関係者みんなが向かっていくことが大切なことなのだと思います。
SFgoによって、時にドライバーたちの感情に触れることができるようになりましたが、今回のレース中のネガティブな発言は、このようなドライバーの心理状態を知ったうえで、ファンの皆さん自身でキャッチしていただけたらと思います。
ドライバーたちも一人の人間です。恐怖心や不安がある中、闘争心を奮い立たせ、戦いに挑んでいきます。もちろん全てのドライバーがこのような心理状況ではないと思いますが、多くのドライバーたちは賛同してくれるでしょう。
今回のコラムは少々難しい話になってしまいましたが、私のドライバー時代の経験に基づいたお話をさせて頂きました。ドライバー、チーム、そして競技団にとっても非常に厳しく難しい状況だったことをご理解いただければ幸いです。
今回の富士公式テストの2日間4セッションは、猛暑の中、各チーム、各ドライバーが精力的に走行を重ねて、一度も赤旗による中断がないセッションとなりました。ファンの皆さんもたくさん駆けつけて下さり、ドライバーたちも前戦走れなかった分、次回の富士戦では必ずいい走り、いいレースをお見せしようと意気込んでいることでしょう。
また昨年同様夏祭りをテーマにたくさんのコンテンツがありますし、アフターレース・グリッドパーティーという初の試みもあります!
こちらには私のチームのメインスポンサーであるホッピービバレッジがホッピーを皆さんにご提供くださることになりましたし、うちのチームからスーパーGTで走っていたホッピーポルシェを展示させていただくことになりました。
イベントも盛りだくさんの内容ですが、それ以上に素晴らしい走りとレースを、ドライバーとチームの皆さんが必ず見せてくれるでしょう。2週間後の富士決戦が楽しみで仕方ありません。是非サーキットにお越しいただき、レースを楽しみ、夏祭りを楽しみ、そしてみんなの走りを応援いただければと思います!
ではサーキットでお会いしましょう(^^)
written by 土屋 武士
日本のトップカテゴリーで活躍したレーシングドライバーとして活躍。プライベートチーム「つちやエンジニアリング」のチームオーナーでもある。現役を引退した現在は、ドライバー・エンジニア・メカニックの育成に務め、モータースポーツ界に大いに貢献し多方面で活躍している。