コラム【武士が斬る!】vol.3 内なる孤独な戦いの先に
2023.05.17
ただのレース好き、土屋武士です(^^)
さて、今週末はSUPER FORMULA第4戦オートポリスが開催されますが、ちょっとその前に前回大会の鈴鹿戦を振り返っておきましょう。開幕ラウンドに続きまたまた多くのドラマがありました。このコラムがすぐに書けなかった理由の一つは、「書きたいことがあり過ぎて絞れない!」というのが正直なところでしたが…(^^;“宮田莉朋の初優勝”、“野尻智紀と大湯都史樹の接触”、“坪井翔の素晴らしい走り”、“平川亮のプライド溢れるオーバーテイク”などなど、どれもこれもトップフォーミュラの舞台だからこその見応えあるシーン盛りだくさんの鈴鹿大会でした。
拾いたいドラマは数あれど、やはり初優勝の話に触れないわけにはいかないでしょう。宮田莉朋選手がチームと共に掴んだ初優勝は、自身にとってもチームにとっても本当に価値ある1勝となりました。
チームトムスは強豪として知られ、常勝軍団として数多くの優勝とチャンピオンを獲得していますが、実績充分のベテランドライバーやベテランエンジニアが在籍したうえでのリザルトが多数です。一方、莉朋選手がレギュラーで参戦した2021年から、パートナードライバーが同じ歳のジュリアーノ・アレジ選手であり、長年トムスのエンジニアリングを支えていた東條エンジニアが翌年に移籍したりと、チームトムスは大きな変革期に入っていたと言っていいと思います。メカニックを含め、若手主体となった新たなチームトムスを引っ張っていくのは、やはり“速いドライバー”です。レースは、結果が最良の薬となることは周知の事実ですが、その重責を背負って走らなければならなかったのが若い莉朋選手。「いままでベテランの人とチームメイトでSUPER FORMULAを走ったことがほぼないから、結構苦しい…」と話していたことがありました。そりゃそうです。お手本となる先輩がいて、そこから学びながら成長することが一番の近道なことは、今年のルーキー リアム・ローソン選手を見れば明白です。チームトムスという常勝集団を背負って走ることのプレッシャーは、かなり大きかったことでしょう。それでも昨年の予選では、野尻選手に唯一肉薄するタイムを刻み続け、昨年から今年の開幕ラウンドにかけて4戦連続の2位という結果を残しています。しかし、ここまでポールポジションも優勝も“ゼロ”。表彰台が3位を2回という内容では、自信を確信に変えることはできません。それどころか、勝てないのではないかという疑念すら生みかねません。レーサーとは、そのような孤独な戦いを内に秘めているものです。
チームクルーにとってもこの鈴鹿にくるまで苦しい状況でした。昨年の菅生ラウンドではタイヤ交換のミスが響き、表彰台を逃がしています。そしてこの鈴鹿の前週に行われたスーパーGT開幕戦でもトップ争いをしている局面でのタイヤ交換のミス…。常勝軍団に陰りが出始めたのかと、周りがざわつきだしてプレッシャーもあったことでしょう。
そして4輪脱輪のペナルティーで予選順位が12位となったこの鈴鹿予選。決勝前は自分のミスを挽回することを意識していた莉朋選手。チームクルーは莉朋選手の頑張りを無駄にしないように、とにかくミスなく送り出そうという意識だったと思います。そんな中スタートした決勝は、セーフティーカ―のタイミングが味方し、優勝のチャンスが到来しました。前を走る坪井選手とローソン選手は序盤にピットインをしていて、タイヤライフ的には莉朋選手が有利な状況。とはいえ、優勝を掴み取るには戦って勝ち獲るしかありません。オーバーテイクシステムは残り少なく、残りの周回数からトップの坪井選手を攻略するにはワンチャンスしかありませんでした。
果たして、ここまでの多くのハードルにつまずき、シルバーコレクターと揶揄された若きトムスのエースは、このチャンスを掴み取り、共に苦しい思いをしてきたチームトムスの若いスタッフたちと一緒に、自身のトップフォーミュラ初優勝という最高のご褒美を手にすることになりました。
昨年のSUPER FORMULA菅生決勝あとにチームと長い間真剣な表情でミーティングをしていた莉朋選手の顔を見て、戦う男の顔になってきたなと、チームを引っ張っていく覚悟をもった顔をしているなと感じたことを強く覚えていますが、今回の初優勝は、莉朋選手がチームを引っ張ってきたからこその優勝だと感じます。
今回は予選でのミスがあり、でも決勝ではこんなご褒美がもらえる。レースっていうのは面白いもんだなと、莉朋選手自身は感じたことでしょう。腐らずに頑張ってきたご褒美が、たまにはもらえる。レースとはそんなもんです。
面白いくらい、いつもネガティブなコメントをする莉朋選手ですが、優勝しても相変わらずのネガティブな一面は消えませんでした(笑) ひとつのヤマを越えたネガティブスピードスターのこれからの覚醒にも目が離せません!
そして今回のもう一つの大きな出来事…、野尻選手と大湯選手の接触については誰もがその瞬間、目を疑ったことと思います。トップ争いを繰り広げていたそこまでの主役であった大湯選手と、この数年ミスらしいミスがほとんどなかったチャンピオン野尻選手の接触。しかし、これこそがトップフォーミュラの争いだとも言えます。接触はミスではありますが、これまでもギリギリを攻め続けてきたからこそ、野尻選手の2年連続チャンピオンがあったわけで、世界中のチャンピオンを見渡しても、接触の経験がなかったチャンピオンはいないと思います。日本では星野一義選手や本山哲選手。海外ではアイルトン・セナ選手、ミハエル・シューマッハ選手、セバスチャン・ベッテル選手、ルイス・ハミルトン選手、マックス・フェルスタッペン選手と、数え出したらキリがないくらい、その印象的な接触シーンが思い出される選手ばかりです。激しい選手権の中で勝ち残っていくには、その“紙一重”を攻め続けなければならないことは歴史が、偉大なチャンピオンたちが証明しています。今回の野尻選手の接触を肯定しているわけではないのですが、選手権が厳しく、激しくなってくるほどに選手たちは一時も気を抜くことができない、勝つためにはリスクを背負ってギリギリを攻め続けなければならなくなるということを、野尻選手を見ていると改めて感じてしまいます。このSUPER FORMULAで戦うということはそういうことだと、それだけレーサーたちは自分自身を追い込み、そしてたくさんの責任を背負て走っているんだということを皆さんにはわかって頂きたいなと思います。
そして大湯選手も、とても大切なレースをこういう形で落としてしまったことは非常に悔しく、やり切れない気持ちだと思います。しかもその相手がスーパーGTのチームメイトですので、気持ちのやり場がない状況だったと思います。
ただ、大湯選手にとって、今回の件は自身が成長するために必要な経験だったのではないかなとも感じています。大湯選手の速さは申し分なく、今回のポールポジションも彼の魂を込めたアタックラップが成功したからです。これまでは決勝のタイヤマネージメントに課題がありましたが、今回のレースではしっかりと優勝の可能性を感じさせる素晴らしい内容でした。非常に安定した走りを披露していましたが、それが結果に結びつかなかった。。。接触した後、無線で「なんで、なんでこうなるの…、なんで…」と悲痛な叫びが大湯選手から届きました。私は長年レースを見てきていますが、今回の大湯選手への試練、これは彼の為に起きたことなんではないかなと、この試練を乗り越えて、もう一つ上のステージへ行けるドライバーになれと、そういうメッセージが込められた試練だったのではないかなと、そう感じています。
誰にでもターニングポイントはやってきますが、大きく心に傷を負った大湯選手がこの件を受け止め、それを成長に転化したとき、持ち前の速さに加え+αの強さが備わったとしたら、誰もが怖いと思う存在になるのは間違いありません。それだけのポテンシャルをもっているレーサーはなかなかいないので、大湯選手がこの経験を経て、今後どうやって成長していくか、大いに注目していきたいと思います。
ここまで3戦を見てきましたが、明らかに接近戦が増えたと感じています。鈴鹿の優勝の後、莉朋選手が、「追いかけている時はSF23で良かったと思うけど、逃げている時はSF19がよかったかな」とこのように、後ろについても乱気流の影響が少なくなったSF23のことを評価しています。他にも近づけるようになったと各ドライバーからは話を聞きますが、それだけたくさんのバトルがありますし、今まで以上に接近戦になっているので、見ている方はスリリングな場面を目にすることになっています。この部分は、開発陣営の狙い通りで、エンターテイメントとしてファンの皆さんへより興奮するレースをお見せできていることは非常にポジティブなことだなと感じていますが、接近戦が増えた分、心配でドキドキすることが増えました(^^;
お互いがお互いをリスペクトしていないとできない超接近戦のバトルは、これからも続いていくことでしょう。とにかくみんなが無事に、いいレースをしてくれることを祈っています!
そしていよいよ第4戦がやってきますが、今週末の注目は何といっても大湯選手ではないでしょうか。新チームといっても、メンテナンスの母体はセルブスで、昨年は三宅選手がルーキーながら3位表彰台を獲得していますし、大湯選手はこのオートポリスを得意としています。そして昨年優勝の平川選手、ノッている莉朋選手と坪井選手、あと山下健太選手、大嶋和也選手、牧野任祐選手を注目選手に推しておきたいと思います。もちろんチーム無限の二人も上位に絡んでくると思いますが、先に上げた選手たちが今大会は何かやってくれるのではないかと、予想をしておきます。
また九州は食事が美味しいので、レース以外にも楽しみが・・・ウエイト増にならないように、心して九州へ向かいたいと思います。そして今回私はJSPORTSの放送で解説を担当します。SFgoでもコメントを聞けるので、是非お楽しみくださいね!私も楽しみながらみんなの戦いを見守りたいと思います。それではまた!
written by 土屋 武士
日本のトップカテゴリーで活躍したレーシイングドライバーとして活躍。プライベートチーム「つちやエンジニアリング」のチームオーナーでもある。現役を引退した現在は、ドライバー・エンジニア・メカニックの育成に務め、モータースポーツ界に大いに貢献し多方面で活躍している。