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コラム【武士が斬る!】vol.4 ひとつもやり残さない準備をしたものが、勝利を掴む

2023.06.15

先週末はルマン24時間でしたね。J SPORTSの解説とパブリックビューイングで、私、土屋武士も24時間レースを走り切りました。

SUPER FORMULAの仲間、小林可夢偉選手と平川亮選手がTOYOTA GAZOO Racingから参戦しましたが、死力を尽くした戦いは残酷なまでの幕引きが用意されていました。可夢偉選手は避けようのないもらい事故でのリタイヤ。平川選手は終盤でフルプッシュの末、クラッシュしてしまいましたが、これはレース直前の主催者によるルールにない性能調整からことは始まったと思っています。結果は総合2位、表彰台でしたが、この100周年記念大会の為に数年間コツコツ準備してきたチームの努力が、数日前に“無”にされたような気持ちだったでしょう。優勝したフェラーリにも24㎏という性能調整のウエイトが積まされましたが、TGRのマシンは数年をかけて熟成されてきたマシンですので、フェラーリより13㎏重い37㎏というウエイトは、TGRにとっては13㎏差というよりも“重い”ハンディキャップになったと思います。性能調整があろうがなかろうが、フェラーリとの優勝争いは変わらなかったことでしょう。もし性能調整が施されずにルール通りにレースが行われていたら勝敗はどちらになっていたのかーー、その答えを知る由はありません。

 

そのことが悔しいし悲しい。そして余計な性能調整によって、死闘を尽くした相手の健闘を称えることに水をさされる形になってしまったことも残念で仕方ありません。ファンとしては、勝っても負けても、やり切った両者の清々しい姿を見たいんですよね。それを見てまたレースの魅力に引き込まれていくものなんだと思います。

そんな戦いをしてきた仲間が、今週のSUPER FORMULA菅生に帰ってきます。性能調整のない純粋なスポーツとしてのレースを、思う存分、気持ちよく走ってほしいなと思います。

 

さて、前戦オートポリスのことを振り返ってみたいと思います。野尻智紀選手の欠場や坪井翔選手の初ポールポジションなど、このレースにもたくさん話題があるのですが、今回もやはりこの“戦い”を取り上げないわけにはいきませんね。いち早く2勝目をあげた海外からの刺客リアム・ローソン選手。この優勝には何度も“ここ”っていうポイントがありました。その一つでもクリアできていなかったら、この勝ちはなかったでしょう。そのひとつひとつをお話してみたいと思います。

2017年にここオートポリスでピエール・ガスリー選手がオートポリス初走行で茂木に続く優勝を飾った記憶があることで、同じくオートポリス初走行といえど、ローソン選手が予選で2位になったことにそれほど衝撃は受けませんでした。それくらいの“タマ”だってことは分かっていましたし、F1に行くドライバ―であればこれくらい当たり前だと。それにローソン選手のドライビングはフロントタイヤを上手に使い、繊細なアクセルワークが上手いドライビングで、このオートポリスにぴったりのスタイルということもあり、上位は既定路線という感じでした。

 

それでは何がポイントになったのか——、まずはピットストップのタイミングです。10周目以降のピットウインドウがオープンになったタイミングでダンディライアンの牧野任祐選手がピットインしタイヤを交換して義務消化。そしてその後のラップペースがそれまでよりも2秒も速いタイムを刻みました。7番手を走っていた牧野選手にここで反応しないとアンダーカットをされてしまうというタイミングでチーム無限はローソン選手をピットに呼びました。セルモインギングの阪口晴南選手のペースがなかなかあがらないところで抜きあぐねていることもこの決断にいたった理由でしょう。このタイミングでピットに入れなかったとしたら、かなり優勝は厳しかったと思います。

そしてポイントの二つ目。チーム無限のピットストップの速さです。猛然とスパートをかけていた牧野選手に対して、5秒台の早いタイヤ交換でローソン選手をトラックに戻します。そのおかげもあり、ここからの半周を牧野選手のプレッシャーなくタイヤを温めることができました。ローソン選手のアウトラップの速さもありますが、牧野選手を抑えきれた要因はチーム無限のタイヤ交換の速さだったと言っていいと思います。ここ一番で最高の仕事をしたチームクルーに大拍手を送りたい気分でした。

次の周に阪口選手がリアクションするのですが、ローソン選手のアウトラップ&ピットストップの速さが生きたことでアンダーカットを成功させたことも優勝に近づいたと言っていいでしょう。セルモインギングのタイヤ交換も、チーム無限と遜色ないか速いくらいの素早さでしたので、このチーム間のタイヤ交換レースも非常に見応えのあるものでした。この牧野・阪口との場面、チーム無限がコンマ5秒タイヤ交換が遅かったとしたら別のストーリーになっていた可能性がある、大きなポイントとなった場面でした。

まだまだあります。阪口選手を退けた後、ペースの上がらないステイアウト組を4台抜いていかなければならない状況に陥ります。この集団のペースはトップの坪井選手よりも1秒~1.5秒遅いペース。途中、坪井選手の前に出る為のギャップ “32秒”を下回る30秒のタイム差まで縮めていたのに、この4台をパスする間に34秒1まで広がってしまいます。でもこの間を最小限のダメージにすることができたことが大きなポイントでした。後ろに長くついて走ると、ダウンフォースがしっかり得られない為にタイヤを酷使してしまうことになります。4台をパスする際、1周につき1台をパスすることができたローソン選手は、無駄にタイヤを使うことにならずに済んだのです。加えてロスタイムも最小限にとどめることができました。ローソン選手が4台目の小高一斗選手を抜いた時、阪口選手はジェム・ブリュックバシェ選手を抜きあぐねている間にトップ坪井選手との差は38秒まで広がっていました。同じ場所を走っていたことを考えても、ローソン選手が巧みにこの4台をパスしてきたことが分かります。

そしてこれは坪井選手陣営にとっての“タラレバ”になりますが、ローソン選手が小高選手をパスしたこのタイミングでピットに入れることができていれば、まずはローソン選手の前で戻ることができ、ローソン選手はオーバーテイクシステム(OTS)を使っていたタイミングだったのでアウトラップの攻防で抑えられていた可能性もあるかと思います。この時点では鈴鹿のように最後にタイヤがフレッシュな状態のほうが有利と考えていたと思うので、ここでピットに入れる決断をすることは難しかったことと思います。これは宮田莉朋選手陣営にとってもそうでしょう。しかし、両陣営とも後半のフレッシュタイヤでの攻防に勝機を見出してここでピットに呼ぶことをしませんでした。そしてこの後、ローソン選手に追い風となるセーフティーカ―(SC)が入ることになります。

SCが入る入らないを戦略に取り入れることは“博打”要素になります。この部分はあり得ることであり、考えておくことですが、レースを戦う上では“運”の部分として受け入れることが昔からレースを知っている者の捉え方です。その“運”の部分でも、ローソン選手に味方したと言えるでしょう。タイヤに厳しいオートポリスで、14周目にピットに入ってタイヤを酷使していたローソン選手には恵みのSCとなりました。SC中のクールダウンラップが入ったことによって、再生可能原料を33%使用している横浜ゴム・ADVANタイヤは息を吹き返すことになりました。このサスティナブルなタイヤは昨年までのレギュラータイヤよりも温度に対するグリップの変動率が大きいようなデータが出ています。温度が上がるとグリップダウン、いわゆるデグラデーションが大きくなる状況です。ローソン選手の繊細なドライビングは、このタイヤをいい状態に保つことに非常に向いていることもつけ加えておきます。

 

そしてSC開けのスプリント勝負となりましたが、坪井選手は序盤の燃料が重い状況では速かったのですが、後半の軽い時、その勢いはありませんでした。トップのローソン選手を攻略するよりもSCが入った時にタイヤ交換に入った宮田選手をディフェンスすることの方に神経を取られ、鈴鹿同様、坪井選手には追い風が吹かないレースとなってしまいました。とはいえ、坪井選手は3戦連続表彰台、そして初ポールポジションを獲得し、完全に上昇気流に乗ったと言っていいでしょう。持ち前の速さがようやくリザルトに繋がってきたと、客観的に見ていて思います。もしも、SCが鈴鹿とオートポリスに出ていなかったら——、もしかしたら2戦連続優勝もあったかもしれませんね。

ローソン選手を脅かすことができるペースを持っていたのは宮田選手でしたが、坪井選手との2位争いで届かずに終わりました。宮田選手も予選Q2でセットアップを外してしまい4位でした。Q1よりもタイムが落ちてしまったことを考えると、Q2でもしフロントローに並べていたら——、充分に優勝の可能性があったことが想像つきます。坪井・宮田陣営に関しては、あと一つの“タラレバ”がなければ——、あとで勝手に言うことがどれだけ簡単で無責任なことかが分かりますね。。。(^^;

 

このほんの少し後手に回ったことが勝敗を決する戦いなのが今のSUPER FORMULAというレースなんです。それだけ繊細で高次元なことをドライバー、そしてチームスタッフが行っている。ここで勝つには本当に一つもやり残すことなく、準備をしっかりしてきたものが、ようやくたどり着けることができる、ということなんだと思います。そして最後には“運”によるところも。「勝負は時の運」という言葉は本当に深いなと思いますね。

いくつものポイントを、しっかりと自分のモノにしてきたレッドブルカラーの15号車は、デジャブのようにストレート上のNo.1のボードの前に戻ってきました。2017年にピエール・ガスリーが果たしたあの光景の再現です。いくつものハードルをクリアしたご褒美を受け取る資格があるということでしょう。そして、リアム・ローソン選手は、ガスリー選手がたどっていった道を追いかけていくことに何も疑いを持たなくなってきました。最近ではアレックス・パロウ選手、ニック・キャシディ選手、そしてサッシャ・フェネストラズ選手も世界のトップフィールドで活躍中です。他にもまだまだ数え上げたらキリがないくらい・・・ここSUPER FORMULAには本当に世界の一流のドライバーがやってくる場所だということに間違いはないようです。それを間近で見られる我々は幸せだと感じます。近い将来、ローソン選手の世界での活躍を応援する日がくることは間違いないと思います!

さて、今回も優勝したローソン選手とチーム無限の話に集中してしまいましたが、そんなハイレベルのSUPER FORMULA第5戦がまたすぐ開催されます。今回は杜の都 仙台がある宮城県スポーツランド菅生ですが、ここに行くときは牛タンと海鮮を食べることに興味が・・・、おっと、本音が出てしまいましたが、このトラックはドライバー心を刺激する攻め甲斐のあるコースとして、ドライバーが大好きな高速コーナーがあります。それ故にクラッシュも多発することもありますが、ファンにとっても観客席が非常に近く、日本で一番迫力を感じられるコースでもあります。私も菅生のSPコーナーで観ることが一番の楽しみでもありますので、是非機会がありましたらSPコーナーで観てみることをお勧めします!

高次元での戦いをしてるが故、トータルパッケージが高いチーム&ドライバーがここ菅生も上位にくることは間違いないでしょう。しかし菅生を得意としているチームがあることも確かですし、過去の歴史をみても“初優勝”が多いのも菅生の特徴と言えます。

果たして、今回菅生ではどんなドラマが起きるのか?!牛タン&海鮮と共に、非常に楽しみな東北ラウンドになると思います!!

 

written by 土屋 武士
日本のトップカテゴリーで活躍したレーシイングドライバーとして活躍。プライベートチーム「つちやエンジニアリング」のチームオーナーでもある。現役を引退した現在は、ドライバー・エンジニア・メカニックの育成に務め、モータースポーツ界に大いに貢献し多方面で活躍している。

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