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SUPER FORMULA TECHNOLOGY LABORATORY

〜第4章〜

SUPER FORMULA TECHNOLOGY LABORATORY  Chapter 4

シーズンイン直前テストでの「お仕事」編/さあ、今年はどう走らせよう? 戦おう?

両角岳彦

今しかできないことがある。

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 いよいよ、モータースポーツ・シーズンが動き出す。
 野球をはじめ様々なスポーツでシーズンインの前に「キャンプ」があるのと同じように、モータースポーツでも新しいシーズンをどう戦ってゆくか、ドライバーと、マシンと、エンジニアと、そしてチームが、肉体と頭脳と組織を「鍛える」プロセスが集中的に展開される。それが「テスト」だ。
 早春のサーキットにエンジン・サウンドが響き、マシンがまだ冷たさの残る空気を切り裂いて走り去る。そこで行われているのは単に、シーズンオフの間に組み立て直したマシンがきちんと機能するか(この確認だけなら「インスタレーション」と呼ばれる)を確かめ、しばらくサーキットから離れていたドライバーの肉体と運転感覚を目覚めさせる、というだけのプロセスではない。
 スーパーフォーミュラの場合、2013年のシーズンを戦うマシンは、名称が「SF13」と変わったけれども、スイフト社がデザインし製造した昨年と同じ車体であることは、このコラムを読む皆さんならば「先刻承知」のはず。しかし競技車両のパフォーマンス、それを走らせた時に起こる細かな現象、その結果として現れるラップタイム…は、一瞬も足を止めずに進化を続けてゆく。
 とくにスーパーフォーミュラの場合は、2つのメーカーそれぞれでエンジンの開発が刻々と続けられている。車体のほうも、車両規則で認められている領域、例えばエアロダイナミックスや足まわりの大小の部品類については、チームがそれぞれに知恵を絞っている。皆が同じ車体を使い、エンジンの技術規定もかなり細かなところまで決められている。だからこうした開発や工夫は、エンジンについても車体についても、個々には小さな要素の改良の積み重ね。それこそ「重箱の隅を突く」ようなものであることも少なくない。
 しかし以前も書いたように、スーパーフォーミュラの戦いを、その週末の2日間を通して見つめていると、モータースポーツの中でも際立ってシビアな競い合いが演じられている。つまりチームとエンジニアは1周の中で0.1秒を削り取るマシンのパフォーマンスを追求し、ドライバーはそれをぎりぎりまで引き出しつづける「再現性」を求められている。その中では「重箱の隅」の積み重ねなしに「競争する能力」は磨かれてゆかない。
 もちろんシーズンを戦い続ける中でも、この舞台裏での切磋琢磨は続いているのだけれど、やはり目の前の戦いでいかに良い結果を残すかが優先される。その転戦から解放されるここ3〜4カ月の間は、マシンを形作るハードウェアや制御ソフトウェアを手がける技術者たちは、考え、設計し、解析して、また考える。マシンからいかに「速さ」を引き出すかを考え、試し続けるトラック・エンジニアも、そしてマシンの精度と仕上がりを高めるべく手を動かすメカニックも、皆それぞれに「少しでも速さを生み出す可能性はないか」「もっと良いやり方はないか」を改めて見直すことができるし、きっとそうしている。それが自動車競争の世界に身を置く人種の習性だし、皆それが楽しいのだ。
 こうしたアイデアと、それを現物にする開発の成果を確かめること。これがシーズンインを前に、久しぶりにサーキットにマシンを持ち込んで、まずやりたいことのひとつだ。
 例えば、ラップタイムはけして速くはなく、攻めているようには見えないが、毎周ストレートの同じ所を同じような速度で走ったり、エンジン回転を一定にしてみたり(ということは車速を一定にしている)、という走り方をしている時は、空力パーツやそのセッティングで空気抵抗とダウンフォースの関係がどう変化するか、風洞試験などのデータと実際のクルマで起こっていることを照合するためのテストをしている可能性もある。

タイヤの仕様が変わった!

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 そして、自動車競争の基本は常に「タイヤ」にある。とりわけ今年のスーパーフォーミュラは、ブリヂストンが供給するワンメイクかつ年間1スペックを使いこなさなければならない、その仕様が変わった。サイズはそのままだから、外観でそれとわかるような変化ではない。いわゆるスペック・チェンジ、それも路面と接するトレッドに使うゴム(「コンパウンド」と呼ばれる“複雑な化学構造を持つ合成ゴムを混ぜ合わせたもの”という意味で)を変更したのだ。これによってどうなるか? テストではまずそれを確かめないと、ここから始まる戦いが組み立てられない。
 しかしタイヤはいつでも「黒くて、丸くて、よく分からないもの」であり続ける。簡単に「コンパウンドをソフトにして、グリップが高まる」と書くだけで説明がつくわけではない。まず今日のレーシングタイヤは接地面のゴムの温度が70〜80℃まで上がると、表層が溶けて粘る状態になる。これが舗装路面の様々な凹凸に入り込み、へばりつくようにして「粘着」する。タイヤが路面と擦れ合い、ゴムがたわんで変形することを繰り返す中で、ミクロの分子構造が動き、温度が上がる。単純に「ソフトなコンパウンド」と言った場合は、その変形量が少し大きめで温度の上昇も早いもの、ということになる。これだけで、グリップの限界が高まるとは限らない。
 タイヤと路面の接触面で生まれる摩擦力が、クルマの運動を生み出し力を受け止めるためには、接地面のゴムが粘りついているだけでは、じつは十分ではない。表面のゴムが路面に食いついて生む力が、それと一体になっていて厚みのあるゴム層を変形させながら伝わり、さらにその奥にあるタイヤの骨格が受け止めて、はじめてクルマを動かし、受け止められる。ミクロのレベルで見ると、ゴムの分子構造の中を力が伝わり、分子間結合によって引っ張り合って形を保っている。その結合がちぎれると、表面のゴムが離れてゆく。つまり「磨耗」するわけだ。
 柔らかいゴムは、たわみが多いことで発熱が早く、グリップ(摩擦力)も引き出しやすいが、路面をとらえてグッと踏ん張ってほしいところで柔らかさが出るし、分子のつながりが切れる、つまり磨耗も出やすくなる。と、これはあくまでも一般論。その中でどんな特性を示す「コンパウンド」が生み出せるか、それを支えるタイヤの骨格(しばしば「コンストラクション」と言われる)をどう作るか、などなどがタイヤを開発し、設計し、製造する技術者とメーカーの「腕の見せどころ」である。
 この「新スペック」のスーパーフォーミュラ用ブリヂストン・タイヤについては、このTECHNOLOGY LABORATORYとしてもさらに“取材”を深めて、それが生む「レースの綾」の読み解きとともにお伝えしてゆきたいと思っている。

この時期、タイヤを確かめるのは難しい

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 そのタイヤを使って競い合う側にとっては、もちろんドライバーにとっても、エンジニアにとっても、「タイヤがどう振る舞うか」を確かめ、理解できるかどうかが、自分たちの戦闘能力を決める何よりの基本となる。タイヤが変われば、まずは何よりも「このタイヤはどんな特性なのか?」を確かめないと。その積み重ねがあって次に「このタイヤをどう使うか」が考えられるようになる。
 ところが、これがまた簡単にはいかないのである。
 タイヤがどう働き始め、その状態をどう続けてゆくかは、もちろんまず温度で変わる。それも路面温度がまず効き、空気の温度でも冷え方が変わる。さらにしばしば語られるように、溶けたコンパウンドが舗装面に貼り付いて残るほど、タイヤ表面のゴムと路面の摩擦のしかたが変化し、一般的には食いつきが良くなる。それだけではない。当たり前のことだが、路面の舗装に使うアスファルトなど舗装材の材質、それが固めている砕石(骨材という)の粗さや尖り具合などでも、タイヤのゴムの「食いつき」は様々に変化するのである。
 ということは、例えばまず「走るコースはどこか」に始まり、「路面温度は?」「気温と風は?」があって、さらに「路面へのゴムの乗りは?」も加えて、はじめてその時に走る中で現れたタイヤの振る舞いを「この条件においては」と整理できる。すなわち、初春のまだ冷え込んでいる時期に走った感触やデータが、同じコースであっても初夏から夏へと季節が移った時にそのまま応用できるわけではない。あくまでも「この日の、この条件では」に限定されたデータにすぎない。そこからタイヤの「性格」を読み解き、実戦でどう使いこなせば、競争でのポテンシャルが高まるかのイメージを組み立てる。これが今、ドライバーとエンジニアの両方が取り組んでいる最大のテーマである(はずだ)。

「タイヤを理解する」ためのテスト・プログラム

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 こう考えてくると、テストの「結果」をいちばん良かった1周のタイムだけで見比べても、あまり意味はないことがわかるだろう。まずそれぞれのマシンとドライバーがそのタイムを出したタイミング、その時の条件を踏まえた上でないと「速さ」の比較は難しい。逆にどんなふうに周回を重ねたか、その中のどこでどのくらいのタイムが出ていたか、が意味を持ってくる。
 例えば、あまり目立たないタイムでも連続周回をしているか、あるいはピットインしてもタイヤを履き替えずに少し調整するぐらいでまた出て行って走行を続けるドライバーがいれば、レースを想定していわゆる「ロングラン」のテストをしているのかな、と読むことができる。そこでさらに細かくタイムを追うことができるなら、ラップタイムがどのあたりで安定して推移したか、周回が進んで落ち込みは現れたか、などを整理してみると、実戦で、少なくともまだ暑くなる前の同じコースでの戦いで、タイヤ交換戦略はどうなりそうか、などを思い描いて予想を組み立てる面白さにまで踏み込むこともできるだろう。
 そうした中でも、チームとしても、またドライバーの心持ちとしても、やはりどこかで「一発」を試しておきたい、ということはもちろんある。実戦の予選アタックを想定して集中力を高めて「出撃」してゆく瞬間も、テストの流れを見渡している中から見てとれるはずだ。
 しかしこうした「タイヤの理解を進める」中で難しいのは、ここであまりクルマのひとつひとつのコーナーでの挙動にこだわってもしようがない、という部分。路面温度が上がり、タイヤのグリップがさらに高まった状態になると、それぞれのタイヤの骨格の変形まで変わってくるし、当然ながら前後のグリップのバランス、サスペンションが伸縮する量も変わってくる。ということは、ドライバーにとって「オーダーメイドのスポーツ・ギア」として仕立てられるマシンの挙動にも微妙な、しかし決定的ともいえる変化が現れる。そこをどうイメージしてテストを進めるか。こうしたところにドライバーとエンジニアそれぞれの経験値、そしてものの考え方、さらにセンスが現れる(はずだ)。

選手+コーチと同じように対話と理解が大切

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 もちろん、チームとしてもドライバーとしても、限られたテストの中でやっておきたいことはまだまだいっぱいある。
 とくに新しいシーズンに向けて「人」が変わっているチームにとっては、その最初のコミュニケーションの場であり、ここからどうやって「以心伝心」にまでお互いの関係を高めてゆくか、その始まりとなる。
 とくにエンジニアとドライバーのコミュニケーションは、つまりドライバーがどんなリズムやタイミングでマシンを操り、その中で自分がどうドライビングし、マシンがどう応えたかを、どんな表現で語り、エンジニアのほうはそれをどう理解して、現実の車両の運動に置き換えてゆけるのかは、ここから始まる。まずは基本的な言葉のやりとりと、そして現在ではマシンの様々な機能要素がどう動いていたかを刻々と(1秒間を100分割かそれ以上に細かく)記録するデータロガーの収録値解析を重ね合わせて、お互いに検討し、考え、脳の中で「その時」をドライバーはリプレイし、エンジニアはイメージする。データロガーから自分のドライビングを「読む」ことは、今日、競技運転の分野でプロフェッショナルになろうというアスリートにとっては欠かせないものになっている。
 エンジニアの話を聞くと、この「マシンを作り上げてゆくためのコミュニケーション」は、お互いに母国語でできるか、それとも外国語になるかで、もちろん難しさはあるけれども、むしろ個々のドライバーによるところが大きく、日本語を母国語とする者同士であっても、初めて組んで、「このドライバーがこう言うのであれば、セッティングをこうしてみよう」というところまでコミュニケーションを深めるのは、なかなかに難しいことも多いという。

反復練習よりも目的を明確に設定して走る時代

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 ましてスーパーフォーミュラのように排気量も出力も大きく、しかも今日のレーシングマシンの中でも空力的ダウンフォースが強く作用するクルマを「手の内に入れる」のはまだこれから、という若手ドライバーが加わったチームの場合は、まずそのドライバー自身がマシンに慣れることから始めて、「速さ」の感覚を身体が覚えるところまで、とにかく走り込みつつ、その中で基礎的なデータを押さえてゆく、といった進め方になることが多い。そうした中で、ドライバーの順応力なども見えて来たりするものだ。
 それにしても最近はテストの回数が減っているから、ドライバーとしてもマシンを操り、そこでどんな反応が返ってくるかに始まり、レース・ディスタンスを想定したタイヤの使い方まで「身体に染み込ませる」時間がなかなかない。その意味では、トップ・フォーミュラを始めて体験するドライバーたちにとっては難しい時代になっている。しかしその中でマシンと、そして戦い全体のレベルの高さに自分自身をどう適合させてゆくかも、今のドライバーに求められる資質になってきている。これにはじつは感覚的なものだけではなく、データロガーの読み解きからエンジニアとの対話、そして「今、自分がすべきことは何か」「このセッションを何のために使うか」などを考えて実行する、ロジカルなアプローチが欠かせない。
 それやこれや、けして十分とはいえない時間の中で、マシンがピットに出入りする度に、チームがどう動き、ラップタイムがどう推移してゆくかを見ていると、見えてくるものはけして少なくないし、それが観る側にとっても新しいシーズンのデータベースとなって、今までよりも一段と“深い”スポーツのオモシロさが見えて来ることにつながるはずだ。
 次回、3月20日(水・祝)に富士スピードウェイで開催される第2回公式テストでは、足を運んでくれた皆さんと一緒に“テストを読み解く”トークショー、「SUPER FORMULA大放談会」を開催する。本連載で書いた内容を、レーシングドライバーの山路慎一選手と共に、実際に目の前で行われているテストの状況を推理して語ろうという企画である。乞うご期待。

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3月20日(水・祝)の富士合同テストで「SUPER FORMULA大放談会」開催
開催時間: 3月20日(水・祝) 14:00〜14:30
場 所:  富士スピードウェイ ピットビル メディアセンター3
参加費:  無料
『SUPER FORMULA大放談会』の詳細はこちら

SUPER FORMULA TECHNOLOGY LABORATORY
〜第1章〜 スーパーフォーミュラは「世界で最もシビアな自動車競争」だ。
〜第2章〜 この人たちの頭脳に、レースを戦う「知恵」が凝縮されている。
〜第3章〜 モータースポーツでも勝負の流れは「事前準備」で決まる。
〜第4章〜 さあ、今年はどう走らせよう? 戦おう?