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Special Issue

SUPER FORMULA TECHNOLOGY LABORATORY 新生児の心臓が鼓動を始める、その瞬間

両角岳彦

エンジンにもマシンにも「火入れ」の時がある

 クルマづくりの中に「火入れ」という儀式が必ずある。
 新しいエンジンを産み出す時には、まず単気筒のユニットを試作するなどして基礎試験を積み重ね、そこで得られたデータや知見に基づいてまず構想図を描き、そこから個々の部品の図面を起こし、それを全て製造して、組み立ててゆく。これでエンジンが実体を現すことになるのだが、それを単体で運転する動力吸収・計測装置(俗に「エンジンベンチ」という)に設置する。そしてまずは出力側から回転を加えて動かしてみる。これはエンジン内部の回転&往復運動部品がちゃんと組み上がっていて回しても問題ないか、冷却水や潤滑油がちゃんと循環するか、という確認のためのプロセスだ。ここまでを手順を追って進めてきて、次が「火入れ」となる。つまり、燃料を吹き込み、点火プラグに電気パルスを送り込んでスパークを飛ばし、エンジンが自力で回ることを確かめる、という段階にここでやっと進むのである。
 これがエンジン開発における「火入れ式」であって、自動車メーカー全体にとっても大きなプロジェクトとなる新規開発エンジンの場合など、関係者が御祓いをしてその日を迎えるような区切りの儀式となる。
 昔はここで「火が入らない」ことも、さらにはエンジンがうまく回らず壊れてしまうことも珍しくはなく、その原因を様々に検討し、対策を考え、作り直し、組み直し、再び火を入れてみる…という試行錯誤体験を持つ技術者は少なくない。さすがに最近は、ものづくりのプロセスが緻密になったことで、そこまで手こずることはないようにはなっているが、逆に点火も燃料供給も、そしてスロットル(吸気量、すなわち出力をコントロールする)も、全てがコンピューターの中に仕込まれた複雑なプログラムで制御されているだけに、そちらが原因で火が入らなかったり、きれいな燃焼や安定した回転が維持できずに止まってしまう…などの事象に直面するケースはままある。
 だから今でも「火入れ」は技術者たちにとって、もちろん心躍ると同時に、緊張の時間となっているのである。
 クルマ全体にとっても、開発を進めてきた試作車の骨格が完成してエンジンを搭載し、燃料系と電気系、制御系を搭載して「火入れ」を行うのは、走るために産み出されたメカニズムに生命が吹き込まれる瞬間である。

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自動車の「神経組織」には電気信号が飛び交う

 スーパー・フォーミュラの次代を担うニューマシン『SF14』は、今まさにこの「試作」から「実走」へとステップを進めようとしている。ここまでは、開発と製作を担当するイタリアのコンストラクター、ダラーラで空力開発を核とする基本形の策定、そして全体から個々の部品へと展開する設計と試作が進められてきて、それがいよいよ走るマシンとしての姿をなそうとしているのだ。
 その形が整ってゆく最終段階でやらなければならないことのひとつが、電気系統のレイアウト作業である。今日のレーシングマシンの中には、いうまでもなく電気配線が張りめぐらされている。もちろんエンジンを電子制御することだけ取っても、その「頭脳」、いわゆるECU(エレクトロニック・コントロール・ユニット)との間で様々な電気信号がやりとりされる。まず点火のパルスと、SF14からはガソリンをシリンダーの中に直接噴き込むようになる燃料噴射弁の開閉をミリセカンド(1000分の1秒)単位で制御する「燃焼」のための基本となる信号、電動で開閉するスロットルバルブの動き、ターボチャージャーが圧縮してシリンダーへと送られる空気の圧力、そしてSF14から世界に先駆けて導入される「燃料の瞬間流量」などの制御も全て電気信号が送られることで機能する。その一方で、エンジンの回転速度に始まり、どこがどう機能しているかを検出するセンサーからの信号がECUに送り込まれる。この相互関係があって初めて「制御」は成り立つ。もちろんこうした動作のためには、点火システム、燃料噴射弁を動かす電磁石、スロットルバルブ用モーターなどの「アクチュエーター」に電力を供給する配線も別に必要だ。
 エンジンだけでなく、今ではトランスミッションの変速動作(それに合わせたエンジン側の動作も)、あるいは電動パワーステアリング(モーターによる操舵トルクのアシスト)など、電気駆動・電子制御されている要素は、SF14のようなレーシングマシンであってもいくつも組み込まれている。これらについても同じように、センサーや制御対象との間で信号や電力をやりとりする配線が必要だ。頭脳のほうはマシンを走らせることに関わる制御系を集積した「メインECU」の中に組み込まれることになる。
 もちろん、SF14では最新のレーシングマシンの定型としてステアリングホイールに組み込まれる多機能ディスプレイとの間でも信号のやりとりが行われるし、エンジン特性を決める制御内容(いわゆる制御マップ)や電動パワーステアリングのアシスト特性など、ドライバー自身が選んで切り換えられる機能については、そのためのスイッチ類がコックピットに設置される。あるいはデータロギング、つまり走行中にマシンがどんな運動をし、どんな力が加わったのか、サスペンションやステアリングなどのメカニズムがどう動いていたのかなどを、これもミリセカンド単位で記録することも、今日の競技車両には必須のものであり、そのためのセンサー類や配線、データロガー(記録収録装置。メインECUかディスプレイ・ユニットに内蔵される場合も多い)なども「電装設計」の一部となる。

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レーシングマシンの電装設計は実物大の立体パズル

 こうした「電装機器」をどこに置き、「配線」をどう通すか。形をなしつつあるマシンを前に、技術者たちはまずそれを決めなければならない。走る機能、とりわけ空気力学的形状を外皮だけでなく冷却をはじめとした内部流まで突き詰めてデザインされている今日のレーシングマシンの内側に、それなりにかさばり、重量もあるECUを置く空間を見出すことからして、立体パズルを解くようなものだ。しかも電子回路が働く時には発熱を伴うから、その冷却も考えておく必要がある。配線にしても必要最小限の空間を見つけて可能な限り最短距離を結びつつ(そうでないと重量が増える)、同時に組み立て、分解を繰り返す時の作業性を確かめ、絶え間ない振動や、時には水に曝されることも頭に入れて、配線の「デザイン」を進めることが求められる。
 こうした細かな配慮を必要とする作業は、結局のところは現物に触れ、その中に潜り込んで、試行錯誤しつつ進める以外にない。SF14の開発の中でも、日本側の技術者たちが、とくにエンジンを中心にマシン全体の電子制御に目を配るエンジン・サプライヤーの技術者たちがイタリアのパルマ近郊にあるダラーラのファクトリーに足を運んで、荷造り用の紐を電線に見立てて張り回し、実寸検討を行っている。その成果が最終的に配線そのものの設計図としてまとめられ、実車に組み付ける立体的かつ複雑な「ワイアハーネス」が製作されるのである。

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イタリアでSF14の主骨格試作が進んでいた

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 並行して、日本からトヨタ、ホンダそれぞれの、まさしく「ブランニュー」となる直列4気筒・排気量2リッター、燃料直噴のパワーユニットと、それを回すのに必要な電装部品がダラーラへと送られ、新生SF14の「車両組み立て」の第一段階が始まる。レーシングマシンの前半骨格となるCFRP(カーボンファイバーを合成樹脂で接合した素材)成形のモノコックタブの背面に、エンジンが直接ボルトで締結され、その後面にトランスミッションと駆動機構を収めたトランスアクスル・ハウジングも結合されて、マシンの主骨格が完成する。もちろんワイアハーネスの試作品も含めて電装品も、本格的な固定はされないまでも「あるべき形」を整える。
 ここまで進めば、もちろんクルマ全体としての「火入れ」の時が来る。
 もちろんエンジン本体の「火入れ」は何カ月か前に行われていて、そこからはエンジンベンチの上で様々な開発試験が続けられている。だから、正常に仕立ててマシンの一部になっていれば「火が入る」ことは間違いない。そうはわかっていても、そして燃料がエンジンの燃料供給ラインまでちゃんと届いているか、電気配線はどれもちゃんとつながっていて、コネクターを外した所に並んでいる接合ピンにテスターの探針を当てて電流が来ていることも確認済みだとしても、やはり「火入れ」の瞬間は格別だ。
 ここまで来ると、エンジンの始動方法も現車そのまま。まず車両側のメインスイッチをオンにして、ディスプレイが目覚めるのを確認する。専用接続端子(コネクター)につないだノートパソコンのエンジン制御用の専用ソフトウェアの画面でも、車両のシステムが立ち上がり、配線の中を電流が巡るのを確かめることができる。そこでトランスアクスル・ハウジングの後面からスターターのシャフトを差し込んで、回す。「クランキング」、すなわちトランスミッション側からエンジンのクランクシャフトに回転を与える。そこで燃料が噴き込まれ、ピストンが往復して圧縮上死点に届く瞬間に点火火花が飛べば、エンジンが自ら息吹を上げる…。

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 傍目からは平静に見えても、技術者たちの心拍数はちょっと上がり、スターターが回り始める一瞬、呼吸を止めていたはずだ。でもエンジン開発に携わる技術者としては「火が入らない」とすればそれは車体との接合作業の中に何らかのミスがあったからであって、普通に始動するのは当然、と燃焼音が響いた瞬間には思いが切り替わっていたことだろう。photoあとはこれも日常的なプロセスとして、アクセルペダルそのものか、その動きを検出するセンサーを往復させてエンジンの回転がちゃんと変化するか、そこで起こっている現象がパソコン側の画面にも現れるか、を確認する。
 でもその日の夕食では、パルマならではのハムやパルメジャーノチーズの逸品を食卓に乗せて、軽く祝杯を交わす、ぐらいはしたことだろう。ダラーラでの開発作業を語る記者会見の中でも、熟成されたチーズとハムの美味しさを体験したことが話題に上っていたのだから。

 試作の中で大きな「確認」の儀式を終えたSF14の最初の2台は、生まれ故郷を旅立ち、育つための場となる日本へと空輸される。次のステップは、いうまでもなく「走り初め」、シェイクダウン・テストである。
 2013年7月10〜11日の富士スピードウェイで、生まれたばかりの若駒が自らの脚で立ち上がり、駆け始めるその瞬間を、我々は目撃することになる。

SF14 エンジン始動テスト
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SF14 クラッシュテスト
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