Special Issue
TEXT: 両角岳彦
初演に向けた「ドレス・リハーサル(舞台稽古)」の日々
SF14とNREが目指すもの
SF14 Pre-Season Testing / Suzuka Circuit
両角岳彦
「俊敏に」「軽快に」を実感させるコーナリング
鮮やかな「戦いの衣裳」をそれぞれにまとったSF14が走り始めた。2013年中はエンジン開発を主体にした初期車両2台だけでテストが進められてきたが、年末から各エントラントにダラーラからモノコックやサスペンション、エアロパーツなどを収めた木箱が届き、そしてホンダとトヨタからは新品のエンジンがデリバリーされて、メカニックたちが大小の部品ひとつひとつを確かめながら組み上げたマシンが19台、3月の声を聞いたとはいえまだ冬の気配が濃く残る鈴鹿サーキットに「足を着けた」。
2月に予定されていた富士スピードウェイでの公式テストが太平洋岸を北上した爆弾低気圧による降雪で取り止めになったため、各チームにとって3月1、2日の鈴鹿サーキットのモータースポーツファン感謝デーの中でそれぞれ1時間ほど走ったのがまさに「シェイクダウン」。2013年中の開発テストで10人ほどのドライバーがSF14の感触を体験し、数チームのエンジニアとメカニックが新しいマシンに触れてみてはいた。しかしそれ以外のSF参戦メンバーにとって「走る」「走らせる」のは、これが初めてのことだったのである。
マシンのフォルムが一新されたのに合わせて、チームはそれぞれ新しい裝いをデザインし、ペイント(塗装)とカッティングシートを組み合わせてカラーリングする。じつはここでも塗装の重さをグラム単位で削るべく、そして傷も汚れにも強く、と考えつつ塗膜の素材を選ぶのもレーシングチームにとっては定石だ。こうして戦いに臨む姿に変換したマシンの群れが走り出すと、レーシングコースも華やかさと同時に実戦間近という緊張感に包まれる。昨年中のテストカーはC(カーボン)FRPのままの黒い外装で、長いコースに2台が散らばるために、コースサイドでその走りを見守っていても「速さの実感」がもうひとつ薄かった。それぞれのカラースキムをまとったマシンが次々にコーナーを駆け抜けてゆくのを追い続けると、こちらの目も実戦モードに入って、改めてこのSF14というレーシングマシンの走りのキャラクターが浮かび上がってくる。
何よりの印象は、コーナリングがシャープで軽快、そして明らかに「速い」。このマシンの開発コンセプトである「クイック&ライト」が、コースサイドに立って見守るだけで実感として伝わってくる。まずコーナーに飛び込んでくる速度そのものが高い。その中からドライバーが舵を切り込むのに応えてサッと向きが変わり、コーナーを旋回する体勢に落ち着くまでの時間も短い。車両の重さ(正確には質量)が軽いだけではなく、クルマ全体が進路を変化させる動き、力学的な表現では「ヨーイング」、すなわち走る車両を上から見た時に重心点付近を中心に向きが変わる回転運動に影響する重量物が軽く、その質量が重心点近くに集中していることが、このターンインの動きだけでも見て取れる。専門的には「ヨー慣性モーメント」が小さい、と表現する。動きを見ているだけでも、何より直列4気筒というコンパクトな形態にまとめられたエンジンの軽さが効いている。ドライバーとリアタイヤの間にあって、クルマを旋転させようとする時の「錘(おもり)」になる金属の塊が小さく、軽い。だからスッと向きが変わり、その運動が落ち着くのも早い。
その先、コーナーの中では、文字どおり「路面に吸いついた」ように旋回してゆく。速いだけでなく挙動の細かな乱れが少ない。とくにロッテラー、デュバルの二人はSF14の車両特性、とくに旋回の中で空気力によるダウンフォースがタイヤを路面に押し付け、グリップが高まる感触を早くも体得したようで、テストセッションの最後に「予選シミュレーション」を試みた周回では、コーナリングスピード全体がそれまでよりも明らかに高く、しかしそこでタイヤが滑り出すどころかむしろ吸いつくように路面をとらえて旋回していった。鈴鹿にはマシンのこうした資質が明確に現れる中速コーナーの連続セクションが複数ある。今回は1〜2コーナーからS字、逆バンクから切り返してダンロップコーナーを駆け上る、という区間で観察していたのだが、この時の二人の速度感覚は圧倒的だった。マシンの側から見れば、ダウンフォースの大小よりも(一定の姿勢で一定の気流を受けている状態でのダウンフォース量はSF13のほうが少し多いのではないか)、速度を上げていった時のダウンフォース量の増え方とその前後バランス、加えて路面のアンジュレーションを踏んで車体が揺れる中での変動幅、サスペンションの路面入力の受け止め方などの「過渡特性」が良いことの現れ、と見ることができる。もちろんそういう特性を引き出すためのセットアップ、とくに車体姿勢とそれを維持しつつタイヤの接地荷重変動も柔らかくするサスペンションの伸縮特性が、あるレベルに仕上がってこその話ではあるけれども。
これだけのシャシー・ポテンシャルの基本として、SF14の基本ディメンション(車両寸法)を確かめてみると、なるほどと思うポイントがいくつかある。
「素性」は、がんじがらめの規定に縛られたF1に優る、かも
まず4つのタイヤの「接地面」が形作る長方形、いわゆる「フットプリント」の大きさは、ホイールベース(前後輪の軸距)3165mm、トレッド(左右輪の距離)は車輪の最外側面で規定される車両最大幅が1910mmと規定されていることでタイヤ幅の狭い前輪側が1615mm、後輪側が1510mm。ちなみにノーズ先端からリアの衝撃吸収構造体後端までの車体全長は5268mmある。マシン底部の基準面から最も高い位置にあるロールフープ上端までの高さは950mmで、これはF1と同じになっている。
今年やはりパワーユニットを含む車両規定が大きく変わったF1は、まず車両最大幅が1800mmで、したがって左右のタイヤの距離も含めてSF14より100mm狭い。ホイールベースは自由だが3200mmあたりが主流とみられている。そこ(前後輪の中心位置)から車体が前後に張り出すオーバーハングは前1200mm、後600mmまでと決められている。SF14は前1240mm、後は計算上863mmだが、空気力を利用する今日のレーシングマシンにとって重要なのは前後ウィングの面積、断面形とその位置(ダウンフォースが作用する部位が車両重心点からどのくらい離れているか)である。
この比較についてはいずれまた詳しく確かめてゆこうと思っているが、とりあえずF1のフロントウィングは総幅1650mm以内、前輪中心線から前に1000mmまで、リアウィングは総幅710mm以内、後輪中心線から後に350mmまでに収められていなければならない。これに対して、SF14もフロントウィングの総幅1900mmで前後方向にはF1とほぼ同じ位置、リアウィングは翼幅だけで810mmあり、後輪中心線よりも後方525mmまで伸びている。
車体底面は基本的に同じ考え方のステップドボトム(中央部が両側よりも一段低く、そこに路面と擦れて削れることで地上高の下げすぎを抑制する「スキッドブロック」が取り付けられる)であり、底面後部をはね上げて路面との隙間から気流を「引き抜く」効果を生むディフューザーの斜面もSF14のほうが前から立ち上がっていて、ここでのダウンフォース発生も、その着力点も、F1よりも制約が少ない。
つまり、空気の流れを利用して車体を路面に向けて押し付ける力を生み出す、今日の純レーシングマシンのエアロダイナミクス・デザインにおいて、SF14は最新のF1よりも「素性が良い」と受け止めてもいいのではないかと思う。
こうして高められたタイヤと路面の摩擦力が車両を押し、遠心力などの慣性力を受け止めることで、自動車としての運動が生み出される。その時に支えるべきものは「物体の質量」、つまり重さである。ここでSF14の最低車両重量は660kg(レース装備を着装したドライバーを含む)。F1のそれは、今年から690kgとSF14より5%近く重い。
旋回速度を決める要素として残るのはタイヤと路面の摩擦力であって、スーパーフォーミュラに供給されるブリヂストンのワンメイクタイヤは、日本のサーキットの「グリップが高い」、すなわちタイヤに多くの負荷が加わる路面が、真夏の高温になった時に、200km以上のレース距離を問題なくカバーできることを前提に作られている。つまりその接地面に使われているゴム(コンパウンド)はかなり「硬め」であり、とくに冬と言ってもいい季節の低温路面でゴム内部まで発熱して本来の粘着力を生み出すところまではなかなかゆかない。それでも明らかに高い速度でコーナーを駆け抜けてゆく。F1が履くピレリタイヤの現状の摩擦特性と比較してどうかは不明だけれども、SF14にF1相当のグリップを発揮するコンパウンドを乗せたタイヤを履けば、今年のF1を戦うマシン群の中に混じってもひけを取らない速さと戦闘力を示すのではないか。そう思いを巡らせるだけの速さを最初の本格テストから発揮してみせているのである。
新エンジン「NRE」の素性の良さ+開発努力
それにしても、事実上のシェイクダウンだった鈴鹿の合同テストから、2社がそれぞれに開発し、製造した19基(開発車両まで含めれば20基)のエンジンが、多少は「愚図る」ことはあったにせよ、問題なくそのパフォーマンスを発揮し、各チームともに実戦に向けたマシン・セットアップを進められたことは、その設計・開発・製造のプロセスに関わった全ての人々の努力が結実した成果である。それこそ「ひと昔前」にこれほど「全てが新しい」エンジンを2年足らずで実戦投入まで仕上げるのは困難をきわめただろうし、これだけの数をそろえた最初のテストではエンジンが始動しない、ちゃんと回らない、といったトラブルがそこここで発生していただろう。しかし今回はエンジン本体やターボチャージャーなどの基幹補機類のトラブルが出ることはなく、ピットボックスの中でトラブルシューティングに時間を費やしていたマシンも、その原因の多くはエンジン制御コンピューター(ECU)と変速制御コンピューター(GCU)との間のデータ通信や、その動作指示や制御内容の切り替えなどの機能が集中したステアリングホイール周辺にあったように見受けられた。
この新たなエンジン、NRE(Nippon Racing Engine)は、トヨタ、ホンダ、日産という日本の3メーカーの技術者たちがその知恵を結集して「次世代の競技車両用パワーユニットがあるべき姿」を描いたものである。コンセプトの「核」に据えられているのは、内燃機関の進化の根本にある「熱効率」の追求であり、それは競技用エンジンと「実用」エンジンの技術的距離が離れてゆく一方だった最近の状況を、再び近づけることにつながってゆく。この思想とその実現についてはこれからも繰り返し語ってゆくことになるはずだが、今回はその技術コンセプトの根幹に位置する「燃料リストリクター」、すなわち「燃料流量によって性能を平準化する」ことについて、まずはイントロダクション編とでも言うべき基本を紹介しよう。
「空気流量」を抑制するという手法
自動車競争のためのエンジンのパフォーマンスを平準化すべく、様々な方法が試みられてきた。近年多用されてきたのが「吸入空気量(エア)リストリクター」である。その基本は「気体がある大きさの穴を通過する時、まず流速によって単位時間あたりの流入量が決まるのだが、流速が音速に到達すると衝撃波が発生して流れが滞り、そこが流量の上限になる」というもの。エンジンとしては、吸入空気量が一定になると、そこに燃料を混合して燃焼させて得られる出力、つまりある時間の中で取り出せる「仕事量」が一定になる。エンジンの回転速度が上昇してゆくと、それに反比例して1回ずつの燃焼に使える空気量が減るので、燃焼サイクルごとの回転力、つまりトルクは減少するのだが、出力としては一定になり、回転速度が上がるほどエンジン内部の損失が増えるため、出力も頭打ちから低下する傾向になる。つまりこの手法だと、たしかにピークパワーだけはほぼ一定になるけれども、出力特性は様々になり、さらに競争力を高めようとするならば細かい技術的内容を掘り下げることが必要になる。別の見方をすれば、実用的なクルマを走らせるエンジンとの技術的共通性は、こうした細部の、たとえばフリクションロスの低減といった部分に絞られてゆく。
これに対して、ある時間の中でエンジンの燃焼のために供給される燃料の量(燃料流量)を一定にコントロールできたら、内燃機関としてはどんな資質を追い求めることになるのだろうか。
ある時間の中で燃焼に使える燃料の量を一定にすると、出力が一定になる、わけではない。ガソリン・エンジンの場合は、と条件を付ける必要はあるけれども。
「空燃比」を考える
ガソリン・エンジンは、燃料をあらかじめ空気と混合し、その「混合気」をシリンダーの中に閉じ込めて圧縮したところに火花を飛ばして着火、急速に燃焼を広がらせることで高い圧力を作り出し、それでピストンを押し下げてシリンダーの容積を一気に膨張させる動きでクランクを回転させる力を作り出す。「予混合・火花着火」方式の内燃機関である。
ここで燃料であるガソリン(炭化水素の『カクテル』である)と空気を混合する。その比率がひとつのポイントになる。これを「空燃比」と言うが、ガソリンを形作る炭素(C)と水素(H)が「燃焼」によって空気中の酸素(O2)と化学反応して二酸化炭素(CO2)と水(H2O)が生成される時に、ガソリンの炭素と水素、空気中の酸素の分子の数が一致して、全て二酸化炭素と水に変わる混合量(重量。正確には質量)のバランスを「理論空燃比(ストイキオメトリー)」と言い、ガソリン1に対して空気14.5〜14.8の質量比である。しかしギュッと押し縮められた燃焼室の中で混合気を燃焼させ、大量の熱を生み出す中では、もう少し燃料の比率を多くしたほうがより多くの力を取り出せることがわかっている。この「少し濃い目」の燃料と空気の質量比は12.5〜13プラスであって、俗に「パワー空燃比」と呼ばれている。
道路を走るために市販されているクルマの場合、何よりも排気規制に適合することが求められている。そのためにガソリン・エンジンはエンジンから排出された燃焼ガス(排ガス)の有害成分である一酸化炭素(CO)と炭化水素(HC)を酸化し、窒素酸化物(NOx)を還元する三元触媒を働かせるために、理論空燃比を維持して燃焼させ続ける必要がある。しかし自動車競技の世界ではパワー空燃比が基本であって、エア・リストリクターによる吸入空気量一定化という条件を与えられた場合も、この空燃比で出力を追求する。
「燃料リストリクター」は時代を先導する競技用エンジンを生む
これに対して「燃料(流量)リストリクター」の場合は、ある回転速度までは燃料流量が増えていって、その先では一定の流量になる。スーパーフォーミュラを走らせるNREでは、毎分8000回転(rpm)から上で、「1時間あたり100kg」(100kg/h)の流量に制限される。回転速度が上昇する中で燃料を送り込むペースを一定にし、空燃比も一定であれば、吸入空気量一定の場合と同じように出力も一定になる…はずだがそうはしない、つまり出力を高めてゆく方向がある。エンジン回転(速度)を高めてゆく中で、使える燃料の量(質量)は一定であっても、シリンダーの中に送り込む空気の量を増やす。つまり空燃比を徐々に「薄く」しながら、1気筒・1回ずつの燃焼を作ってゆく。
この「空気量を増やす」ためのデバイスが、排ガスのエネルギーでタービンを回し、それで圧縮機を回転させてエンジン(シリンダー)に空気を「押し込む」ターボチャージャーである。
こうして「燃料に対する空気量を増やす」と、1回の燃焼で発生するトルク(回転力)は、空気量と空燃比を一定にした場合ならば「回転数(燃焼回数)に反比例して減少する」のに比べて、ずっと落ち込みが少ない。すなわち回転速度の上昇とともに得られる「仕事量」である出力を増やすことができる。つまりある量の燃料から得られる仕事量が増える。すなわち「効率」が高まる。ここでは、戦うためのパフォーマンスの追求が、内燃機関の究極のテーマである「熱効率」の向上に直結するのである。
もちろんそれは簡単にはゆかない。パワー空燃比から理論空燃比へ、状況によってはさらに薄い空燃比で「燃やす」と、燃焼温度が上がる。ガソリンが気化して空気と混じり合う時に、その気化熱で混合気そのものの温度が下がる効果が少なくなってゆく、などの理由によるものだが、この「熱」がエンジンにとって様々な難しさを生み出す。火花で点火する前に混合気が自己着火してしまうノッキング、ターボチャージャーを含む排気系の、1000℃に達する高熱による様々なトラブル、その他様々な障壁が開発者の前に立ちはだかる。この「排気温度」をどこまで攻められるかが、当面、NREの性能をどこまで高められるか、その限界を左右しそうである。
「燃料流量」を正確に、公平にコントロールする技術
2014年シーズンからSF14とスーバーGTのGT500車両(こちらは燃料リストリクターとエアリストリクターを併用)に搭載されて実戦に投入されるNREの、まさに「鍵を握る」メカニズムが「燃料流量一定」をどう作るか、である。エンジンメーカー3社の技術者が知恵を出し合って、その手法が確立できたからこそ、NRE構想は具体化に動き出した。
流体に一定の圧力をかけた状態で細い孔状の通路(絞り。ジェットなどと呼ぶ)に送り込むと、ある速度以上では流れられなくなる。流路面積×流速すなわち流量なので、これが流量上限(一定)を決める手段になるのだが、空気のように「圧縮できる気体」ではたしかに流路を絞るとそこでの流速が音速に達して衝撃波が発生すると、それ以上は流れられなくなってリストリクターとしての機能が成立する。ところが液体だと、なかなか簡単にはゆかない。まず流量を精度高くコントロールするのが難しいのである。
ちなみに2014年からパワーユニットの技術規則を大きく変更したF1では、やはり流量制限を行い、それもNREと同じ「100kg/h」に設定している、が、その制御はパワーユニット・メーカーに任せ、「流量センサー」を装着して事後に規定流量を超えなかったかをチェックする、というやり方を採っている。しかし液体の流れの計測や燃費の精密測定に関わった者ならば誰もが経験しているように、実際に走るクルマの上で、しかもエンジンに流れ込む燃料量が大きく変動する中で、正確な値を一瞬ごとに把握するのは至難の業なのである。何よりも最新の競技用エンジンに対してそれができる流量センサーがあるのかどうか。F1関連の技術ニュースを追っていると、流量センサーの選定だけでも二転三転している状況が浮かび上がってくる。
これに対してNREでは、燃料流路に精密に加工された絞り(ジェット)を組み込み、そこに加える燃料の圧力も制御して、ガソリン流量の上限を一定にすることが可能なところまで開発を進めてきた。さらにそこから送り込まれる燃料を加圧して、シリンダーの中に直接噴き込むインジェクターに供給する「高圧ポンプ」の吐出量を決める「カム」の形状によって、燃料を送り出す量が決まる。燃料リストリクターの流量限界に達する手前でも、エンジン回転に応じて使える燃料流量を各車が搭載するエンジンそれぞれで同じにするために、この「カム」の形状とリフト(押し上げ)量を規定した。これで全てのエンジンが、同じ燃料流量特性を持つことが保証されるのである。
スーパーフォーミュラ用NREでは、高圧ポンプのカムリフトは4.1mm。燃料リストリクターの流量限界(100kg/h)に達するのはエンジン回転8000rpm以上とされた。スーパーGT・GT500用は車両重量が格段に重いことを勘案して、リフト量を少し増やして7500rpmで流量限界に達する設定になっている。
さらに圧縮性のある気体の流量制限と違って、液体の場合はジェットの流量限界に到達すると発生する衝撃によって流れそのものが止まってしまう。つまりエンジンに燃料が送り込めなくなる。そこで流量限界ぎりぎりで燃料噴射量をコントロールする制御プログラムが開発され、これも各エンジンメーカーが同じものを使うことになった。
ドライバーの挑戦を後押しする「燃料増量」
さらにこの「燃料リストリクター」には「バイパス回路」も設けられている。つまりリストリクターと並行にもうひとつ、流量制御を行うジェットに燃料を導く経路が追加されていて、そちらにも燃料を通すかどうかを開閉するバルブ(電磁弁)が組み込まれている。この弁を開けると、エンジンに送り込まれる燃料の流量が並行回路分だけ増える。これを使い、その燃料量に合わせて吸入空気量を増やす、つまりターボチャージャーの過給圧を高めると、もちろんエンジンの出力が増大する。正確に言えば、この増量が入った瞬間から1回の燃焼毎のトルクが強まる。つまり加速そのものが強まり、増量が続いていればその先の到達速度も伸びる。サーキットの戦いの中でこの燃料増量をどう使うかが、オーバーテイクの「挑戦」を今までよりはるかにスリリングなものにするはずだ。
とりあえず現状では、この増量バイパス回路を使った時の燃料流量は、通常時の「5%増し」に設定されることになっている。「スイッチを押す」ことで前車を簡単にパスしてしまえるほどの出力差(あるいは走行抵抗=ドラッグの減少)をつけたのでは、ドライバーの技量と決断力と集中力の競い合いは消えてしまう。そうはならないように、しかし前車の背後に迫り、コーナーにアプローチするブレーキングに入るところで並びかけられるような加速が得られるように。ガソリン流量「+5%」は、そこを狙っての暫定値だと受け止めていただくのがよさそうである。それ以前に「100kg/h」という上限流量そのものも、マシンの速さやコースの特性、そこに生ずるかもしれない危険性に応じて、シーズンが進む中で調整される可能性もある。
もうひとつ付け加えておくなら、この燃料リストリクター・ユニット(流量制御ジェット、燃圧レギュレーター、増量バイパス回路を一体化したもの)は主催団体(JRP)が管理し、レース毎に正確さを確認、較正した上で、それぞれのマシン+エンジンに組み付ける個体を抽選で決め、各レースイベント直前の金曜日に配布されることになっている。さらに高圧ポンプのカムも指定の形状とリフトを維持しているか、シーズン中に検査が行われる。これで全てのマシンが搭載するエンジンが、同じ燃料流量特性を持つことが保証されるのである。
「直列4気筒」という形態に盛り込まれる(はずの)デザイン
そういえば、エンジン本体の基本諸元の紹介が後回しになっていた。すでにご承知のように気筒配列は直列4気筒、排気量は2000cc以下という規定であり、燃料供給はシリンダー内直接噴射、排気タービン駆動の遠心式圧縮機、いわゆるターボチャージャーが組み合わされる。このターボ・ユニットはハネウェル=ギャレット社のワンメイク。その他ではシリンダーボア(内径)、クランク軸高さ(超小径クラッチを使うコスト上昇抑制)などが規定されているが、エンジン本体の設計に関わる寸法などの規定は2013年まで使われてきた自然吸気3500ccのV型8気筒の時よりもずいぶん自由度が拡げられている。
これらエンジン本体のデザイン、そしてディテールについては、シーズンが進行する中でおいおい紹介していきたいと思っている。なにしろ部外者にはまだ外観を目にする機会もないので。しかしピットの中でエンジンカウルを外したマシンを見ても、コックピットの背後にエンジンの存在を確かめることさえ難しい。直立しているはずの4気筒のシリンダーヘッド部分さえ、モノコックの背後に隠れてしまっているのだ。いかに背が低いか、車両運動にとって重要な重心高が低いかが、この一事からもうかがえる。ちなみに最低エンジン重量(ターボチャージャーや圧縮で温度が上がる吸入空気を冷やすインタークーラーなどの冷熱系などを含まない本体の重量)は85kg以上という規定。2013年までの3.5リッターV8の重量は公称でも120kg程度はあったから、ここだけでも相当な軽量化であって、マシンの重心点に位置する重量物の軽さがコーナリングシーンの中で「向きを変える運動」のシャープさに直結することは、改めて指摘する必要もないだろう。
その一方で、今日の(ここ50年近くにわたって、と言うべきだが)レーシングマシンは、エンジンとトランスミッションそれぞれの外郭を結合したブロックを、車体後半の主骨格とする構成を採用している。もちろんSF14もその例外ではなく、これに対して直列4気筒という幅の狭い形態をどう適合させているかなどにも、競争自動車ウォッチャーとしての興味は広がる。その先に踏み込むと、トランスミッションは…(供給元は英国のリカルド)、その変速機構をステアリングホイールのパドル操作に応じて動かすシフトメカニズムは…(英国のザイテックとシフテックの2社供給)など、次々と知りたいことが現れる。これらについてもTechnology Laboratoryとしては「今後のお楽しみ」ということにしよう。まずは開幕前にもう一度の公式テスト、そして鈴鹿での緒戦が待っている。