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Special Issue

SUPER FORMULA TECHNOLOGY LABORATORYTEXT: 両角岳彦

「完勝」の裏面に織り込まれた様々な「勝負の綾」
2015 Round4 Twin Ring Motegi

両角岳彦

1年ぶりに「ストップ・アンド・ゴー」を考える

 ツインリンクもてぎラウンドに向けた「エンジニアたちの作戦計画」を見返していただくと、「ツインリンクもてぎのコース特性・個性・特徴をどうとらえていますか?」という問いに対してほとんどのトラック・エンジニアが『ストップ・アンド・ゴー』と答えてくれている。このフレーズを表面的にとらえると、「ギューッとブレーキングして、クルッと向きを変え、一気に加速することを繰り返す」と受け取りがちだ。モータースポーツ専門といえどもメディアの理解はもちろんそのレベルだし、レース関係者の中にもそう考えている人士は多いはずで、したがって読者の皆さんの「ストップ・アンド・ゴー」のイメージがそうしたものであったとしてもしかたのないことだ。
 しかし、ちょうど1年前のこの「TECHNOLOGY LABORATORY ツインリンクもてぎ・レビュー」でも紹介したように、「ストップ・アンド・ゴー」の現実は違う。減速・旋回・加速という運動状態がもっと複雑に重なり合っているのだ。再論にはなるが、このコースでの(それ以外でも基本原理としては変わらない)自動車競争を読み解くために、ここでもう一度整理しておこう。

 車両運動の観点から「ストップ・アンド・ゴー」を考えると、まずは直進状態から一気に速度を落とすブレーキングに入る。もちろんそのターゲット(目標)とする速度イメージは、コーナーを回り込むゾーンのボトムスピード。そこまでの減速がほぼ終わろうとするところでステアリングを切り込んでクルマの向きを変える運動(ヨーイング)を発生させる。この時マシンはまだ、ブレーキングとそれによる前方への荷重移動(前輪荷重・増/後輪荷重・抜)の状態にある。ここでフロントタイヤの摩擦力(グリップ)が制動方向からコーナー内側に向かう力(コーナリング・フォース)へと移行を始め、車両全体がヨーイングを始めると、その旋転運動を安定させるべきリアタイヤはまだ荷重が抜けているので摩擦力の立ち上がりは弱い。そのため向き変えの動きを押さえきれないと挙動がナーバス(神経質)になる。その逆に後輪側の横力(コーナリング・フォース)の立ち上がりが早すぎると向き変えの動きが不足して、舵を切り増して向きを変えてゆくことになる。
 つまりこのプロセスの中では、制動を緩めつつ旋回へと移行する「減速円」描く運動が演じられるのであり、そこでリバウンド(伸び)・ストローク側にある後輪をどれだけグリップさせて車両挙動の乱れを押さえられるかが、「ブレーキング・スタビリティ」なのである。
 そこからつながるコーナリング・プロセスは「定常円」。つまり一定の円周上を回り込む運動であって、クルマには必ず走行抵抗があるので、この状態に落ち着いたら駆動力を加えて速度を保ち、円を描く運動を作る。その円の“深さ”はコーナーの形状次第で様々だが、ごく短い一瞬でももてぎのコースレイアウトではこの状態が入るコーナーが続く。この時に、ブレーキングからじわりと踏み込むアクセルオンへとつながり、パーシャル(過渡)・スロットルでエンジンが求められているだけ、ちょうど良いトルクを間髪入れず発生することが求められる。
 次の瞬間、ドライバーの視野には直線が現れる。旋回運動はまだ続いているがステアリングを戻す操作とオーバーラップさせてアクセルペダルを踏み込む。旋回運動の中、まだ前後のタイヤともに横方向にグリップを使っている状態から、摩擦力の方向を横から縦へ、今度は駆動方向へ移してゆく。つまりここは「加速円」である。旋回円を大きくし始めつつ加速する。その中での「蹴り出し」がしっかり出るかが「トラクション」だ。

 このように「ストップ・アンド・ゴー」とはすなわち、直線終わりの「減速円」から「定常円」をつないで「加速円」から直線ダッシュへ、という複合した挙動が連続するパターンなのである。とくにレーシング・ドライビングではブレーキングとアクセルオンがきつい。すなわちタイヤの摩擦力の変動が大きく、その限界を使い続けないと「速さ」は得られない。こういう状況で車両の運動を安定させようとすれば、まずリアタイヤの接地性を高め、定常的なアンダーステア特性(感覚的表現ではなく本来の意味での)をしっかり作っておくことが基本。そのためにはリア・サスペンションがよく動き、タイヤの瞬間荷重変動が小さく、タイヤを“粘らせる”方向、そしてもちろんダウンフォースをしっかりかけることなどが出発点になる。
 しかしそれだけでは、直線終端に連続する円(コーナー)に入る「向き変え」から旋回へ、ドライバーの意図・操作に対してヨー運動が不足する傾向になる。そこでステアリングを切り込むのに応じてフロントタイヤが強く横力を発生して、向き変えを作るようなセッティングを加える。舵を切り込んだ時のタイヤの対地キャンバー(増えると踏ん張りが高まる)、トレール(ハンドルを切ったときに車輪が転舵する中心軸の延長線の路面交点とタイヤ接地中心との距離)による接地面の横移動(横に「蹴る」動きが強まるがやりすぎると過敏になる)、前後のロールセンター高さ(ロール軸)の設定(前を下げる/後を上げると旋回外側前輪の“効き”が強まる)、前後のロール剛性バランス(後より前を硬く。しかしできるだけ柔らかく)など、いくつもの要素がこの「フロントの効き」に関係する。それらをどう組み合わせて味付けするかということになる。
 こうしたセッティング要素の組み合わせ「パズル」の解はひとつだけではないはずだが、しかしその最適解に近づくセットアップを狙って、エンジニアたちは考えを巡らせ、知恵を絞ったはずである。

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路面に「ゴムが乗った」状態の挙動を思い描く

 そして今年のツインリンクもてぎでの実戦は、いつも以上に頭を悩ませる状況で始まった。「真夏のもてぎ」はまず暑さとの戦いであり、同時に路面温度も高くタイヤの暖まりも、磨耗の進み方も早い…はずだった。しかしこの8月第3週は、1月前に日本列島を覆った異常なまでの暑さはどこへ行ったのか、雨は来るのか、と空を仰ぐ日々になった。さらに昨年のもてぎラウンドはSF14+NREにとって初めてのサーキットとあって金曜日にも走行が2セッション設けられ、走り込みと路面の「ラバーイン」が進んだところから予選へという流れだった。しかし今戦はいつもどおりの2日間開催。走り始めの土曜日午前のフリー走行では、前戦からの“持ち越しタイヤ”を履いたことも相まって、各車ともにラップタイムが伸び悩む状況になっていた。
 その中でエンジニアもドライバーも、予選に向けて「路面が良くなる」、つまりタイヤのトレッド面のゴム(コンパウンド)が溶けつつ路面に粘着して残ることで、タイヤとの粘着力が高まっていった時をイメージして、マシンを仕上げることが求められていた。それはいつものことではあるけれども、今回はとくに路面変化がシビアだった印象がある。それはラップタイムの変化にも現れている。フリー走行のベストラップはJ-P.オリベイラだけが1分34秒を切ったものの13人のドライバーが1分34秒台。昨年の同じ土曜朝のセッションより全体に1秒遅く、昨年金曜日2回の走行時間帯のベストにも届いていない。午後の予選になると昨年オリベイラが記録したラップレコード1分32秒321は更新できなかったとはいえ、石浦宏明が記録したポールタイムは1分32秒657と0.33秒差。他の面々の各セッション最速タイムも全体として見て0.3秒遅い程度の幅の中に収まっている。

 そのポールシッター、石浦は予選後に「フリー走行のマシンの状態では(セッション最速だった)オリベイラやトムス勢などに“負けている”と考えたので、予選終盤(の路面)をイメージしてセッティングをやり直した」と振り返る。予選3セッションの中でマシン・セットアップは変えず、各々で新品タイヤを投入。それが暖まりコンパウンドが“働き出した”ところで、セッションごとに路面が変化してグリップが少しずつ上がる。それによってグリップ・バランスはタイヤサイズが大きく、ダウンフォースも大きいリア側が優る方向に変化し、アンダーステア傾向が強まる。同時にタイヤと路面の粘着、すなわち摩擦力が増加するということは、マシンに加わる慣性力が増えるわけで、その分だけタイヤの変形からサスペンションの縮み量までが増え、振動も高まる。それを見越したセットアップを施し、ドライバーもそれを理解したうえでドライビングを組み立てた、ということである。
 予選2番手の野尻智紀も同じように「フリー走行ではオリベイラのタイム、1分33秒台は“見えなくて”(自身のベストタイムは0.35秒遅れ)、予選が進むと路面が変化する(良くなる)のを想定したセッティングに変えた。Q1からQ2へとだんだん合ってきた感覚があり、『(Q3も)このまま行く』とチームに無線で話した。でも、また石浦さんに負けたのが悔しいです」。
 これに対して彼らに続いて予選3番手のタイムを出した小林可夢偉は「フリー走行ではまったく遅くて(16番手)、これだけ遅いとマシンが遅いのか、自分が遅いのかわからない。それでセッティングをガラッと変えた。まずサーキットサファリの時間帯で変更、タイムアタックはしなかったけれどその方向が良さそうだったので、さらに予選向けて変更した。予選では僕だけ別のところを走っていたんかな? 『ラバーが乗ってくる』感じなんて全然なかったし」と、マシンを“つくる”プロセスから路面の印象まで、かなり違っている。たしかに昨年の経験値がなく、セットアップに関わるデータもチームが持つものから出発するしかない、でもドライビング・スタイル、すなわちタイヤへの負荷のかけ方に独特のものがある(と筆者は見ている)小林としては、こうした手探りの状況に直面せざるをえない。他でも例えば昨年のデータがなく、1カー・チームでデータ収集やセッティングの比較などができないドラゴコルセなども、セットアップの「詰め」に悩んでいるように見受けられる。小林が「F1はマシンが毎年変わり、20ちかくの異なるサーキットを転戦してゆく。それと比べるとスーパーフォーミュラのほうが『経験値』のレベルが高い人が多いと思う」と語るとおり、このシリーズは「走り」と「マシン」の理解度の深さにおいても、世界の最高レベルにあることを改めて実感させられた予選ではあった。

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一見、単純な形のコーナーに罠が潜む

 その予選の後、石浦はこうも語っている。「Q2からQ3は自分のドライビングでタイムを上げられる(岡山と同じように)という感覚があった。もてぎはS1〜4の全部をつなぐのが難しい。Q2でもS3でちょっと失敗したが、Q3はうまくいった」。彼を担当する村田卓児エンジニアも(いまや恒例となったレース終了直後、優勝車両担当エンジニアを迎えての「TECHNOLOGY LABORATORY」トークショーで)予選を振り返り、「石浦はうまく走ったけれど、他の皆はどこかで失敗していたんじゃないですか」と指摘していた。そしてもう一点、路面のグリップが上がることを予想したセッティングの車両は、グリップがそのレベルまで上がってこない状況では動きがナーバスになり、見ていると減速〜旋回〜加速の動きの中に細かな“乱れ”が現れる、という示唆もこれからの観戦のヒントになりそうだ。
 それにしてもツインリンクもてぎは、これだけのメンバーがただ1周に集中していても、全てのコーナーをミスなく、あるいはそのロスを狭い幅の中に収めて走りきるのが難しいのだろうか。それを確かめるべく、予選Q3に残った8人のドライバーの予選3セッションそれぞれのベストラップを取り出して、セクターごとのタイムを整理してみた(クラフの折れ線が上に行くほどタイムが縮まっている)。今回の予選アタックは、Q1とQ2ではほとんどのドライバーが新品タイヤを装着してコースインしてから3周暖めて4周目にアタック、Q3は山本尚貴だけが4周目アタックで他の7名は2周暖めて3周目にアタック、中嶋一貴、A.ロッテラー、オリベイラ、A.カルダレッリはそこから2周連続アタックを敢行しているので、セクターごとのベストタイムがベストラップに結びついているかが確認できるが、1周だけのアタックだとセクターの中でミスがあったかどうかの確認は難しい、が、3回のセッションの推移や他との比較である程度の推測は可能だ。
 石浦はたしかにベストラップとなった周回でQ1ではセクター4、Q2ではセクター3が、他の周回のほうが速いタイムを残していて、ここでコンマ何秒かを失っていたことがわかる。しかしQ3ではセクター・ベストと見られるタイムをつないで走りきった。それもV字コーナー、ヘアピンと「折れる」形のコーナーの後に長いダウンヒルストレートがあるセクター3のタイムで他に差をつけているのが注目される。
 野尻は自らの言葉どおり、Q1とQ2の差は少ないが、Q3で4つのセクターともきれいにタイムが上がり、路面変化を予測したマシン・セッティングがたここで合ったことをうかがわせる。そして彼自身のドライビングの『精度』も上がっていることを証明した。
 小林は、予選の始めから細かく折り返す動きが求められるセクター4の速さは安定していた。ストップ・アンド・ゴーの挙動をバランスさせるリズムがそれぞれに求められる他のセクターでは、路面変化と彼自身が感覚をつかむにつれてタイムが改善されてゆく。本人が「どこで、どこまで“行っていい”のかがつかめない。Q3はなんとか“まとめた”」と語ったが、Q2ではセクター3でタイムを失い、Q3は4つのセクターをそつなくまとめたことが、この簡単な数字分析でも理解できる。
 逆にオリベイラは、路面に「ゴムが乗る」状態が進行しているはずなのに、Q1からQ3へ、セクターごとに見てもタイムが上がって行っていない。路面温度が事前予想よりもかなり低い状況で、2周目からの連続アタックがタイヤの“美味しいところ”にうまくフィットしなかった可能性もある。同じチーム、同じアタック戦略を採ったカルダレッリは、Q3のセクター4だけ取り出せば2周にわたって他の誰よりも速く、しかも全セクターのタイムのばらつきも100分の1秒、1000分の1秒レベルで『精度』としてはオリベイラと同等、それ以上のドライビングをみせた。それだけにタイヤの使い方次第では、と思わせる。
 中嶋一貴は、Q3の1ラップ・アタックのセクター4で自身のQ2の走りと比較しても0.4秒ちかくロスしたのが痛かった。ここをふつうに走れていればフロントローの一角を確保できただけのタイムを他の3つのセクターでは刻んでいたのに。同じトムスのロッテラーはオリベイラと同様に、予選の3セッションが進む中でセクタータイムが、当然ラップタイムも停滞している。珍しくいくつかのミスを犯してタイムを失ったのではないかと思われるのは、Q2、Q3ともにセクター3、そしてセクター2であり、SF14のようなハイパフォーマンス・レーシングマシンでもてぎをぎりぎりまで攻めた時に難しいのは、どうやら単純な形態のコーナーとパワー勝負の直線の組み合わせのように見えるセクター3のようである。

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予選上位8名の3セッションそれぞれのセクタータイムを整理してみた。折れ線グラフにしてあるのは、各々の折れ線がQ1、Q2、Q3を示して変化を見やすくするため。グラフのプロット・折れ線が上に行くほど速い=タイムが良い表現になっている。各セクタータイムのプロット(点)が「×」で表示されているのは、同じセッションの中でより速いタイムが記録されていることを示す。オリベイラのQ2はセクター2、3の区間計時が記録されていない。このデータの読み解きは本文を参照されたい。

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雨雲の悪戯。刻々と消えてゆく路面の水…

 一夜明けて…。
 この日曜日もまた、人々の「頭を悩ませる」役割を演じたのは『空』だった。天気予報は好転していて、いつもよりも少し遅い時間帯に行われたフリー走行あたりまでは、雨の気配はなかった。30分のセッションが残り1/3を切ったあたりで、平川亮がクラッシュ。マシンが負ったダメージの修復が決勝レースに間に合うかがいちばんの心配事だったくらいだ。
 この時、平川は日曜午前のフリー走行枠で認められているオーバーテイク・システムの作動確認を試みたのだという。4コーナー立ち上がりでアクセルを開けていくところで予想以上に駆動力が強まり、それによってフロントが押し出される挙動から外側タイヤをダートに落としてスピン、コースを横切ってイン側のガードレールにクラッシュしたのだ。ノーズコーンと左側フロント・サスペンションが大きく破損した。これで赤旗が提示されフリー走行は打ち切りとなった。
 ちなみに石浦はこのOTS作動確認をせずにセッションを終えている。「やるのを忘れてました」(村田エンジニア・レース後のトークショーにて)。
 その頃には曇り空に切れ目が見えるかと思えたのだが、11時にスタートしたF3・第15戦の途中から雨がパラパラと落ち始めた。空を見上げ、雨雲の局地情報をチェックすることを繰り返す中で見えてきたのは、北関東各地に雨雲が現れ、とくにもてぎの上空には雲が「湧いて出る」ような気象になっていることだった。正午になろうという頃にはコースに雨が降り注ぎ、路面はみるみる水膜に覆われてゆく。しかし雨雲が消えるのも早そうで、レースがスタートする時の路面はどうなるのか、それを予想しつつもマシン・セッティングはそれこそ「ギャンブル」で決めないといけいない状況に追い込まれてゆく。

 決勝スタートを前にした“8分間ウォームアップ”が始まる頃には雨雲は消え、しかし路面はコース全てが濡れた状況。「ウェット宣言」がアナウンスされ、まずは各車ウェットタイヤでコースインしてゆく。しかしタイヤとマシン後方にはね上げられる水煙を見ると舗装表面の水膜はもはや薄い。わずか8分の中で山本、野尻がドライタイヤに履き替え、十分に暖まっていない状態でウェットタイヤと同じ1分50秒のラップタイムを刻む。いわゆる「クロスオーバーゾーン」(ウェットか、ドライか、路面に適合するタイヤが入れ替わる)に、もはや入っていることを示していた。
 当然のように、スターティング・グリッドに付いた19台のマシンは全てドライタイヤを装着。そこここでサスペンションにリセッティングを加えるメカニックの姿が見える。プッシュロッド上端のナットを回して車高を調整(おそらくは下げる方向)するのは、路面が乾くことを想定するなら当然。インパルの2台は車輪を支持するアップライトとアッパーアームを締結するボルトを緩めてキャンバーシムを抜いている。つまり静止状態でのキャンバーを増す方向だ。レースに向かう路面の変化に、ぎりぎりまで待って対応しようという「策」だが、観る側としては、グリッドに付いてからの分単位の時間の中でそこまでやるのか、という思いが脳裏を走る。
 一方、「あの状況ではセットアップはドライ路面用。もし雨が降ったらウェットタイヤを履いて、あとはドライバーに任せます」とは、村田エンジニアの言。

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ウェットからドライへ、刻々と変化する路面をにらんでスターティング・グリッド上で最後の微調整を加えるマシン/チームがいくつもあった。これはプッシュロッド上端のネジ部を回転させて、ロッド長さ、すなわち車高を変化させている状況。両端が逆方向のねじになっているので、中央の六角ナット部分を回すとプッシュロッド長が伸び縮みする。この状況では「縮める」=「車高を下げる」方向の調整をしていたはずである。

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スターティング・グリッド上、最後に残された時間の中で、インパルの2車(写真はオリベイラ車)は4輪全てのキャンバーを変更する作業を敢行した。正面から見た時にタイヤが内傾している=ネガティブ・キャンバーだが、路面-タイヤの摩擦力が高まるのであれば、その内傾角(静止時)を増やしておきたい。アッパーアームと結合するアップライト上部の分割部の締結をいったん緩め、アップライト本体との間に挟み込まれているシム(薄板・何枚か重ねて必要な厚さにしている)の一部を抜き取ってネガティブ・キャンバーを増やし、再び締結する、という作業である。

「見えないライバル」を追い詰める走り

 湿度は高く、気温は意外なほどに上がらない気象条件とはいえ、路面の水は次第に消えてゆく。とくにメインストレートは、ウォームアップを含めて多くのマシンが通過したメインストレートの外側のほうが乾いた部分が早く広がりつつあった。その中で、スタート・プロシージャーが進行してゆく。フォーメーションラップを終えてグリッドに再び整列、静止したところではやはり奇数順位、アウト側のマシンのほうが少しだが路面条件に恵まれる形となったが、グリッド位置によって乾いた“パッチ”が点在する中でリアタイヤがどんな路面を踏んでいるかが、スタートの「蹴り出し」に関わってくる。それを見つけて車両位置を合わせたドライバーがいたかどうか。
 そのフォーメーションラップへのスタートでポールシッターの石浦の動き出しが遅れ、皆をひやりとさせた。これはパドル操作による変速動作を受け持つシステムのメインスイッチがオフになっていたのだという。スタートセレモニーの間、グリッド上にマシンを止めておく中で誰かがこのスイッチを動かしたようで、石浦がパドルを引いて1速にエンゲージしようとしても反応がなく、そこでシステム・スイッチの状態に気づき、事なきをえたのだった。
 そこからは石浦にとっては、やるべきことをひとつずつ積み上げてゆき、成功の果実を手にするレースとなった。スタートでは2列目内側のオリベイラ、3列目外側の中嶋一貴の動き出しが良く、中嶋は1コーナーの「大外」から小林(彼も蹴り出しのタイミングは良かったが)に並びかけて2コーナー立ち上がりまでに2位を奪う。「一貴はスタートがいいから気をつけたい」と、小林は前日に語っていたのだが、動き出しよりもその先で中嶋が空間を見つけて車速を伸ばしたことが「1コーナー勝負」を決めた形だった。

 一方、オリベイラは密集に包まれて小林の後、4番手に収まる。その背後に野尻をはさんでロッテラーが続く。こうした“隊列”ができるともてぎは自分のほうが多少速くても前車に追い越しを仕掛けるのは難しい。その状況を打開すべく、オリベイラとロッテラーは「ピットウィンドウ」が開いて数周、11周完了時にピットストップを敢行する。前を押さえられた状況を脱して十分スペースがあるところに出て、そこでペースを上げて走り続け、「アンダーカット」を狙おうという作戦だ。とくにロッテラーはタイヤ交換を後2輪だけにして静止時間を5秒ちかく切り詰めた。
 ここから残り41周を走りきるためにほぼフルタンクまでガソリンを満たしたから、マシンの重量は重い。新しいタイヤを履いたとはいえ、これも最後まで使うためにマネージメントしつつ走ることが求められる。しかしオリベイラもロッテラーもそんなことは先刻承知の手練れである。ピットアウト直後は1分36秒台、小林を少し上回る程度のペースに乗せて、そのまま後半までアベレージを保って走り続けた。石浦のペースは明らかに彼らを含めた18人よりも速い。中嶋一貴も小林との差を毎周0.5秒前後広げながら走り続けている。したがって、早期ピットストップを選んだ二人の当面のターゲットは中嶋と小林の間、「3番手」の空間となる。
 中団では平川も早めのピットタイミングを選択、16周を終わってピットロードにマシンを向け、彼もリアタイヤ2本と燃料補給でコースに戻る。予選順位の10番手からスタートでひとつ順位を上げ、さらにこの作戦を選んだことで最終順位は7位を得た。それよりも前方を走っていた野尻は、24周完了で4番手からピットに飛び込み、燃料補給とタイヤ4本交換の「フルサービス」。コースに戻った時にはオリベイラとロッテラーと先行され、平川に迫られる位置になっていた。
 そしてレースも半ばを過ぎた段階で、スタートからの「貯金」がほとんど消えつつあった小林がピットイン。コースに戻った時のオリベイラ、ロッテラーとの位置関係は…、そこで冷えた新しいタイヤで順位を守れるか…と、周囲が息を詰めて見守る中で、右リアタイヤ交換後にホイールナットが締め込めないトラブル発生。順位を大きく落としてしまう。今回は他にもホイールガン(インパクトレンチ)とホイールナットのトラブルが発生していた。ブレーキ発熱が多いもてぎ、しかも夏場ということで、ホイールハブまわりの熱が金属の膨張・微小変形を生んでいたか、あるいはタイヤ交換に費やす時間をわずかでも削ろうと新しいピット作業機材を導入したチームで、それが実戦で裏目に出たか。

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戦いを「読み解く」ことで楽しみはさらに増す

 52周のレース全体を通して見ると、他より速いペースで走れるマシンを作り上げた石浦が、とくに前半にマージンを築いて逃げ切り、それを追う中嶋一貴はピットストップを遅らせて(石浦はそれを見届けてから最後にピットに向かったわけだが)、フィニッシュまでに必要最小限の燃料を搭載し軽いマシンに新しいタイヤを装着した状態で一気にペースを上げ、最後まで緊張感を失わない戦いを演じた。ふつうに観戦していてもそれは伝わったと思うけれども、タイミングデータを刻々と追い続ける環境があれば、「見えない」戦いの緊迫感がひしひしと伝わってくる。今回はとりわけそうしたレースだったのであって、コースサイドやTVの前で戦いを見守った方々には、このレポートでもう一度、目に見えにくかった部分を追体験していただければと思う。

 最後にもうひとつ。
 レースリーダーの座を一度も譲らなかった石浦は、シリーズのポイントリーダーであることを示す、ロールフープに光る赤いLED、オーバーテイク・システム作動のインジケーターを4つ残してレースをフィニッシュした。スタートダッシュの瞬間はほぼ全てのドライバーがステアリングホイール上のOTSボタンを押すことが当たり前になり、とくにもてぎはグリッドから1コーナーまでの距離が比較的大きく、その先の回り込むコーナーと短い直線でも燃料増量効果が出ると思われるので、ここで1発は使う。その後は追いつく者がいなかったので使う必要はなかったわけだ。しかし追う側は、そしてきびすを接した戦いの中にいた面々は、OTSの使い方にはもっと工夫があっていいかもしれない。
 ピットストップからコースに戻ったところで接近したマシン同士のOTSインジケーターがフラッシュするのは何度も見た。しかしこうした状況でともに使えば、お互いに同じ出力状況になってオーバーテイクの機会を生み出すのは難しい。いまやディフェンスするために使うタイミングも、皆が習得している。「エンジニアたちの作戦計画」でエンジン・サプライヤーのお二人がともに指摘しているように、1周のラップタイムを切り詰めることを試みるOTSインジケーターのフラッシュがもっとあっていい。
 例えば今回カルダレッリは後方から追い上げる中でピットから出てきたマシンに追いつき、そこでOTSを作動させて追走するも抜くには至らず、というシーンを何度か演じた。2輪交換のみのストップでポジションをゲインした平川の前に、4番手からピットインした野尻が戻ってきた時も同様だった。自らの前に“空間”があって自由に走れ、ペースアップが可能な時にOTSを「叩いて」タイムを縮めておくことで、ピットアウトしてくるライバルの前に出る、あるいはピットストップのためのマージンを作っておく、という使い方がありうるのではないか。もてぎの場合、1周1回の作動をうまく使えば0.3〜0.5秒程度のラップタイム向上効果は望めそうだという。それならばライバルの背後につけた時に使わなくとも、「見えない」競争相手に向けて使うことを考えてもいいはずである。次戦以降も「抜きにかかる」のが難しいコースが続く。その中で新しいOTSの使い方を体得するドライバーが現れるかどうか。それを観戦の楽しみのひとつに加えたいと思う。

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決勝レース ラップタイム比較

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決勝上位6名+小林可夢偉のレース52周、ラップタイムの推移。序盤から石浦が他より一段と速いペースで、しかも燃料残量(重量)の減少とタイヤの磨耗に合わせてグリップが徐々に低下するのがバランスしてほぼ均一のラップタイムを続けて行ったことが明確に現れている。たとえば2番手の中嶋一貴との折れ線との間に残る“空間”を積み重ねた(積分)ものが石浦が築いたリードとなる。中嶋一貴はピットストップ後、軽くなったマシンと新しいタイヤを活かして一気にペースを上げ、とくに終盤は石浦との差を詰めたが追いつくには至らず。オリベイラとロッテラーは前方が詰まった序盤にピットストップを敢行。その後、後半に向けて安定したラップタイムを続けて「見えない敵」と争って順位を上げた。終われる小林はラップタイムが逆転している=実質のリードが削られていることを意味する。平川はピットストップの「インラップ」と遅いマシンに追いついた周回のラップタイムが落ちているのがもったいない。ここでOTSを有効に使えばどうなっていただろうか。

決勝レース ラップチャート

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