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平川 亮 2020年ストーリー

2021年3月8日

透き通った水面に、真っ黒なインクがぽたりぽたりと滴り落ち続ける。水は次第に灰色に染まって濁り始め、先を見通すこともできない。降り注いでいた陽光が翳るように、人々の心の中にも不安と抑うつが溜まっていった。昨年の年明けから世界中を巻き込んで広がった新型コロナウィルスのパンデミック。その状況のもとで、多くの社会経済活動が一旦停止を余儀なくされた。しかも、次に動き出すのはいつなのか全く見えない。自動車レースの世界でもそれは同じ。頂点であるF1を筆頭に、各国でシリーズの再開時期が見えないまま、重苦しく長い休眠期間へと入った。

「このままでは、次にレースができるのはいつになるのか。ひょっとしたら1年先、あるいはそれ以上先になるかも知れない…」。
2020年シーズンを前に、意欲をみなぎらせていた平川亮は、自分の心がしぼんでいくのを感じた。拡大するコロナ禍の中で行われた3月末の富士合同テストでは、今まで以上の手応えがあった。”今年こそ”の思いが強まった。その分、スケジュールが白紙となった時には、一時無力感に襲われた。再開時期に関する発表がないまま過ぎていく時間。日本はその頃、緊急事態宣言下にあったため、いつまでコクピットを離れることになるか分からない。『レースをやる意味』、それを考えさせられた時間でもあった。

「でも、いつ戻ってもいいように、乗れない間にできることをしなければ」。
平川は、自宅でフィジカルトレーニングやシミュレーターを使ってオンラインでの走行をするだけでなく、マシンセットアップに関する書籍を買い集め、クルマに関しても今まで以上に学びを続けた。その一方、医療法人を運営する父からは、”勉強しておけよ”という言葉をかけられる。レースはしばらくできないのだから、医者を目指せという意味だった。当時も今も、兄は医者としてコロナの最前線に立っている。そこで、平川も、レースに対する勉強と並行し、医学部受験のための勉強を開始。朝から晩まで部屋に籠って出てこない日々もあったという。

桜が散り、新緑が眩しく光る。少しずつ汗ばむような日々も増えて、季節が移ろいを感じさせる中、スーパーフォーミュラの新たなカレンダーが発表されたのは6月10日。開幕戦は8月末に設定された。7月に入ると他のカテゴリーのレースが始まり、現場での違和感は感じなかった。だが、スーパーフォーミュラの速さは、それとは別物。平川の心も次第に高鳴り始める。
「失って気づくじゃないですけど、長い間乗れなかったからこそ、いつもよりもモチベーションが高かったですね。開幕前1〜2週間というあたりで、事前のチームミーティングもあったんですけど、その頃から楽しみでワクワクしていました。アドレナリン全開という感じで、待ち遠しかったですね」。
その平川にとって、2020年の第一目標は、”安定して上位の成績を残すこと”。2019年の平川はもてぎで優勝したが、”それ以外の取りこぼしが多かった”。チャンピオンを獲ろうと思ったら、それではダメだと感じていたという。2020年は、レギュレーション変更があり、7戦中5戦の有効ポイント制になったとは言うものの、平川は常に上位につけることを心がけていた。

迎えた開幕戦。平川は前年と同じくもてぎでの強さを見せる。見事なポール・トゥ・ウィン。”今年は平川イヤーか?”という強い印象を周囲にも与えた。その後も、岡山、菅生と平川は速さを見せ続ける。だが、連勝というところまでは行けなかった。第2戦岡山ではPPからスタートしたものの、ピット作業でのミスがあり、決勝では表彰台に届かず4位。菅生では「Q3でタイムを置きに行ってしまった」ため予選2番手。守りに入った自分に腹を立てていたが、決勝ではトップ争いを演じたのちに2位表彰台に立った。それでも、この時点でのランキングは文句なしのトップだった。
「最初に自分が得意なサーキットが3つ続いていましたし、クルマもそうしたコースには合っている感触がありました。でも、序盤戦から、シリーズ後半、鈴鹿や他のコースでのセットアップをどうしようかと悩んでいた部分もあったんです」。

そんな平川の心配が現実となったのは、第4戦オートポリス。菅生の段階でも、攻めすぎるとリヤが流れるピーキーさをクルマに感じていた平川だが、オートポリスの予選でも感触は同様。確かに、初日のフリー走行では2番手のタイムを記録していた。だが、予選ではQ1Aグループのアタックを見ながら、最初からフルアタックしなければ厳しいのではないかと考えていた。菅生で守りに入った反省もある。そこでQ1からフルアタックに入った平川だったが、最後の上り区間でプッシュしていく中、予想以上にリヤが滑りスピンアウト。まさかのQ1敗退となってしまう。最後尾から、決勝では巻き返しを図り、タイヤ交換のウィンドウが開いた直後、セーフティーカー導入のタイミングでピットに飛び込む。ここは大きくポジションを上げるチャンスだった。しかし、チームとのコミュニケーションが上手く取れていなかったのか、平川のタイヤはまだ用意されておらず、30秒以上のロス。結局、平川はこのレースを12位で完走。シーズン初のノーポイントとなった。
「確かにピットの準備がされていなかったことに対しては、さすがにちょっとキレそうになりました。でも、感情的になってもいいことはないですし、キレないって決めているので、そこは落ち着いて。もちろんタラレバを考えたらモヤモヤもしますけど。ただ、有効ポイントだったので、今回ノーポイントでも次頑張ろうという風に、すぐ思うことができましたね」。

続くシリーズ第5戦・第6戦は、スーパーGT最終戦の翌週に鈴鹿で行われたダブルヘッダー。記憶に新しい所だが、スーパーGTの最終戦で、平川は最終ラップの最終コーナーを立ち上がったところで、マシンがガス欠。それによりタイトルを失っている。国内レース界でも稀に見る衝撃的なシーンだった。そこから数日で気持ちを切り替えた平川はスーパーフォーミュラに集中。フリー走行ではトップタイムをマークする。ところが、第5戦の予選Q1を前にして、平川のマシンにミッショントラブルが発生。その解決に時間がかかり、出走すら叶わなかった。ピット裏でガックリと座り込む平川。見る者の心にも痛みを感じさせるシーンだった。
「ただ悔しかったです。予選は毎回楽しみにしているので、仕方ないですけどショックでした。でも、普通に生活をしていたら、あんなに気持ちが入ることってないですし、レースをやっている中で喜怒哀楽がある。そういう環境に居られることが幸せだと思います」。
決勝を前にしたミーティングで”目の前にあるレースで頑張ろう”とまたしても気持ちを立て直した平川は、後方から追い上げを図る。だが、レース終盤に発生した多重クラッシュに巻き込まれる形でノーポイント。それでも腐らず、翌日の第6戦では予選14番手から、前半にオーバーテイクシステムを使えるだけ使って7位入賞を果たした。実際には、初日のクラッシュからマシンを完全修復する時間がなく、予選では実はフラフラ。それでもQ1を”ミラクルで”突破。決勝では”人がやらないことをやらないと上がっていけない”とOTSを連発して上がってきた結果だった。一方、初日の第5戦ではフロントロウの野尻智紀がトラブルでグリッドに着けず、2日目の第6戦では、山本尚貴がギヤボックストラブル、ニック・キャシディがエンジンブローと、平川だけでなく他の強力ライバルたちもそれぞれ不運に見舞われている。
「運はみんなに平等なんだなと思いました。だからこそ、残りまだチャンスはあるなと感じましたね」。

 

そして臨んだ富士での最終戦。初のタイトルがかかった1戦を平川は山本と同ポイントで迎えた。だが、平川は”いつもと同じ気持ち”で、いい予選、いい決勝を目指していた。土曜日の走行を終えた感じから、メインストレートでホンダ勢の速さは明らかだった。しかも、平川のクルマはどうも一発が出ない。セットアップに悩みながらの予選となる。Q1ではトップタイムをマークしていたが、セッションが進み、路面コンディションが向上するにつれ、クルマは滑っていくように。結果、Q3に進出は果たしたものの8位。同じくタイトル争いをしている野尻がPP、山本が3番手と、いずれも平川より前のグリッドに着くことになった。
ストレートが速いホンダに対抗するため、平川はリヤウィングをギリギリまで寝かせて決勝に臨む。
「抜いていけるよう、また抜かれないようにとそうしたんですけど、それでもストレートではホンダ勢に離されていく感じがあって、”何かないと厳しいな”と思いながら走っていました。余り無理せず温存していくしかないなと」。
スタート後、平川は少しずつポジションを上げ、山本の後ろに着く展開。いつピットに入るかが一つの鍵となった。タイヤ交換のウィンドウが開くと、野尻や大湯都史樹がピットに入り、ニュータイヤでペースを上げてくる。その翌周には、タイヤウォーマーで温められていた平川のタイヤもピットロードに出された。”ここで入るのか?”と周りは見守っていたが、その周にチームは平川を呼び戻さない。最終決断が少しだけ鈍った。そこから2〜3周して、ようやくチームは平川を呼び込んだが、12月の富士の凍てつく寒さにタイヤ温度も少し下がり始めていた。ピットを出た平川は、野尻の後ろ。大湯の前には出たが、1コーナーでオーバーランしたために、大湯の先行も許した。もちろん、ここで野尻と大湯の前に出ていれば、展開は全く違ったものになっていたはずだ。一方、平川の動きを見て動いたのが山本。山本は平川の翌周にピットに入り、タイヤ交換を行った。コースに戻った時の位置は、平川とほぼ同じ。”ここしかない”とOTSを使った平川が、100Rで山本に並びかけ、ヘアピンで一旦は前に出ることに成功した。だが、次のストレートでは山本が逆にOTSを使い、平川に襲いかかる。抵抗するすべはなかった。平川は2回ほど右に左にラインを変えたが、山本は難なく平川の前に出た。
「ストレートで2回進路を変えたのは、確かに良くなかったと思います。1回までと決められているので。でも、ただ単に抜かれるのは嫌でした」。
再び山本の後ろについて行く平川だったが、何もなければ抜き返すすべはもう残っていなかった。レース終盤、その平川の前に現れたのが、キャシディ。キャシディはタイヤ交換をせずにステイアウトし、ようやくピットに入ったところだった。キャシディは、手で平川を制止。それを見て、平川もキャシディを抜きには行かず、先行させる。
「前でニックが山本選手とバトルしてくれれば、もうワンチャンスあるかもと思ったからです。そのまま着いて行ってももうチャンスはないですから」。
キャシディはその期待通り、山本とバトル。2コーナー立ち上がりで真横に並びかけると、山本をかわして行った。だが、平川には最後まで山本攻略の決定的なチャンスは訪れず、6位フィニッシュ。5位に入賞した山本がチャンピオンを獲得し、平川はランキング2位でシーズンを終えることに。チェッカー後、山本に握手を求めた平川の心中は、どんな風景だったのだろうか。
「”悔しい”以外ないですよ。でも、ここまで一緒に戦ってきてくれたライバルですし、この世界は結果が全てですから、讃えに行くべきだと思いました。これまでの不運な経験に関しては、ありがたいとも思っています。だって、ぽんぽんチャンピオンを獲っていたら、人生面白くないじゃないですか。逆境があるからこそ考えたり、悩んだり、チャレンジしたりできるんですから。今、そういう場所にいられて、僕は恵まれていると思います」。

この最終戦に続いて行われたテストで、平川は”いいデータが取れた”。それによって、自信も深めている。”シルバーコレクターにはなりたくない”という平川は、今年どんなレースを見せてくれるのだろう。まだコロナの霧は晴れてはいないが、”今までの何倍も速く強いドライバーになりたい”という彼の走りに今季も期待がかかる。

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