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雨でも、赤旗でも、濃くて、オモシロイ。 テクラボ第3戦レビュー
2021年6月16日
このウェットタイヤには初めてのレースウィーク
まだ5月だというのに、梅雨前線が九州を横切るところまで北上してきていた。阿蘇カルデラを取り巻く広大な外輪山の山腹にレイアウトされたオートポリスは、この山並みを覆う雲が降りてくると、雨だけでなく霧に包まれる。第3戦の週末に向けて、木曜日はまずまずの好天、金曜日も曇ってはいたけれど、レース関係者の多くが宿舎からサーキットへと通う通称ミルクロードの、外輪山の縁を走る区間では、阿蘇山火口丘とその手前に広がるカルデラの全景がきれいに見えていたのだが。残念ながらその翌日には、西に動く梅雨前線とともに週末には雨雲の大きな塊がやってきてしまった。
でも、走ることができれば戦いは動き出す。するとそこに様々な思いや行動が交錯し、観る側にもそれを読み解く楽しさが生まれる。好天で、すでに何度も経験してきたルーティンに沿って、戦いの現場に立つ人々がそれぞれに動く状況よりも、見る側にとってはオモシロイ、とも言える。戦う側は、それどころではない、のは重々承知した上で、傍観者としては、と断り書きを添えておくけれど。
ここで大きな鍵となる要素は、SF19への移行に合わせて一昨年に導入されたヨコハマのウェットタイヤ。振り返ってみれば、このタイヤで戦ったレースはまだない。だからこの雨の週末、まずは水量とグリップの関係の確認、その感触をドライバーが体感することから始めて、コンパウンドが粘着状態になるまでの走らせ方と走行距離、そこからの摩耗の進み方などを推定できるデータも取っておきたい。土曜日朝のフリー走行は、皆がそこから始めたはず。とはいえその前に、雨量と路表面の水量を見ながら、まず車高を決め--ご承知のように車体底面中央部のステップドボトム底面を路面ギリギリに近づける今日の純競技車両は、その底面が水たまりに接触すると滑走してしまうので--マシンをコースに送り出す。
さらにここでチームとしては考えることがいくつもあったはず。たとえば、予選で使うタイヤの「皮剥き」をしておくのか。タイヤはその製造工程の最後で金型に収めて膨らませ、型の内壁に押し付けた状態で熱をかけて「加硫」する。この加熱・加硫工程を終わったら金型を開けて形になったタイヤを抜き出すわけだが、そのために金型内面に塗布した離型剤がトレッドの表面に残っていたり、トレッド・コンパウンドの最表層だけは型内面に触れ続けて少し硬くなっていたりする。それをごく薄く削りたいと考えて、皮剥き(「スクラブ」とも言う)のために走るかどうか。ドライ路面とスリックタイヤであれば、これはほとんど不要、とみなされている。ほんの1、2kmも転がせば表面は剥けてしまうから。でも水が乗った路面では、こうした油分があると滑る。ゴムを“発動”させる暖め方も難しい。だから午後の予選に向けて皮剥きしておいたほうがいいだろうか。
あるいは、さらに降雨量が増えて予選を行うのが難しい、となった場合、このフリー走行で記録した最速タイムでスターティンググリッドを決める、という可能性もある。だから雨が多くなる前に少なくとも1周は、タイムを残しておくことも必要になりそう。
こんなふうに、いろいろなことを考えつつ進められたであろう最初のフリー走行では、まだ雨量が少なかった早めの時間帯にベストタイムを記録した車両/ドライバーが多かった。とはいえ開始10分で最初の赤旗(7分間の中断)、残り2分まで経過したところでまた赤旗、そのままセッション終了と、雨中の戦いならではの波乱を予感させる状況が既に浮かび上がっていた。
水に覆われたコースを先頭で走る。
フリー走行が終わったところで、午後の予選はノックアウト方式ではなく、40分間の時間枠の中で出した1周の最速タイムでスターティンググリッドを決める、時間予選方式で行うことが公示された。これが勝負の流れを大きく左右することになるのだが。
昨今のスーパーフォーミュラの実戦では、走行セッションが始まる以前にピットボックスを出て、コースに向かうピットロード出口にマシンを並べて待つ、という情景を見ることがなくなった。ピットロード出口の信号がグリーンになったら、出口に近いピットの車両から順にコースインして行くのが紳士協定になっている。ここで、ピットボックスの並びは前年のチーム成績に沿って決められる。つまり今シーズンはピットのもっとも1コーナー寄りにTOM`Sが位置し、セルモINGING、ダンデライアン、インパル…と並んで行く配置が基本。
ということは、予選開始と同時に、そしてさらにアクシデント発生、赤旗が提示されて中断された走行が再開される時も、TOM’S36号車に乗るG.アレジが最初にコースに出てゆく。そのアウトラップからして、車両の背後に巻き上げられるウォータースクリーンがまだないクリアな視界の中で走れるのはもちろん、そこからタイヤの暖まり具合を見ながら、アタックラップも全車の先頭で走れるから、後続の車群の中で誰かがコースアウトして、その区間が黄旗・減速必須、さらに赤旗が提示されたとしても、その前方でアタックを完了することができる。
アドバンテージを逃さない積極攻勢
この日午後の予選は雨と霧の変化をにらみながら、急遽調整された開始予定時刻からまず30分、さらに15分と時間をずらして始まったが、そのコースインからまず5分経たずして大嶋和也のコースアウトで1回目の赤旗、走行中断。そこから再開して8分足らずで今度は中山雄一がコースアウトしたことで2度目の赤旗。そこからの再開で2番目にコースインした宮田莉朋が2周のウォームアップからこの時点でのベストタイム、1分38秒337をマークしてタイミングモニターの最上列に出た。その宮田が計時ラインを通過した直後、2台後ろを走っていた福住仁嶺がセクター3終盤のターン16でコースアウト。これで3度目の赤旗提示。福住の後方では野尻智紀がセクター2まで全体ベスト相当のタイムで走ってきていたのだが、この周回は計測対象にならない。ここで11分間の走行中断から、また次々にコースインしてゆく。まず阪口晴南がアウトラップの次の周回で一気にペースを上げ、1分38秒511でタイミングモニターの2列目に上がってくる。その10秒前方を走っていたアレジは、もう1周を回ってきたところで1分38秒252。チームメイトを上回る最速タイムを記録。
タイミングモニターの表示最上列にアレジの名前が飛び込んできた直後、今度は大湯都史樹がターン8でコースアウト、スピンモードに陥りつつクラッシュパッドへ突っ込むのを中継映像が捉えた。ヘアピン状のターン6から上り斜面を駆け上がりつつ、その傾斜沿いに水が流れる中を突っ切るように高速でコーナーを抜けてゆくので、旋回アクアプレーニングが起こりやすい場所。これまでにも何度か同じような情景を見た記憶が残るセクションの餌食になった形だ。これで4度目の赤旗。この走行5分余りの中、平川亮はコースインから1周だけでピットに戻りタイヤを交換して再度コースに入っている。路面状況を確かめてから、タイミングをずらしてスペースを見つけようとしたのではないかと見受けたが、アタックに入る前に赤旗が出てしまった。
そしてこの頃、雨足が強まってきていた。8分余りの待機を経て走行再開となり、各車5度目の仕切り直しで次々にコースに入っていったが、路面を覆う水膜はコースの各所で明らかに厚みを増している。いったんコースに出たマシンが次々にピットに戻ってきた。もはやタイム更新は難しい、と誰もが体感する状況。しかしその中でアレジがもう一度コースに出ていった。タイムアタックではなく、何かを確かめるような走り。事後のコメントによれば「この水量(多い状況)でタイヤの内圧などを確認」(#36担当の大立健太エンジニア)、「今の自分にとっては周回経験を積むことが必要」(アレジ)とのこと。
この後は、松下信治が1周様子を見に出ただけで、16時55分32秒、予選終了。
実質的な予選は5分・1アタック×4回
振り返ってみれば、この予選で実質的なアタックが可能だったのは細切れに5~7分ずつ4回だけだったことになる。次々にコースインしていって、アウトラップから1~2周で掴みにくいウェット路面の摩擦限界に踏み込む走りを試みる。その車列の中で誰かが大きく失敗すると、そこから後ろで走っていた面々は黄旗区間に出会ってペースダウン、さらに赤旗が続くので計時周回そのものが終わり、という繰り返しになって、多くのドライバーたちがその中で納得の行く周回を走り切ることができずに終わっている。
この稿をまとめるにあたって全車・全周回のセクタータイムを整理・比較してみた。オートポリスは、ストレートから1コーナーを回って一気に下るセクター1、傾斜面の中、二つのヘアピンを折り返すセクター2、そして上り勾配にツイスティな回り込みコーナーが連続するセクター3の3つに分割されていて、その中でもセクター3はドライビングが難しいけれどもおもしろい区間なのはもちろん、1周に要する時間の半分近くを占める。
今回のウェット路面での予選アタックをセクター別に見ると、セクター1最速は平川(12周した中の5周目)の18秒558。アレジが最速だった周回ではそれに対して0.18秒遅れ。セクター2最速は阪口(14周中11周目)で32秒117。アレジは0.091秒遅れ。そしてセクター3最速はアレジで47秒306。これに最も近かったのが阪口で0.091秒遅れ。もう一人、セクター3を47秒台前半で走ったのが宮田でアレジに対して0.107秒のビハインド。前述のように宮田が最速ラップを刻んだのは2度目と3度目の赤旗の間の6分間、計時周回14周の9周目で、それ以降はセクター2と3で“攻めた”タイムを出していない。ちなみに関口雄飛(予選4番手)、平川(同5番手)、野尻(同7番手)という実戦経験が多くて速さの実績も持つ面々は、いずれも結果的に最速タイムを記録できたのは1度目の赤旗の後の走行であって、宮田、阪口、アレジという若手、かつ隊列の先頭かその後方でコースインして上位を占めた3人がそれぞれの最速ラップを走った3度目、4度目の出走では、タイムを削り取ることができなかった。関口と野尻のタイム推移を見ると、アタックに入る前に赤旗、あるいは計測1周目に1分39秒台を出し、タイヤも粘着してきてさぁ次の周は、というところで赤旗、という状況だったことが浮かび上がる。
それに対してアレジは、どの”セッション”でも先頭でコースインするアドバンテージを十分に活かしつつ、アウトラップの後すぐにペースに上げ、計時周回に入ってから2周連続アタックというパターンを、赤旗中断を挟んで4回繰り返した。それに加えて、午前中のSFフリー走行の後、SFLの第7戦・14周のレースを走っている(午前中に予定されていた予選を行わず前日の専有走行で記録したタイムを元にグリッドを決定。セーフティカー先導スタートとされた)。ここで9番手から2位まで上がるという結果を残す一方、マシン特性もタイヤも異なるとはいえ、このコースの、この日のウェット状態を身体感覚に刻んだことも、思い切り良く走れることにつながったのではないかと思われる。
ちなみに、レースの週末に使えるウェットタイヤは6セット。土曜日午前のフリー走行でまず1セット投入。決勝レース用に新品1セットを残すとすれば、予選に4セットを使っても何とかやりくりできる。そこで寸断される中でピットイン・アウトの度に新品タイヤを投入したマシン+ドライバーが多かったと推測されるが、大立エンジニアによれば、3度目の赤旗中断の後、ベストタイムを出したアタックだけはスクラブしておいたものを履いた。「(今年はTOM`Sの2車のセッティングやタクティクスを見渡す立場の)東條さんのアドバイスがあって…」とのこと。
雨・霧・風。でも戦いは最初から、濃く、熱い。
日曜日の朝を迎えて、阿蘇外輪山の稜線では霧もまだ薄かったが、そこから外斜面を下ってオートポリスのゲートを潜る所まで来ると、それこそ「ミルクのような」霧(雲)の中。風も強くなって、時に傘をめくりあげそうな突風も混じる、という気象状況。その中でまず、午前中に予定されていたSFLとTCR-Jの決勝レースの中止、そしてスーパーフォーミュラのウォームアップ走行の中止がアナウンスされた。
これで、決勝レースに向けたセットアップの確認はスタート直前のウォームアップ走行、通常の8分間を20分間に延長した中で行うことになったのだったが…。雨と霧、そして風が強まったり弱まったり、刻々と変化する中13時50分から予定されていたウォームアップもまずは10分遅れてコースオープンとなった。もちろん19台が次々に走り出す。しかし7分45秒を経過したところで赤旗提示。セクター3の上り連続コーナーに入ったところで今戦から復帰の牧野任祐の車両がコースアウト、ガードレールに接触している。そのままウォームアップ走行は終了。ピットからのアウト、インの周回を含めて多い車両でも4周。それなりのタイムで1周を走れたのは4、5台という状況で、まさにぶっつけ本番で決勝レースに臨むことになったのだった。
その赤旗から20分ほど後、14時30分にピットロード出口信号がグリーンに変わり、各車ピットを後にスターティンググリッドへと向かう。この時、雨はほぼ止んでいたのだが、それ以後も雲の動きにつれて雨粒の大きさと量が変動しつつ、時に風に乗って吹き付けてくるという不安定な天候が続く。この状況に対応してグリッド上にマシンが並んでいる時間も短縮され、14時55分にはフォーメーションラップ開始。その1周から戻ってスターティンググリッドに静止するわけだが、ここで松下信治がグリッドの枠からノーズはもちろんフロントタイヤ全体が前にはみ出すところまで前に出てしまった。そのままスタート、となったことで松下はレース終了後にレースタイムに5秒加算のペナルティを受けることになる。スタートシグナル点灯→消灯の瞬間の松下の反応は非常に良く、イン側ぎりぎりにマシンを持ち出しつつ一気にダッシュしていっただけに、もったいないグリッド停止位置違反だった。
そのスタートダッシュから後方に濃い水煙を巻き上げつつ1コーナーに殺到する車群。アレジ、坂口は少し前に抜け出すが、その後方では動き出しが鈍かった宮田、そのインに関口、直後に平川、そのイン側に坪井翔…。そのまま1コーナーにターンインしてゆく状況で坪井が少しだけ外に膨らみ気味の動きになって、外側少し前を走る平川に接触、これで2車ともスピン。直後に付けていた牧野は外に逃げてグラベルに出て、そのイン側を走っていた野尻は牧野車と軽く接触しつつも何とか空間を抜けるが、大きく減速。ここで空いたイン側を松下、大津弘樹、塚越広大が抜けて行く。この状況下で後方はさらに混乱。山下健太もグラベルへの回避を強いられて大きく遅れた。
その後に残ったのは、進行方向とほぼ反対側を向いて止まった坪井(再走を試みるもさらにコースアウト)と平川。そしてグラベルに逃げたところで動けなくなった国本雄資の3車。この状況を処理すべく「SC」ボードが提示され、1周目を終わって戻ってくる16台を待ち受ける。
ウォータースクリーンの中に閃くOTSフラッシュ
このセーフティカー先導走行は4周目まで。5周目に向けて戦闘再開…というコース終盤のターン16、左から右へと切り返しつつ上りで駆動力をかけるのでもともと外に膨らみがちなコーナーで、隊列の先頭を走るアレジが一瞬テールスライド。その背後の関口も再スタートに向けて加速体勢に入っているので一気に車間が詰まり追突寸前。加速を緩めずに最終セクションのターン17を右に回るのにコースのアウト側に動いた、のだがそこは皆が走っていないラインなので水膜が厚く滑る。関口は回り込む動きが作れずそのまま外側のグラベルへ出てしまう。これでストレートを加速してゆく隊列は、アレジ-松下-大津-阪口-塚越となって、関口はその後方に戻るが、オーバーテイクシステム(OTS)を作動させた宮田、大嶋にストレートで並走、前に出られてしまう。
ここから各所でOTSを撃ち合いつつの接近戦が繰り広げられてゆく。その中でも1周目のアクシデントで11番手まで下がっていた野尻は、まず6周目に入るストレートで大湯、関口、福住と“4ワイド”並走。そのまま1コーナーへ、アウトいっぱいで踏ん張って回り込み、インを回るライバルたちを外から一気に抜き去った。さらに7周目のセクター3では大嶋のリアエンドに当たりそうになるほどの接近状態で追い、8周目に入るストレートではOTSを使ってパス。これで7番手。さらに9周目に入るところで5番手を走る大津に宮田が接近、ターン10のヘアピンで大津のインに飛び込み、大津は外に膨らんでしまう。そこに追いついてきた塚越がセクター3に向かうターン11のアプローチでアウトから大津をかわす、が、そこから駆け上がっていったターン16でスピン。その攻防の直後でペースを上げてきていた野尻が、次の10周目のターン8で水膜に乗って加速が鈍る大湯を抜き去り、宮田に続く5番手に上がった。
ここで雨が一段と強さを増す。我々が籠るピットビル3階の窓に、風に煽られた大きな雨粒が音を立てて打ちつけ、外が見にくくなるほどの状態。各車が11周目を走る中でSCボードが提示され、ストレートエンドでセーフティカーが待ち受ける。アレジ以下各車が順次その後方について12周目に入ってゆく中、14番手にいた小高一斗が最終コーナーに向かうターン17でスピン、コースアウトしてしまう。
さらに霧(雲)もコース上に降りてきて視界も悪化。13周目をSC先導で周回する中、ついに赤旗提示。生き残っていた15台はメインストレートに戻り、スタートラインを先頭にして縦列に並んで停止、という、レース中の赤旗中断の手順に従って、次の動きを待つことになった。
しかし天候はそう簡単には回復せず、一旦は16時20分にSC先導でレース再開が予告されたもののそれもディレイ。結局、16時30分に決勝レース終了が決定、告知されたのだった。
もうちょっと、見たかった…
短いけれども、とても濃い戦い。競争環境の条件によるアドバンテージも味方に付けたアレジが、ポールポジションからのスタートをきっちりとこなして、トップフォーミュラにおける初優勝を遂げた。彼の能力とその急成長は言うまでもなく、チームメイトの宮田が見せた速さからも、天候と路面の状況に対応するTOM`Sのエンジニアリング・パフォーマンスが他を一歩リードしていた。その組み合わせが産んだ勝利だったというのが、現地で観察していた者の実感である。
とはいえその一方で、このストーリーの先をもう少見てみたかった、という思いも強く残る。まず、最初のSC先導走行からのリスタート以降、コーナリング・パフォーマンスの高さを随所に見せて次々に順位を上げてきていた野尻。先頭集団に追いついた段階でレースが止まり、その後の展開を見ることはできなかったが、決勝終了後恒例のTECH-Lab.トークショーのゲストとしてお迎えした36担当の大立エンジニアも「野尻さんのペースが早くなってきていたので、『この先は…』となるとちょっと心配でした」と振り返っていた。
もうひとつ、ウェットタイヤの摩耗はどうなっていったのか。SC先導走行を含む13周でさえ、少なからぬ車両のタイヤにかなりの消耗が見受けられた。赤旗中断の直前には牧野がピットに飛び込んでタイヤ交換を行っている。横浜ゴムのエンジニアに聞いてみても、「(ウェット路面の水に熱を奪われる状況でも)発動性の良いコンパウンドを採用しているので、水があれば今年のレース距離を走り切るのも大丈夫ですが、水がなくなると(コンパウンドの温度が上昇して変形が大きくなり、高分子結合が千切れやすくなるので)消耗は早いと思います」とのこと。雨が降り続くあの状況でも、さらに走ればタイヤの消耗がもっと厳しくなったはずで、さらにドライビングや車両セットアップによって違いが現出していったのではないか。序盤、タイヤが暖まりきらない状況でも接地面の滑りが大きくなるような走りをしたドライバーと、そこでは攻めながらもタイヤのグリップ発動を巧みに引き出しつつペースを上げていったドライバーでは、さらに距離を走る中でグリップの低下、さらに摩耗限界に至る距離や、グリップ変化の現れ方が異なっていたのではないか。
こうした「もう少し先が見たかった…」のあれこれに思いを巡らせつつ、我々はオートポリスを後にすることになったのだった。そこに残った「?」は、きっとまた別の機会に演じられることになる。それが「スーパーフォーミュラ」という競争なのだから。
今戦は周回が少なかったので、いつもの決勝レース中上位車両ラップタイム推移と、優勝車両(#36)との毎週のタイム差をプロットしたラップチャートのグラフ2点を並べてみた。ラップチャートのほうは、レース結果となる赤旗提示前に完了した周回、すなわち11周目までを追い、さらに赤旗中断・停止中とその後に発表されたタイム・ペナルティを加算した最終結果をその後に追加してある。
1周目・1コーナーでの多重アクシデント現場を処理するためのSC先導走行から解放された5周目、まずストレート〜1コーナーの「4ワイド」を大外からの高速旋回で制圧した野尻(ラップチャートのラインがここで複数交差している)は、そこから一気にペースを上げ、さらに先行車に接近、追い越しを重ねつつも、ラップタイムをあまり落とさずに走り続けている。雨が強くなった11周目のラップタイムは最速。アレジ、松下、阪口は接近しつつではあったが、競り合いかける状況ではなく、比較的クリアな視界、走行ラインの自由度の両方がある状況で安定したペースを維持していた。1周のペースで見れば、スタートで出遅れてポジションを挽回しつつあった宮田を加えて、まずはこの5車が速かったことがわかる。タイヤの消耗進行を含めて、この後のペースがどうなっていったか、「見てみたかった」という思いが残る。ラップチャートのラインがまず1周目、さらにSC先導走行がいったん終わった5周目以降、各所で接近・交差しているのは、それだけ接近戦と追い越しが演じられたことを示している。もちろん各周・計時ライン通過時の順位とタイム差であって、コース全周を見渡せばそれ以上に多くの接近戦が演じられていたのである。