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Story:サッシャ・フェネストラズ 「プロフェッショナルなレーシングドライバーになるのが夢」

2020年9月26日

「残念だが、君はルノー・スポール・アカデミーのプログラムから外れることになる」。
肌を灼く陽射しと砂漠気候の乾いた風が吹くアブダビ。夜が近づけば、熟した夕日があたりを染めるヤス・マリーナ・サーキット。2018年のGP3最終戦が行われたレースウィークに、スポット参戦していたサッシャ・フェネストラズはミーティングに招聘され、そう言い渡された。マカオGPで表彰台に立ち、”もしかしたらプログラムに残れるんじゃないかな?” と抱いていた淡い期待は水平線の彼方に消えていく。砕け散った希望の破片が心に突き刺さりキリキリと傷んだ。だが、現実を受け入れるしかない。フェネストラズはその数週間後、これまで見たこともない極東の島国、日本への旅路に着いた。それが彼に残された唯一の選択肢だったからだ。

1999年7月28日にフランスで誕生したサッシャは、『メゾン・フェネストラズ』というリゾートホテルチェーンを切り盛りする両親の仕事の都合で、生後6ヶ月の時、アルゼンチンに渡る。3人兄弟の末っ子として、周りの人々に大切にされながら南半球の大地で育ったサッシャ。父と兄、姉は、自宅から10分ほどの距離にあるカート場で、日頃から趣味としてレーシングカートを楽しんでいた。母は父以上にアクティブで、若い頃にはパリ・ダカール・ラリーに付き添うヘリコプターのパイロットを務めていたこともある。そんな家族に連れられてカート場に行き、サッシャが初めてコクピットに乗り込んだのはわずか3歳の時。誰かと話し込んでいた兄が、エンジンをかけっぱなしにしたカートを近くに止めていた。たまたま両親が目を離した隙に、サッシャはそれに乗り込むとアクセルを踏んで走り出す。すぐに気づいた周囲の人々がサッシャの後を走って追いかける。クラッシュすると心配したためだ。だが、サッシャはステアリングを切って、コーナーを曲がって行った。もちろん、その後は大人たちがすぐに追いつき、サッシャは止められた。だが、カートから降りるのを拒み、サッシャは泣きじゃくる。それを見た父が「この子はカートが好きなんだ」と気づき、すぐにマイクロ・ゴーカートを与えてくれた。その後、5歳の時にはアルゼンチン史上最年少でカートのライセンスを手にする。実際のレースに出られるようになると、アルゼンチンのカート選手権で好成績をあげたサッシャは、2011年にイタリアで行われたワールドカップに出場。その際、フランスのチームからオファーがあり、2013年からヨーロッパの選手権に戦いの場を移すことを決意した。日本で言えば中学校2年生になったばかり。13歳の時に、サッシャは単身フランスに渡ると、カートチームオーナーの家に同居した。住民が約1000人ほどしかいない小さな村の中、自宅学習をしながらカートに打ち込む日々。同居しているオーナーは30代後半、その父は60代と、当然のことながらサッシャとは世代が違う。学校に行っていなかったため近くに友人はおらず、両親に会えるのも年に数回。話し相手は自分だけだった。その孤独の中で、サッシャは自分の殻に閉じこもりがちになっていたと言うが、自らを見つめ人として成長するためには大切な時間だったとも振り返る。

そのサッシャが4輪レースにステップアップしたのは、2015年。さらに上のクラスでカートを続けようかどうしようかと迷っていた時、知り合いからF4ならそれほど予算がかからないというアドバイスを受け、FFSAアカデミーの一員としてル・マンに拠点を移し、フランスF4にデビューした。F4参戦を決めたタイミングは開幕近くになってから。テストも何もなく、シングルシーターについて何も知らない状態で、サッシャはシーズンに突入した。だが、年間を通じて好成績を挙げ、シリーズ2位という結果を残す。その年チャンピオンになったのが2年目の選手だったことを考えれば、上々の滑り出しだった。翌年には、ユーロカップ・フォーミュラ・ルノー2.0にステップアップ。テック1レーシングから参戦するとシリーズ5位という成績を残す。2017年にはジョセフ・カウフマン・レーシングに移籍し、同選手権でチャンピオンを獲得した。またF3にもスポット参戦するなど、次第に期待の若手として注目されるようになって行く。

翌2018年は勝負の年。前年、チャンピオンを獲得したことで、ルノー・スポール・アカデミーの一員となったサッシャは、F3のヨーロピアン・チャンピオンシップにカーリン・モータースポーツからステップアップ。チームの本拠地に近いイギリスに移り住み、同じマネージメント会社に所属している同い年の友人、ランド・ノリスと二人暮らしを始めた。ノリスはサッシャよりも1年早くフォーミュラ・ルノー2.0のタイトルを獲得するとF3にステップアップ。F3でも初年度にタイトルを獲得した。サッシャと住んだ時にはF2に参戦中で、翌年はF1デビューが確実視されていた逸材。すでにマクラーレンのテスト兼リザーブドライバーとして契約を交わしていた。一方、サッシャもF3で好成績を修めれば、F1への道が開けてくる。近くにノリスがいることで刺激も受けた。F1のフリー走行を担当することもある彼に対して”いいな、羨ましいな”と感じることもあったが、”僕も同じぐらい良いドライバーになりたい”と駆り立てられた。さらに上を目指すために、ルノー・ドライバー・アカデミーから課されたターゲットは、『シリーズ3位以内』。これはルーキーにとってかなり高いハードルだったが、前年培った自信を持ってサッシャは開幕を迎える。最初のレースウィーク、ポーでは第2レースで早くもポール・トゥ・ウィン。だが、その後の成績は伸び悩む。2〜3大会終えたところで、サッシャは「これでは目標達成はかなり難しい」と感じ始める。次第に萎んでいく自信。実際にはクルマに問題があった時もある。今ならそれが分かる。だが、当時のサッシャは「悪いのは僕だ。僕のドライビングが悪いんだ」と自分を責め続けた。奈落の底に突き落とされ、「もうモータースポーツは辞めよう」という所まで追い詰められた。実際、マカオGP前には引退も視野に入っていた。その頃、サッシャの相談に乗っていたのが、かつてフランスから来日し、フォーミュラ・ニッポンやスーパーGTでタイトルを獲得したロイック・デュバル。デュバルはサッシャに日本行きを勧めていた。彼もかつてルノーのアカデミーから1年で落とされた失意の中で来日し、その後の活躍につなげたという歴史をたどっていたからだ。結局シーズンは上手く行かなかったが、”人生を変える”と言われているマカオGPで表彰台に上がったことで自信を取り戻したサッシャは、レースを続けることを決意。冒頭のようにアブダビでルノーのプログラムから外されることを告げられると、デュバルの言葉に従い日本を目指すことになる。自身の持っている予算だけではヨーロッパでの活動を続けることは困難。トップチームに入れなければ資金をドブに捨てることになる。残された選択肢は日本だけだった。しかし、日本は未知の国。どんな所か全くわからず、最初は気が進まなかった。そこでテストを行う前に、まずは折良く仕事で日本に滞在していた兄に会うため、東京に降り立つ。数日、街を見て回ったサッシャ。そこですっかり日本を気に入ってしまったサッシャは、父に「僕は永久にここに住むよ」と電話し、日本でのレース活動を最終的に決断した。

写真:©SFLA

そして、昨年はB-Max Racing with motoparkに加入。開幕戦からいきなり優勝を果たすと、ライバル・宮田莉朋との激闘を制して、全日本F3選手権最後のチャンピオンタイトルを獲得した。その結果を携えて、今季は全日本スーパーフォーミュラ選手権にステップアップ。同時にスーパーGTでも500クラスにステップアップしている。その活躍はルーキーとしては特筆すべきもので、GTでは前半戦を終えてランキング2位。スーパーフォーミュラでは開幕戦でいきなりフロントロウを獲得し、レースでも3位表彰台に上がっている。この夏、21歳になったばかりの彼は偉大な可能性を秘めているが、今後どんな成長を遂げるのか。「夢はF1ドライバー。もしF1ドライバーになれないなら、プロフェッショナルなレーシングドライバーになるのが夢」と来日後に語っていたサッシャは、今年すでにプロとなり、一つの夢を叶えた。果たしてもう一つの夢、F1への扉は開くのだろうか。そのことも含めて、彼のこれからの将来は、見守っていく価値のあるドラマになることだろう。

Story 1 タチアナ・カルデロン
Story 2 サッシャ・フェネストラズ
Story 3 セルジオ・セッテ・カマラ
Story 4 大湯 都史樹

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