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Story:セルジオ・セッテ・カマラ「絶対に自分の力を証明して見返してやる」

2020年11月5日

「2016年の終わりにレッドブルのプログラムから外されると言われた時は、確かにとても悲しかったよ。だけど、”悲しい”と思ったのは、わずか5分ほどのことだった。その直後に思ったことは、”絶対に自分の力を証明して見返してやる”っていうこと。すでに、次どうしようかって、気持ちを切り替えていたんだ」。太い眉の下にある力強さがこもった黒い瞳を輝かせながら、セルジオ・セッテ・カマラは4年前の出来事を振り返る。

南米はブラジル。その南東部に位置するミナスジェライス州の州都であり、標高800メートルに位置する計画都市、ベロオリゾンテ。”美しい地平線”という意味を持つこの街に、1998年5月23日に生を受けたのがセルジオだ。家族は両親と姉、妹。3人兄弟の真ん中、たった1人の男の子だった。セッテ・カマラ家は法律一家。父も姉も弁護士を生業としており、親戚にも弁護士が多い。そんな環境のもとで育ったセルジオが、幼少の頃楽しみにしていたのは、祖父や父と一緒にF1グランプリの中継を見ることだった。当時は、フェリペ・マッサ(ブラジル出身)がフェラーリのドライバーとして活躍していた時期。ブラジルの少年たちにとって、真っ赤なマシンで常に上位争いを演じるマッサはまさにヒーローだった。もともとクルマ好きだったセルジオも、マッサに憧れ、レースにも興味を持つようになっていったという。実は、ベロオリゾンテはクリスチアーノ・ダ・マッタやブルーノ・ジュンケイラといったレーシングドライバーを輩出している土地柄。近郊にレーシングカート場もあった。セルジオも、7歳か8歳の頃には父に連れられてレーシングカートを始めたという。

その後、地元だけでなく、サンパウロのコースなどでもレースに出場していたセルジオだったが、周りの人々から、本格的にレースをやるなら、ヨーロッパに渡った方がいいと勧められるようになる。そこでセルジオは両親の支援を受けてスペインの『ハイ・パフォーマンス・センター』への留学を決めた。そこは、もともとスペイン政府が自国のオリンピック選手を育成するために作ったトレーニングセンターと学校が一体になった施設で、海外からの留学生も受け入れていた。セルジオのようにブラジルからの留学生もいれば、日本からの留学生もいたという。学生たちは皆、寄宿舎で生活を共にする。そして、その寄宿舎で、セルジオのルームメイトとして過ごしたのが、昨年のスーパーフォーミュラでタイトル争いを演じ、今年は米のインディカーにデビューしたアレックス・パロウだった。パロウは、ブラジルからやってきたセルジオと毎日必死でトレーニングに励んだという。「セルジオはすごくハードワーカーで、速いドライバーだよ。僕らはいつも一緒にトレーニングをしていて、お互いに刺激し合って、できる限り自分たちを追い込んでいた。きっとスーパーフォーミュラでもすぐに頭角を表すと思うよ」。来年、トップチームのチップ・ガナッシ移籍を決めたパロウも、セルジオのポテンシャルには太鼓判を押す。

しかし、ブラジル人のセルジオにとって、ヨーロッパでのカート活動は簡単ではなかった。海を超えてきた異邦人は、なかなかトップチーム入りが叶わない。その分、成績も伸び悩み、一時は引退も考えたという。だからこそ、セルジオは自分の力を試したかった。この後キャリアを積んでいけるかどうかを確かめるため、一旦ブラジルに戻って、16歳で母国のF3レースに挑戦した。「僕らの世代はね、マックス(・フェルスタッペン)の影響で、多くのカーターが4輪にステップアップする時、最初からF3を選んだんだよ。マックスと同じように。でも、それはマックスの才能があったからできたことなんだけど」。そう言って笑うセルジオ。だが、ブラジルで初挑戦した4輪、初挑戦のF3でシリーズ7位という戦績を残すと、”これならやっていける”という手応えを得て、2015年からは再びヨーロッパに戻る。ヨーロッパF3にはモトパークから2年間参戦。その初年度、オランダのザンドボールド行われる恒例のマスターズ・オブF3でいきなりPPを獲得して、注目される存在となった。結果、2016年にはレッドブル・ジュニアドライバーに抜擢されたのだ。他の若手ドライバーと同様、セルジオも天に昇るような喜びを感じたはずだ。ところが、レッドブル・ジュニアとして、”成績を出さなければ”という気持ちが空回りし、2年目のF3では成績が振るわない。プレッシャーで自滅するレースが多々あった。シーズンを終える頃には、冒頭のようにレッドブル・ジュニアからの脱落を告げられてしまう。もちろんキャリアの危機も感じたはずだ。

だが、セルジオの心は折れなかった。幸い弁護士の父は、ブラジルの企業人との交友が広く、多くの経営者がセルジオの活動をバックアップしてくれた。そして、彼は2017年にF2にステップアップ。2年目となる2018年には、すでにマクラーレンからF1デビューが確実視されていたランド・ノリスのチームメイトとなる。度々そのノリスを凌駕するスピードを見せたセルジオ。マクラーレンのトップであるザク・ブラウンとチーム代表の座についたアンドレアス・ザイドルは、その走りを見逃さなかった。そして、2019年、セルジオはマクラーレンのテストドライバーに抜擢されると同時に、3年目となるF2では表彰台の常連となり、シリーズ4位という成績を残した。

そんなセルジオに日本行きの話が持ち上がったのは、2020年の年が明けてしばらくしてから。F3時代に所属していたモトパークが昨年からB-Max Racingとともに全日本スーパーフォーミュラ選手権を戦っているというのは知っていたが、突如その話が舞い込んできた。旧友のパロウからも日本のレースについて、話は聞いて知っている。過去に同郷のジョアオ・パオロ・デ・オリベイラがタイトルを獲得したことも知っていたし、セルジオ自身、一時はロベルト・ストレイト(ブラジル出身、2008年フォーミュラ・ニッポンにフル参戦)にドライビングコーチを務めてもらったこともあり、日本のレース環境は聞かされていた。この頃、レッドブルからはジュニア・プログラムへの復帰話が舞い込み、テスト&リザーブドライバーとして起用されることも決まった。F1の現場で仕事をするだけでなく、自分の腕を磨き続けられるカテゴリーでレースを続けなければ…。セルジオは迷わず、日本行きの話を承諾。3月末には富士スピードウェイでの合同テストに参加し、スーパーフォーミュラのマシンを初ドライブしている。ところが、この頃、世界は新型コロナウィルスのパンデミックに見舞われ、大混乱となっていた。日本でもそれは同様。ヨーロッパやアメリカだけでなく、日本でもレースカレンダーは延期に次ぐ延期となってしまう。また日本では出入国管理も厳しくなり、外国人は一度日本から出てしまうと、いつ再入国できるか分からないという状況になってしまった。
そこでセルジオは富士テストを終えた後、6月までの3ヶ月間、日本から出なかった。B-Maxのガレージがある厚木のホテルに宿泊し、毎日ガレージに通勤。シミュレーターで日本のコースを完熟すると同時に、トレーニングで汗を流した。日本の公道で運転できる免許をまだ持っていなかったため、自由に移動することはできない。時間がある分、一度は同郷のオリベイラにも会ってみたかったが、チームから公共交通機関の使用を厳しく禁じられ、それをキッチリと守っていた。しかし、待てど暮らせど、シリーズの再開時期はなかなか決まらない。その間に、ヨーロッパではF1の再開日程などが決まり、セルジオも帯同しなければならなくなった。夏になって、スーパーフォーミュラの開幕が8月末と決まったのだが、セルジオはヨーロッパでの仕事を優先せざるを得なかった。その後、ビザの問題などがあり、なかなか日本に戻って来られなかったのは周知の事実だ。

そんなセルジオがようやく日本に戻って来られたのが、10月になってから。F1の仕事をセバスチャン・ブエミに任せて、本人はスーパーフォーミュラのために戻ってきた。もちろん日本に入ってから、2週間の自己隔離を終え、向かったのはスポーツランド菅生。ここで約7ヶ月ぶりにスーパーフォーミュラのステアリングを握った。久々のドライブということもあり、初日の専有走行やフリー走行ではスピンを演じる。だが、日曜日の朝に行われた予選ではデビュー戦PPを獲得するという衝撃の速さを見せ、観客や関係者の度肝を抜いた。
そのセルジオが、次のオートポリスではどんな速さを見せるのか。今シーズン、残りのレース全てに出られるかどうかはヨーロッパの仕事次第ということで不透明なセルジオ。その分、出場が確実なオートポリス戦では、見逃せない存在となるだろう。


 
 
 
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