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岡山の路面は「読めない」 テクノロジー・ラボラトリー 2020第2戦レビュー
2020年10月12日
岡山の路面は「読めない」
今回も、1枚のグラフから話を始めようと思う。
開幕戦のツインリンクもてぎ、それから4週間後の第2戦・岡山国際サーキット、それぞれの走行開始から予選までの走行セッション毎に、各車が記録した最速ラップタイムの上位8車分を取り出してプロットしてみた。これで各セッションのラップタイム最速ペースの“幅”が見えてくるはずだ。
確認のために記しておくなら、予選・決勝が「1DAY」イベントとなっている現在、週末のスケジュールとしては、土曜日の午前にSF専有走行(FP1と略す)、午後にフリー走行(FP2と略す)がそれぞれ1時間。予選は日曜午前に設定されている。3月末・富士スピードウェイでの合同テスト以来、久々にSF19を走らせる場となったもてぎではこれに加えて金曜日に公式テストが2時間、日曜朝の予選前にフリー走行が20分と、2回の走行枠が追加された。
こうしてセッションごとに「速く走る」ことを試みたラップタイムの推移を追ってみると、もてぎの3日間については、マシンの群れが走るごとにラップタイムが良くなっていることがわかる。いつも週末の動向をタイミングモニターの数字で追いかける中で感覚的には捉えていたのだが、こうして簡単な形であってもデータを整理してみると、マシンの群れが周回を重ねるにつれて、クイックラップのペースが速くなって行く傾向が「目に見える」形で浮かび上がってきた。
同じタイヤを履くSF19が周回を重ねることでそのタイヤのトレッド・コンパウンド(ゴム)が溶け、わずかずつ路表面にくっついて残る。もてぎの土曜日・2セッションだけを見ても19台のSF19が走った周回は総計674周に達する。その中で路表面には繰り返し溶けたゴムが擦り付けられ重なり合っていく。この「溶けゴム」の層が形づくられ、舗装表面に張り付いている間は、そこを通過するタイヤのトレッド・コンパウンドとくっつき合ってグリップが高まる、と考えられている。逆に、異なるゴム質の溶けゴムが路表面に付着していると、それぞれのタイヤが本来持っているはずの粘着性がうまく出ないこともある…というのも経験的に語られている。このあたりの路面状態変化を称して、「路面が“できる”」といった表現がレースのパドックではしばしば飛び交うものではある。
もてぎでの開幕戦の各セッション毎のクイックラップ・トライに関しては、走行を重ねるに連れてタイムが全体的に上がって行く、すなわち路面とタイヤの粘着が良くなって行った、と見ていい。とくにQ1のAグループ9台がそれぞれにタイヤのグリップ限界を引き出して走った後、それは各車1周ずつだけだったと思われるのだが、その後に走ったBグループ全体のラップタイムが上がっている。状況によってはこのくらいシビアな路面変化が起こり、エンジニアとドライバーはそれを想定して車両の微細なセットアップを、そして冷間状態で走り出すタイヤの初期内圧を微調整するのである。
さてそこで、次戦・岡山ではどうなったか。
走り始めの土曜日午前から午後へ。じつはこの間に雨が落ち始め、午後のフリー走行開始時には路面が濡れつつあった。しかしすぐに雨は上がり、セッション開始から15分もすると皆、ドライタイヤでの走行となった。午前中はタイヤ温存のために周回を控え気味にした車両があって、それでも19車総計でおよそ300周、午後は路面が乾いてドライタイヤで走った周回だけ抽出してみたのだが全車の総計で356周。この2回のセッションを比較するとクイックラップのタイムは確実に上がっている。途中に一度路面が濡れたにもかかわらず、である。
ところが一夜明けた土曜日午前の予選では、新品タイヤを履き、ドライバーの集中力も上がっているはずなのに、ラップタイムは前日午後の「予選アタック・シミュレーション」よりも少しだけれども低下している。一夜の間に路表面に付着したラバーが落ちたのか、と言えばどうもそうではなさそうで、Q1のAグループからBグループへ、もてぎで見られたようなタイムアップはなく。Q2で若干上がったようにも見えるが、Q3では最速の平川亮が自身のQ2のタイムに対して0.279秒切り詰めてはきたが、彼以外の5人はQ2に対してライムを落としている(山本尚貴はアタック中断、坪井翔はクラッシュで比較できるタイムを出せていない)。
ここに、岡山の「謎」が浮かび上がってくる。路面のグリップレベルが他より低いとは、風評でもよく言われるところだが、それ以上に路面変化の予測がつかない、つきにくいのが、ここでの戦いを難しくしているのだ。それが今回の走行セッション毎のクイックラップのタイム分布にも現れている。
タイヤも、その接触相手も「謎」がいっぱい
なぜそんなことが起こるのか。いや、正確に言えば「他(の日本の主要サーキット)と違う」のか? もちろん、それがわかれば、岡山で勝てる。レースのエキスパートたちがまだ溶けていない「謎」が、傍観者の私にそう簡単に解けるはずもない。しかし、仮説ぐらいは立てられないだろうか。
そんなわけで、今回の岡山ラウンドでは横浜ゴムのタイヤエンジニア諸氏も巻き込んで、「舗装」談義を続けることになった。そう、タイヤと路面と間に発生する摩擦が問題なのだが、タイヤが「黒くて、丸くて、よく分からないもの」(これも横浜ゴムの大先輩エンジニアYさんの名言)である一方、それと触れ合って摩擦現象を起こすもう一方は、道路表面。すなわち「舗装面」なのである。岡山のコースでタイヤとの摩擦が「他と違う」振る舞いを見せるとしたら、その相手側、路表面の「舗装」を観察し、考えてみるのもオモシロい。そう思い至ったわけだ。
では「舗装」とは何か? どんな構造になっているのか。それを簡単に説明するなら「砕石類をアスファルトなどの固定材と混ぜて押し固めたもの」ということになる。ここで砕石を「骨材」、それを練り物のように包んで固定するアスファルトなどを「バインダー」と呼ぶ、のだそうである。その両方とも、岡山のコースの舗装は、他の日本の主なコースとちょっと違っている、らしい。つまりまず、骨材たる砕石の表面が他の所よりもツルッとしているように見える。この砕石表面のミクロレベルの凹凸とタイヤ表面のゴムが引っかかり合うことで摩擦がまず生ずるので、この骨材の違いが岡山の舗装の特性を左右する一要素。そしてバインダーはアスファルト、もともとは原油を分溜した時、最後に残るネバネバした重質成分、瀝青(ビチューメン)のことだが、今日の「アスファルト舗装」では、そこに様々な添加剤を混ぜる。とくにレーシングコースではタイヤのグリップが高く、それが空力ダウンフォースも加わった大きな荷重で路面に押し付けられて食い込み、前後に横に、大きな力を加えてくるので、舗装面の「強度」を高めるためにゴム系や樹脂系の添加剤を多用するのが日本流。これがじつは海外のコース(あまり特殊な舗装をしていない所が多い)との違いにも直結しているのだが。とくにここ岡山の舗装はバインダーが「硬そう」に思える。そうだとすれば、タイヤのゴムが粘着して力が加わった時に「骨材」の動きが小さくなる。砕石の表面の凹凸がタイヤのゴムに食い込んで水平方向に力が加わった時、バインダーが粘りつつたわみ、千切れないような特性を持っていれば、タイヤと骨材の摩擦が粘る分、滑り出しにくくなるはずだ。もちろん、バインダーの面とゴムの摩擦特性もあるし、砕石の表面に薄く乗っていたバインダーが、マシン群が、そのタイヤが走りを重ねることで削られて砕石表面が露出してゆけば、滑りやすくなってゆく。
ちなみに、道路舗装を施工する企業というのはあまり多くはなく、鈴鹿、もてぎ、富士などは国内の道路施工としては大手のNippo(以前は「日本舗道」)が手がけ、岡山は大成ロテック(大成建設グループ)、そして第3戦の舞台となるスポーツランドSUGOは大林遠路が施工している。こうした施工業者によってもそれぞれ異なるバインダー素材を開発していて、それらの中からどんな配合を選択するかによって、舗装路面はそれぞれに変わってくるのである。
さらにちなみに、日本の自動車産業の中では「テストコース」を建設するとなると、こうした専門業者が、繰り返し使っても変化が少ないようにと強度を高く、評価のばらつきが小さくなるようにと平滑度の高い路面を作る。でもそこを走っても、現実の道路で出会う様々な路面とは全く別のもので「良いクルマ」かどうかを走って見分け、考え、仕上げることはものすごく難しい。舗装施工から少し年月が過ぎて“荒れて”きた路面のほうが、クルマや要素技術の評価や読み解きはしやすい。つまり、強度を高く、平滑度も高い舗装をしたコースは「再現性の高い実験・計測のため」の「メジャーメント(計測)コース」。こうした量産車開発の舞台も、その役割を分けて考える必要がある、というのは、私が生業としてクルマと関わるもうひとつの側面、市販車の味見と評価の中で実体験してきたことである。
閑話休題。
そんなわけで、今回の岡山では改めての路面観察に始まり、そうした舗装の話題あれこれ、その行き着くところはアスファルトの専門家が集まる(社)日本アスファルト協会とその機関紙「アスファルト」(1975年以来既刊の232号は同協会HPからダウンロード可能)まで、ごくごく一部の関係者の中だけで盛り上がったのではありました。
そして、そこまで行ってもやっぱり「舗装」も「よく分からない」もので、さらにそれと触れ合うことで粘着する高分子化合物、すなわちコンパウンドのこともかえって謎が深まるばかり…という、いつもの堂々巡りに落ち着いたのでもありました。が、「岡山の舗装とタイヤ・グリップの関係」には、ちょっとだけヒントが見えたような気も…。
「変数」が増え、減った走行時間。さらに雨
「1DAY」イベントの慌ただしさを少し整理すべく、日曜日は朝いちのフリー走行なしに予選に臨む、というスケジュールに変わった。併せて、レースでは先頭車両が10周を完了してからゴールまでの間にタイヤ交換を行うことが義務付けられた。「変数」が増え、しかし走る機会・時間は減った。
さらに前週に開催されたル・マン24時間レースに参加したドライバー4人は新型コロナウイルス対策の隔離期間不十分で参戦不可との判断。Buzzレーシングwith B-MAXのドライバーもまだ参戦できる状況にない。彼らに替わるドライバーは、SF選手権統一規則(第18条)に沿って金曜日に審査委員会に図り、その日の公式通知に掲載されて、やっとエントリーリストが固まった。その顔ぶれを見渡すと、19台中6台のドライバーが年間エントリーではないノンレギュラー組。さらに今年からの新規参戦2戦目が2人。つまり19車のうち8人、正確に言うとT.カルデロンの代役、塚越広大を除く7人はSF19で走る岡山のコースへの慣熟からこの週末のプログラムを組み立てる必要があった。
こうして、いつも以上に「手探り」の要素が多い走り込みの始まりから、アクシデントが発生した。土曜日午前の専有走行開始から6分、早々の赤旗提示でセッション中断。大島和也のマシンが1コーナー外側のバリアに突っ込んでいる。後で伝え聞くところではブレーキ・トラブルだったという。セッション終盤では坪井がコースオフして赤旗提示、これでセッション終了となった。
とはいえ翌日の予選、決勝に向けて考えた時、事後のデータ整理(前出)を待つまでもなく、この最初のセッションは路面状態が良いはずもなく、時間帯が近いからといっても予選想定のクイックラップを試みる意味は薄い。事前に準備してきた「持ち込み」のセッティングがどの程度の仕上がりかを確認する程度。そこで多少は路面が「できてくる」はずで、その状態から走り出す午後のフリー走行で、予選と決勝の両方に向けたマシンのセットアップを詰める必要がある。
というのに、セッション開始前からの雨。一度濡れてしまった路面だったがみるみる乾いてゆき、ドライタイヤでの走行ができるようになったがその時点で残り走行時間は30分強。しかも路面に粘着した溶けゴムは水膜ができると浮いてしまうはずで、非常に不安定な路面状態から始まってマシンとタイヤが通過するたびに刻々と変わっていく。クルマの挙動に問題があってもそれはここから路面が変わるとどうなるのか、セクタータイムや各コーナーを回り込む、いわゆるボトムスピードなどの数字をどう判断すえばいいのか、難しい中で皆、周回を重ねる。例によってセッション最後の7分間は、予選想定のクイックラップ・トライ。ここで使えるように土日2日間で使える新品タイヤは混戦から4セットになっている。残り3セットを、ノックアウト予選の3セッションに各々投入できる、という計算だ。フィニッシュラインでセッション終了のチェッカードフラッグが振られ、各車が次々に計時周回を終える中で、今度は高星明誠が帰ってこない。右旋回しつつ上り勾配を駆け上がるアトウッド・コーナー出口でクラッシュしている。
「速さ」が安定しない予選アタック
こうして2時間の走行セッションを消化不良のまま終えて、土曜日の夜をなんとなく吹っ切れない気持ちで過ごしたドライバー、トラック・エンジニアは少なくなかったのではないだろうか。とはいえ日曜日の朝を迎えれば待ったなし、予選が始まる。
岡山の路面がどんな変化を見せているのか、確かめるのも新品タイヤを履いてのウォームアップ・ラップ以外にない。岡山のコースは短めで、路面温度も30℃を少し下回る程度、ピットアウトの1周からさらに2周をタイヤを暖めるべく走り、そこから1周だけの勝負。確かめられた限り全車がこのパターンで走っていた。
しかし最初にも整理してみたように、Q1からペースは上がらない。昨日の午後の最後には牧野任祐の1分12秒479を筆頭に5者が1分12秒台に入っていたのに、Q1では誰も1分13秒を切れない。B組で走った前年のポールシッター、前戦でポール・トゥ・フィニッシュを達成した平川亮が他より1周多く走っている、と見ていたら、アタックラップのセクター3、タイトコーナー連続セクションでハーフスピン、残り20秒というところで「もう1周」に入ってなんとか7番手に滑り込み、ノックアウトを免れた。続くQ2でも0.058秒の中に4~7番手がひしめくという、スーパーフォーミュラらしい超接近戦の中でなんとか7番手、とここでの平川は2セッションとも首の皮1枚つながって、Q3進出を確保。
そしてQ3、ここでようやく平川が「一発」を決め、1分12秒773でポールポジション獲得。
このタイム自体は昨年のここで彼自身が記録したポールタイムより73/1000秒遅れなのだが、昨年のQ3では7番手の牧野までが0.3秒の中にひしめいたのに対して今回は2番手の宮田莉朋とのギャップが0.336秒、5番手の石浦宏明との間には0.932秒の差があった。予選全体の最速タイムはQ2で宮田莉朋がマークした1分12秒646。こうしたばらつきを見ても、圧縮された日程の中では岡山の路面を把握し、攻略するのはいつも以上に難しかったことが伝わってくる。予選後の記者会見でも平川は「昨日と路面が違うし、風も強くなった」と条件の変化を振り返る。宮田のほうは、Q2からQ3への間に行った変更が「ちょっと失敗」し、でもセクター2までは1分12秒台が見えていたのだがセクター3で失敗した、とのこと。
さらに彼らの背後では、最後方からタイムアタックに入っていた坪井がセクター3のパイパー・コーナーでスピン、クラッシュ。平川も話していた「風」が、このコーナーではちょうど背後から吹き込む方向になっていたはずで、ダウンフォースを失ったのではないかという。これでスターティンググリッド8番手が決定。その直前を走っていた山本はチームとの交信(ダンディライアン・チームは携帯電話技術を使って常時双方向会話が可能)の中で「黄旗提示」と聞いて一瞬ペースを落としてしまったとか。1秒ほどのタイムを失ってグリッドは7番手となる。
波乱のスタート直前、そして直後
悲喜交々の予選終了から2時間45分、19台のSF19がピットを後にコースに駆け込んで行く。決勝レース直前の「8分間ウォームアップ」。坪井のマシンも無事修復を終えてこの最後の確認走行の群れに加わっている。
その最終確認を終えて5分後にはスターティンググリッドに向けてピットを後にしなければならないのだが、ここで笹原右京のマシンがピットの中に止まったまま。リアカウルを外し、車両後部右側面でメカニックたちが作業を続けている。トランスミッションの変速が機能しなくなり、チェックしたところギアボックス側のアクチュエーター(作動機構。SF19では空気圧で伸縮するシリンダーが組み込まれている)のトラブル。その交換作業を行なっていたのだ。フォーメーションラップ開始10分前までにピットロード走行レーンに車両を出せないとピットスタートとなるが、この時はまだ作業続行中。フォーメーションラップが動き出すのにはなんとか間に合って、ピットロード出口で待機。全車が1コーナーに向けて走り去った後からコースインしてレースに加わることはできた。
だがしかし、そのフォーメーションラップから各車がグリッドに戻ってきたところで赤旗が提示される。山下健太に代わって阪口晴南がステアリングを託された#3がアトウッド・コーナーからバックストレートに入るところでクラッシュ、フロントまわりを壊してしまったのだ。この車両を回収、コースの安全が確かめられるまでスタートは順延。15分遅れで2度目のフォーメーションラップ開始、これでレース周回は1周減算されて50周となる。
そして15時32分、改めて17台が並ぶスターティンググリッドの前方でレッドライト5灯が順次点灯、そしてブラックアウト。レースが始まった、のだが…。
まず最前列右側2番手グリッドの宮田の蹴り出しが一瞬遅れる。その背後4番手から牧野が右側、ピットウォールとの隙間を突いて並走。録画を再生してみるとこの時、牧野のマシンだけがテールライト点滅、つまりオーバーテイクシステム(OTS)を早めに作動させていて、加速は宮田を含む周囲のマシンよりも一段鋭い。これで宮田に先行する牧野。一方外側からは3番手グリッドからS.フェネストラズが加速してくるが、牧野が少し先行。その背後にはするフェネストラズに並びかける。
この状態から1コーナーへのアプローチでは、クリーンスタートを決めた平川が少し差を付けてトップを保持。その後ろは牧野が若干先行、その外からフェネストラズが回り込み、牧野の後ろから宮田…の並びに収まりつつ、しかし5番手グリッドからのダッシュの中で一気に右にマシンを振った大湯都史樹が牧野が通った空間を使って宮田のイン側にマシンを持ち込む。
そこでブレーキング競争。大湯の左前後タイヤから白煙が上がる。減速が不十分なままステアインせざるを得ない状況の大湯がイン側から来たのでたまらず宮田はちょっと引く。一方、大湯は旋回に入ってもブレーキングを続けざるを得ず、さらにタイヤが強くロック、激しくスモークが上がる。摩擦限界に入ってしまったタイヤは滑り、マシンはアウト側に流れる。そこには牧野のリアタイヤがあって、大湯のフロントが当たってしまう。牧野はたまらずスピンモードに陥る。すぐ外側を並走していたフェネストラズもスピンする牧野のマシンに押されて並んだままスピン、コースの外へ。大湯のマシンはこの2車の直後でコースを斜めに、宮田以下の車両群の前を横切る形でグラベルベッドに踏み出したが、何とかコースに戻るが、牧野車は1-2コーナーの間のコース上にストップ。予選の3,4,5番手がここで消えた。
もちろんこの1周目の中でセーフティカー(SC)導入。
スターティンググリッドで計った路面温度は36℃。この気候の中では日照もあって上がっていたほうではある。でも岡山のコースは後半3分の1がスロー・コーナーの連続。スターティンググリッド上で一度“冷えた”タイヤをフォーメーションラップ1周で暖めようとしても、ストレートでクルマを左右に振るウィービング程度ではトレッド・ラバーの発動温度にはなかなか持っていけないのに加えて、ここでは速度が落ちる最終セクターで温度を維持するのも難しい。リアタイヤは駆動力をかけて空転させることで多少は表面だけでも温度を上げられはするが、タイヤとしてはケース全体に、そしてホイールまで熱が伝わって、初めて本来のグリップ(摩擦力)と踏ん張りを発生する。
つまりスタート直後の1コーナーへのアプローチは、もちろんポジションを上げる最も重要なチャンスではあるけれども、そこでタイヤがどのくらいのグリップを出せるか、止まり、曲がれるかを、ドライバーは感覚でつかんでいる必要がある。とくに岡山では、フォーメーションラップの途中で感じたグリップよりも、スタートから1コーナーにかけての摩擦が低下している可能性が高い。そのあたりをイメージできるかどうか、ここにもドライバーの「経験知」が現れる。そう考えていいのではないか。大湯のマシンのタイヤから上がる白煙と、その場所と車両運動との関係を見直しながら、改めてそんなことも考えさせられた“波乱”ではあった。
「タイヤ交換」ならではの攻防
SC後方に隊列が整ってみると、後方のアクシデントには無縁だった先頭、平川の直後にはスタートでは8番手だった坪井、その後ろに同6番手の石浦浩明とセルモ-INGINIGの二人、さらに同10番手からN.キャシディが上がってきていて、その後ろに山本尚貴、関口雄飛、さらにトバッチリを受けつつ生き残った形の宮田、野尻智紀…と連なる順位になっていた。大湯車がインからアウトに、コースを斜めに横切った動きと、その先に止まった牧野車を避けたことで車両群がいったん途切れつつ、うまくアクシデントの現場を抜けられたかで順位が入れ替わることになったわけだ。
前戦からの流れ、そしてポールポジションからのレースということを考えると、これで平川が勝つ可能性は一段高くなったかと思われた。実際、7周完了でSCが先導から外れたところでも、セクター3の中からペースを上げて坪井以下の後続車両との差をうまく広げ、独走体制を気づくかに見えた。
ここで難しいのは、レース中のタイヤ交換義務をどのタイミングで消化するか。トップを走り、かつ後続に対して多少なりともラップタイムにアドバンテージがあれば、タイヤの摩耗によるグリップの低下が目に見えて現れるまでは自分のペースで走り続け、十分なギャップを持ってピットインしたい。今年は同じスペックの、昨年のソフト仕様のタイヤを使い、履き替えるので、レース全体を走り切る時間が短くなるのは、大まかな机上計算だと総距離の半分まで走って交換、となる。後続との間隔に余裕があれば、自身のタイヤのグリップ低下がラップタイムの落ちに現れてくる、いわゆるデグラデーションが現れるまで走り続けてもいい。しかし問題はアクシデント。この日も1周目に起きたように、何かが起きてSCが入れば、そこまでに築いてきたリードがリセットされてしまう。SC導入に合わせてピットに飛び込んだとしても、アクシデント〜SC導入の前にタイヤ交換を済ませたドライバー+車両がコースに止まり(ステイアウト)、その前にSCが着く隊列が形成されてしまうと、ピットアウトしてその後方に付くしかない。とくにここ岡山はSC導入につながるアクシデントが起こりやすいし、コース距離が短めで1周のラップタイムも短いので、SC導入の瞬間を狙ってピットイン〜アウトし、そこでちょうど前にSCが入ってくる、というタイミングを組み立てられる確率は低い。
と、ドライバーとエンジニア、チーム全体が色々と思いを巡らせ、シミュレーションを繰り返すわけだが、最後は「やってみないと、わからない」。とくにこの日のように、最初に乱れ要素が入った闘いでは。
「先頭車両が10周完了(正確には、その手前のピット入口分岐・第1SCラインを越えた時)以後」のタイヤ交換ピットインが義務付けられている中、その10周完了でピットインしたのが山本、宮田、そしてSCラン開始の1周目にノーズ交換に入っていた大湯。続いて11周完了で2番手を走っていた坪井が先に動く。彼に続いて、関口、福住仁嶺もタイヤ交換義務を消化した。これら後続の動きを見た平川は12周目のコース後半でOTSを作動させてタイムを切り詰めようと試みつつ(ラップデータを見るとセクター2はその前の周回より0.235秒速い)、ピットロードに飛び込む。ここで右リアタイヤのナットがなかなか緩まず交換に若干手間取り、見た目では2秒近いロス。再スタートしてコースに戻ったところでは直接の競争相手となる坪井が約2.7秒後方に迫っていた。
坪井のマシンは1コーナーへのブレーキングとほぼ同時にOTS作動を示すLEDが点滅開始。今戦からこの点滅はドライバーがステアリングホイール上のボタンを押して作動開始してから「8秒後」となっているので、最終コーナーの立ち上がりから作動させて平川を追い、コース前半でみるみるさを詰めていった。平川はその前の周回でOTSを作動させているので作動表示LEDは遅い点滅。100秒間の作動休止時間制限の中にあることを示している。1周前に交換したタイヤは暖まっていて、バックストレートでもずっとOTSを作動させ続けた坪井。タイヤがまだ冷えている上に、OTSが使えない平川。この二人のせめぎ合いはヘアピンへのアプローチで決着がついた。平川のほうが手前でbブレーキング開始、それでもタイヤ・スモークが上がる。坪井はアウトから、やはり軽くタイヤ・スモークを上げつつも前に出た。ここでOTS作動表示消灯。手元計測ではほぼ45秒連続作動させている。「1レースの中で100秒間作動。一度作動させたら100秒間は起動できない」という、SFのOTS設定が、実質的なトップ争いのドラマを紡いだ2周回だった。
一方、これでコース上の先頭を走るのは石浦。13周目から20周目にかけて全体の最速ペースに近い1分15秒台半ば〜後半のラップタイムを刻んでいく。この時に何をしなければならないか。最終的に最も上の順位を得るためにすべきことが良くわかっている競技者ならではの集中力だ。後方、タイヤ交換を済ませたグループの中では、関口が最速ペースの1分15秒台半ばを続ける。ただ、改めて各車のラップタイム推移を整理してみると、新品もしくは予選1アタック品を履いて走り始めてから10周、37kmほどで最初のハイペースから落ちてくる。とくにインパルの2人はその傾向がはっきり出ている。このあたりを事前のプラクティスでつかめていれば、セットアップもタイヤ交換のタイミングも、もう少し変わっていたかもしれないが、そこはやはり岡山というコースの難しさと、加えて土曜日昼にちょっとだけコースを濡らした雨の悪戯が、予測を難しくしたのだろう。
他のドライバー+車両の傾向を見ても、2019年ソフト仕様のタイヤは新品での「一撃」、つまりピークグリップを引き出した後、ここ岡山でそれなりに速いペースをコンスタントに保てるのは20周、75kmぐらい。次戦スポーツランドSUGO以降もレース中のタイヤ交換が義務付けられるとなると、レース距離の半分ずつを走り分ける「均等割り」のピットストップを基本に戦略バリエーションを組み立てることになりそうだ。
この日のレースで先頭に立った石浦は半分を少し過ぎた30周完了でピットに向かう。その前の周回で坪井との間隔は36秒186。じわじわと縮まり始めた状況だった。ピットを出た石浦の後方2.7秒に坪井。今度はチームメイト同士、またも坪井はOTSを作動させて一気に差を詰め、アトウッド・コーナーの上り勾配立ち上がりで早くも並びかけてゆく。ここで石浦のOTS表示LEDも点滅開始。坪井のOTS表示は赤色点滅に変わり、残り作動時間20秒を切ったことを告げるが両者並走状態でバックストレートを駆け抜けるまでには十分。ヘアピンに向けてタイヤがまだ冷えている石浦はブレーキング勝負に入れず、坪井が前に出た。
これで先頭に立ったのはキャシディ。そのおよそ10秒後方に国本雄資と、まだタイヤ交換義務を消化していない2車が先行する。こうなるとどこでピットインしても同じことで、SC導入などのアクシデントがあればそれを味方に付ける程度の可能性が残るだけ。2人ともスタートから履き続けているタイヤをうまく使って、30周目以降も、よりフレッシュなタイヤを履く交換義務消化組と変わらないラップタイムを刻む。これはこれで最善の選択肢。そして残り2周でともにピットイン。誰よりもフレッシュなタイヤの「一撃」を引き出したキャシディは、最終ラップにこの日のベストラップもマークして3位を手中に収めた。
そして先頭は坪井、その0.782秒後ろに石浦と、セルモ-INGINGの「1−2」隊列が50周完了のゴールラインを横切ったのだった。奇しくも石浦のSF初勝利も、そして今、坪井車を担当する菅沼芳成エンジニアが前にコンビを組んでいた国本を初めて表彰台の中央に立たせたのも、ここ岡山だった。
キャプション 1
今年8月の開幕戦・もてぎと今戦・岡山、それぞれの走行セッション毎に各車の最速1周ラップタイム、上位8車を抽出してプロットしてみた。もてぎでは金曜日に公式テスト2時間、日曜日朝にフリー走行20分間が組まれていたので、それも含めて追ってみている。そのラップタイムを示すのは右側の第2軸。一方、岡山では土曜日の2セッションと予選Q1(A,B2組)、Q2、Q3の計4セッション。こちらのラップタイムは左側の第1軸に対応する。もてぎではタイムのグルーピングが右上がりに、つまりセッションことに速くなっている。これが、トレッド・ラバーが「乗る」ことによる路面状態=粘着特性の変化を示していると見ていい。公式テストからFP1へ、大きく向上した後、FP2の変化がほとんどないのは、路面温度が40℃以上に上がったのが影響したものと思われる。日曜日に入ってからもQ1のA組からB組、さらにQ2へと皆のペースが上がっていっている。これに対して岡山では、金曜日の2セッションでは間に雨があって濡れたにもかかわらずラップタイムの向上がはっきり現れているが、土曜日午前の予選では前日のFP2のペースにも戻らず、各車のタイムがばらついたまま推移している。つまり路面が「良くなる」傾向が見られない。昨年まではドライタイヤ2種類を使い分けていたため、こうした明確な傾向の違いが見えるデータを引き出すのが難しいのだが、経験的にも、またエンジニアやドライバーのコメントからも、「岡山の路面を“読む”のは難しい」ことは変わっていない。
決勝上位10車のスタートからフィニッシュまで50周(フォーメーションラップのアクシデント。やり直しで1周減算)のラップタイム推移を見る。序盤の7周はSC先導で1周2〜3分かかっているのでここには現れない。差が開かない中での周回が続いたので各車・各周回のラップタイムも接近しているが、細かく見ると早めにピットストップを行った関口、同じところで先頭に出て前が空いた石浦が、他よりちょっと速いラップを刻んでいる。平川はピットアウトした周回で1周前にタイヤ交換を行った坪井にかわされ、前を押さえられたので坪井と同じペースになっているが、ピットストップ以前の1セット目のタイヤでのラップタイムの延長をイメージすると、前が空いていれば関口と同じかそれ以上に速く走った可能性がある。しかしこの二人とも、タイヤ交換後10周を越えるあたりでペースが少し落ち、そこで安定する。石浦は22-23周目でラップタイムが落ち、さらに低下傾向が現れた30週完了でピットイン。そこからさらに終盤ギリギリまでピットストップを遅らせたキャシディ、国本の二人は、前半は集団の中にいたこともあってあまりペースを上げず、各車のピットストップで周りにクルマが減ってくるのに合わせてペースアップ。タイヤを後半までもたせているが、それでも40周、レースペースで120kmほど走るとラップタイムの低下=デグラデーションがはっきり現れている。それでも最良の結果を得るべく、とくにキャシディはピットストップを前にした2周、ペースを上げた。
優勝した坪井を基準に、各周回で他のクルマがどのくらいの時間差があるところにいたか、を追ったグラフ。各周回毎の順位を示す「ラップチャート」であると同時に、その時のそれぞれの差も同時に見ることができる。17台でのスタートとなった1周目に2車が消え、「0周」つまりスタート位置に4と64、そしてフォーメーションラップでクラッシュした3が、点だけを残している。逆にピットスタートとなった15は1周目のSC導入で隊列最後尾に加わった。64はアクシデントのダメージ修復のために1周完了で一度ピットイン。優勝した39坪井が12周完了でタイヤ交換義務のためのピットストップをしているので、ここでまだピットに入っていない10車が一度、39の前に出て、グラフの線はタイム差「0」、すなわち39よりも上に行く。逆に同じ周回でピットインした5,36,65の3車のラインはピットストップで差が開いて下に動いている。そこからは39よりコース上で前を走る車両がピットインするたびに、「0」のラインを交差して39より後方に下がる。とくにトップ争いとなった38石浦、その後ろを行った1キャシディの線は「0」のラインとほぼ平行のままで、ピットロード走行と作業時間、そしてタイヤが暖まるまでに必要と考えられた37〜38秒のリードをなかなか築けなかったことが現れている。ただ38が24〜26周目にピットインしていたらどうなったか、20平川もそのあたりまでピットストップを遅らせたら、あるいはタイヤ交換の作業ロスがなかったら…などの可能性にも思いは巡る。