エンジニアたちの作戦計画
第1戦 鈴鹿サーキット
Honda HR-417E – ENGINE SUPPLIER
37佐伯 昌浩
本田技術研究所
今シーズンに向けて開発したエンジンの概要について
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2018年仕様のエンジンについて、どんなところを進化、改良しようと考えたのかという方向性、具体的にはどんなところに手を入れたのか、について教えてください。
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性能面では、これまでの開発の流れと同じく、燃焼に関わる部分を中心に進化しています。
燃焼速度を速めながらノッキング対策も並行して行い、少ない燃料からPmax(筒内圧のピーク値)をより高める開発に変わりありません。
個々の部品の話ではなく、燃焼に関わる部位に関して全体的にバランスを取っているので、「ここを(変更した)」と言うピンポイントの開発ではないので、説明は難しいです。当然、燃焼だけでなくドライバビリティも考慮して、“18SPEC”として仕上げています。
また、SFはエンジンが車体の一部となる構成なので、同じエンジンでもスーパーGTとは加工内容を変更し、エンジン全体の剛性アップを図っています。※燃焼速度:ガソリン・エンジン=火花点火熱機関は燃料と空気を混合した気体をピストンの動きで圧縮したところでスパークプラグが飛ばす火花でまずその周囲の混合気に着火、そこから燃焼室の中を火炎が燃え広がってゆく。何百分の1秒で進む現象であっても、その燃焼がうまく広がるか、そしてそこで発生する圧力が往復運動するピストンをちょうどよいタイミングで押し下げるか、がエンジンのトルク、そして熱効率に直結する。高速で作動する競技エンジンでは、燃焼(伝播)速度が速いことが重要になる。
※ノッキング:気体を圧縮すると温度が上がる。ピストンの上昇によって押し縮められた混合気も自然着火寸前の温度になり、それが排気バルブなどの高温部によって本来の点火による燃焼よりも早いタイミングで着火してしまう現象をノッキングという。高負荷・高回転で作動しているシリンダーの中でこの早期異常着火が起こると、ピストンが叩かれ、溶解するなど致命的なトラブルにつながるので、その限界をいかに高められるか、そしてその限界内でいかにエンジンをコントロールするかが、とくに過給(空気をあらかじめ圧縮してから吸入する)エンジンでは重要である。
※Pmax:シリンダーの中を往復運動するピストン上方の空間=燃焼室の中で混合気が燃焼することで圧力が一気に高まる。この圧力上昇がピストンが下降に移るタイミングに合わせてうまく発生するかどうかが、ピストンを押し下げてクランクを回転させる力=トルクの大きさに直結する。この燃焼ガス圧力の大きさとピークのタイミング(ピストンが下降するにつれて燃焼室容積は広がり、圧力は減少に向かう)は、シリンダー(筒)内・燃焼室に発生する圧力の最大値に現れる。これをPmax(筒内最大圧力)と言う。
※ドライバビリティ:「運転性(の良し悪し)」、すなわちドライバーの運転操作に対してクルマの機能要素、この場合はエンジンが素直に、かつ遅れなく応答する(力を増減させる)か、を指す言葉。
※エンジンが車体の一部となる構成:今日のフォーミュラカーの車体骨格は、ドライバーを収める主骨格前半部=モノコックタブがコックピット背後・燃料タンク背面で終わり、そこにエンジンが直接締結されて、リア・サスペンション~タイヤが生み出す力、路面からの衝撃、車両後半部に発生するダウンフォースなど、クルマの後半部に加わる力の全てを受け止める構成になっている。この形態を最初に現実のものとしたのは、1967年登場のロータス49+コスウォースDFV(F1)である。そこに至る過渡的なレイアウトを採った例として、ロータス43+BRM・P75(H型16気筒)、ホンダRA271/272などがある。
※剛性:構造体がどのくらい“強い”か、を示す指標・数値としては、力に耐えきれず壊れる限界を示す「強度」と、力が加わった時に撓む=変形量を示す「剛性」がある。この二つは異なる状況・現象を示すので混同しないようにしたい。クルマを走らせる中では、タイヤと路面の間で発生する摩擦力が加速・減速や旋回という運動を生み出し、それに伴って発生する振動や、タイヤを路面に押し付けるための空気力など、様々な力が加わる。それをしっかり受け止め、タイヤ~サスペンションの取付点が撓んだり、動いたりしないことが求められる。つまり「剛性」が重要なのである。
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鈴鹿と富士、2回のプレシーズン・テストの中で、2018年仕様の実車確認はどのように進められたのでしょうか?
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18SPECは鈴鹿・富士には2台の車両に搭載して確認しました。他は17SPECのユニットを元にして一部分に18SPECの部品を組み込んだエンジンを搭載したクルマや、18年後半仕様(でのアップデート)をターゲットにした部品を組み込んだクルマもありました。
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その中で意図していたパフォーマンスの確認、あるいは来たる実戦で実体化する見通しなどはいかがでしょうか?
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パフォーマンス(性能)や信頼性はベンチで確認していますので、とくにサーキットで大きな問題や課題が出ることもなく順調に開発が進んでいます。
※ベンチ:エンジンの開発においては、実車に搭載して走行しても「何が起きているのか」を定量的に検証するのは難しい。そこでエンジンを単体で、条件を合わせて運転し、再現性の高い検証・計測を行う設備が必要になる。これが「エンジン(テスト)・ベンチ」。エンジンを周辺機器も含めて実験室の台上に固定し、出力軸を動力吸収・計測装置(ダイナモメーター)に連結し、一定の条件を設定して運転できるように整えられた設備である。
今シーズン前半戦に向けて
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前半に転戦するコースが昨年までと変わりましたが、鈴鹿、オートポリス、SUGO、富士のそれぞれで、2018年仕様のエンジンのパフォーマンスとしては、どのあたりがアドバンテージとして現れることを期待されますか?
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エンジンのピックアップやドライバビリティが昨年より良くなっているので、予選が僅差になる鈴鹿・AP・菅生で、その効果が発揮されると期待しています。
※ピックアップ:パワーユニットに対してこの言葉を用いる場合は、アクセルを踏み込んだ瞬間にパッと力(原動機のトルク→駆動力)が立ち上がるところの反応を指す。ドライバビリティの一部でもあるが、とくにトルク立ち上がりの速さと強さに絞った表現。
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今シーズン、エンジンを供給する側としての目標、期待する成果などについてお聞きしたいと思います。
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ルーキードライバーも多い年ですが、SF14のセットアップも煮詰まってきているのでベテラン勢と互角の激しい戦いになると予想されます。 また全戦で使用されるソフトタイヤも、レース結果を左右する重要なファクターだと思います。
昨年0.5ポイント差でチャンピオンを逃したので、今年こそホンダ・エンジンのユーザーからチャンピオンを出したいと思います。