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「5kg/h」で起きたこと、あるいは起こらなかったこと  テクラボ開幕戦レビュー

2021年4月19日

まずは「燃料リストリクター」の復習

スーパーフォーミュラ・2021年開幕戦の舞台、富士スピードウェイにて、気持ちを新たにレース・ウォッチングを開始した私にとって、気になる数字があった。それは「90」。燃料リストリクターの最大流量設定値の話。
まずここでお断りしておきますが、今回、レースそのものの分析、読み解きはありません。この「90」の影響の読み解きを試みたら、それだけで手間と文章量が嵩んでしまったので…。
これまで6年間、ここ富士スピードウェイと鈴鹿サーキットはNRE(Nippon Racing Engine)の基本コンセプトでもある燃料流量制限の上限値は「95kg/h(1時間あたり95kg=その時々のガソリンの性状、つまり“ブレンド”にもよるがおよそ128.5L)」に設定されていた。それが今戦から(次戦の鈴鹿も)、他のもう少しタイトなレイアウトのコースに対して適用されてきた「90kg/h(同様におよそ121.6L)」に変更された。その一方で、燃料流量を10kg/h増やすオーバーテイク・システム(OTS)の作動時間は「レースを通して100秒間」から「200秒間」に倍増。OTS作動時には1回の燃焼に使えるガソリンの量が増え、燃焼圧力が高まる。その積算時間が増えると、「年間を通して各車・1基」と規定されているエンジンの耐久性に影響が出る可能性がある。そこで富士と鈴鹿という「パワー・サーキット」の予選と決勝を走り切る中でエンジンに蓄積される負荷を減らすために、基本となる燃料流量を5kg/h下げる。こういう技術検討の流れから決まったことだという。
この「Tech-Lab.」でも2014年のSF14+NREの導入以来、何度も解説してきたことだが、復習を兼ねてもう一度、「燃料リストリクター」の意味を簡単に整理しておこう。
NREの基本コンセプトのひとつがこの「エンジンに送り込む燃料の“流量”を一定にすることで出力も(ほぼ)一定になる」という考え方。これで、それぞれに異なるアプローチで作り上げたエンジンでも、競争力が均一化できるのと、もうひとつ、エンジンが一定量の燃料からどれだけの仕事を生み出すことができるか、という「熱効率」の追及に向かうこと。この二つの大きな意味を持つ性能規制に先鞭をつけたのがNREであり、その後、F1もWEC(世界耐久選手権)も同じ規制を採り入れた。
ただヨーロッパ勢はこの規制を「燃料流量を測定して、規定値をオーバーしないか監視する」手法で実施している。実際に測ってみればわかるのだが(私は市販車の実用燃費計測をずっと自分でやってきたのでそのあたりをずいぶん経験している)、エンジンの燃料噴射系統に「流量計」を組み込んでも、それぞれのシリンダーが2回転に1回ずつの燃焼サイクルを繰り返すのに合わせて、しかもエンジン回転が変動する中で、間歇的に噴き込まれる燃料の流れは、毎秒何百回ものリズムで脈動を繰り返している。その変動の中から正確な「流量」を見出すのは非常に難しい。しかも規制値を一瞬オーバーしたのを確かめたら規則に抵触した、と判定するやり方になる。
これに対してNREでは、日本のレーシングエンジン・スペシャリストが知恵を集めて、燃料流量の上限を“物理的に”制限する手法を見出した。ちょっと専門的になるけれど、一定の圧力を掛けた液体が細く絞ったノズル(絞り通路:ジェットという)を通る時、限界となる流量を越えるところで衝撃波が発生して、それ以上流れられなくなる、という原理に基づいた「燃料リストリクター」を開発したのだ。その実機では、流量臨界値を実測したジェットを2個組み合わせてばらつきをなくすところまでやって、レースウィークごとに各車に抽選で配布される燃料リストリクターの精度を一定にコントロールしている。
こうして「燃料流量一定」になったエンジンの特性はどうなるか。ちょっと詳しく説明するなら、燃料(ガソリン)はエンジンから駆動される高圧ポンプで100気圧に加圧されて、燃料リストリクターを通過する。その流量はエンジン回転速度の上昇とともに増えていって、リストリクターの臨界に達するところからはそれを越えないようにエンジン側で各気筒への噴射量をコントロールする。その「流量一定」ゾーンに入るのが、NREの流量90kg/hでは7200回転あたり。
そこから上の回転速度では、一定の時間の中で燃やせるガソリンの量が一定になるので、理論的には流量制限値に達したところからエンジンが生み出せる仕事、すなわち「出力」は一定になる。別の角度から見ると、回転速度が上がる、ということはある時間内にエンジンの中で行われる燃焼サイクルの回数が増える。それに対するガソリンの量は一定なので、エンジン1回転、4気筒のNREではその間に2回の燃焼があるわけだが、その1回ごとに使える燃料の量は、回転速度の上昇に反比例して減る。つまりその燃焼が生み出す力、エンジンの特性としてはその圧力がピストンを押し下げ、クランクシャフトを押し回す回転力、すなわち「トルク」は回転速度に対してほぼ直線的に低下してゆく。

燃料リストリクターを絞ると…

と、ここまでがわかったところで、燃料流量規制値がこれまでの95kg/hから90kg/hへ、5kg/h分だけ減るとどうなるのか。これはシンプルで、流量一定=出力一定ゾーンのエンジン出力が(トルクも)その分だけ減る。つまり同じ富士スピードウェイを走る中で、アクセルペダルを深く踏み込んで加速している状況のほぼ全てで、クルマを前に押す力がおよそ5.3%低下。ドライバーはこれをまず体感するはずで、次に自動車の動力性能にエンジン出力が現れる部分としては、全開加速を続けてある距離を走り切る時間が延び、走行抵抗とバランスする速度、いわゆる最高速が低くなる。これが基本的な理屈。
その基本則を踏まえて、4月初頭のプレシーズン・テストから各車のラップタイム、区間タイム、直線終端速度などを“観察”していたのだが、パワーダウンの影響が意外に小さいと思えてきた。
例えば、予選フルアタックのラップタイム。昨年12月の同じ富士での最終戦でポールポジションを獲得した野尻智紀が叩き出したSFとしてのコースレコードは、1分19秒972。これに対して今回また予選最速だった彼がQ3で刻んだポールタイムは、1分21秒173で、1.201秒遅くなった。しかし割合としてみれば「1.5%」の低下にとどまっている。
決勝レースでは、どちらもセーフティカーが入るなどの低速周回がなく進行し、昨年最終戦の優勝者・坪井翔が40周を走り切った平均速度が194.433km/h。今戦優勝の野尻の41周平均速度は191.556km/h。レース展開やその他の要素もからむので、この比較にはあまり明確な意味が見出せないわけだが、それでも低下幅が予選アタック1周とほぼ同じ1.48%。なかなか興味深い。
そうした周回タイムよりもさらに最高出力の影響がはっきり現れる、はずの最高速、ここ富士での計時データとしては直線終端近くのスピードトラップでの各社の到達速度も比較してみた。別掲のグラフを確認していただきたい。一応、昨年最終戦の全周回、今年に入って行われた合同テスト3セッション(もう1セッションはウェット路面だったので除外)と今戦のフリー走行2回と予選、決勝について、ドライバーとエンジニアの組み合わせが異なる車両も含めて比較の対象にできる18車が、それぞれに出力を使い切って走ったと思われる周回の数値をずらっと表示してみた。

1.55kmの直線終端近くの計測点で記録された各車の到達速度を、昨年第7戦、プレシーズンテスト2日間・4セッション、そして今回の開幕戦のフリー走行、予選、決勝レースと周回を追ってプロットしてみた。テストとフリー走行に関しては、全周回をフルパワーで走っているわけではないので各車の最速から5周回をピックアップしてある。青-緑系の◆がホンダ・エンジン搭載車、赤-黄系の⚫︎がTRDエンジン搭載車。もちろん昨年第7戦は燃料リストリクター95kg/h設定、今年に入ってからは合同テストからずっと90kg/hで走っている。決勝レース中とテストの前半2セッション、今戦の日曜フリー走行2ではOTSを使っているので、上に飛び出す=より高速まで伸びている点が現れている。これが燃料流量「+10kg/h」の効果。とくに速度の伸び幅が大きい点(周回)は直線終端近くまで前走車両のスリップストリームに入っていたものと推定できる。今戦のほうがOTS増速効果と思われる点が増え、かつ終端速度が伸びているのも多いのは、OTS使用時間が昨年の100秒から200秒に伸びたことで、使用回数が増えただけでなく直線加速の間ずっと作動させっぱなし、という使い方ができるようになったためと思われる。この“散布“だけ見ると、昨年最終戦より今戦決勝のほうが全車の速度が上がっているように見えるが、気温による大気密度の差はかなり大きく、風の影響なども含めて5〜10km/hほどは速くなって不思議はない。そこも含めて考えると、トップスピードは昨年と今年の決勝レースではほぼ同等の範囲にある、と見るべきだろう。しかし最初に90kg/hで富士を走ったテストの時はトップスピードが下がり、今戦の1日目・予選まではダウンフォース優先のセッティング(のはず)で各車285〜290km/hに集中していたのが、決勝レースでは大幅に到達速度が上がっている。直線終端に向けて空気抵抗の増加を抑える、新しいセッティング手法を見出したチーム、エンジニアが現れている、ということではないだろうか。

トップスピードはほぼ変わっていない。

一見、パワーが絞られた今戦の方が、昨年12月の最終戦よりも、とくに決勝レースでは各車の到達速度が上がっている傾向のようには見える。しかしここは判断の難しいところ。いくつもの要素を考えてみる必要がある。まず何より気温の違いによる大気密度はどうだったのか。私のメモによると今戦はスタートの時点で17℃、昨年12月は6℃。大気圧も雨雲が近づいていた今戦・日曜日の方がわずかだが低い。ということはおおよその計算だが、大気密度は昨年最終戦の方が4~5%ほど高かったはずで、これがそのまま同じ車速(正確には対気速度)における空気抵抗の差となって現れる。つまり、もしまったく同じ空力セッティングで走ったとすれば、最高速付近での走行抵抗がそれだけ異なる。つまり今戦の最高速度から5%ほど低いあたりになると見なすことができる。もうひとつ、到達速度に大きな影響を与えるのは「風」。風速が秒速5mで時速に換算すれば18km/h。車両が到達できるのは「対気速度」であって、これにその時の風が向かい風だったか追い風だったか、その分を減算・加算したものが地上から見た速度になる。今回の比較では、どちらの日も富士のストレートでは追い風方向で「あまり強くない。2~3m/s」と私のメモにはある。チームやエンジン・サプライヤーはサインカウンターで測っている刻々の風向風速データを持っているのだが、ここではとりあえず、風の要素は無視するとして…。
大気密度の差を勘案して、先ほどの各車到達速度の“散布図”を眺めると、今戦の、とくに決勝レースにおける各車のスピードトラップ通過速度は、昨年12月とほとんど変わらない、と見ていいように思われる。散布幅全体を単純に大気密度分だけ、約10km/h下げたとしても、前戦の散布幅との差は小さく、マイナス1〜2%の中に収まってしまう。
エンジンの出力の差異が、どのくらいの変化となって最高速に現れるか、については何をどう計算に折り込むか諸説あって難しいのだが、さすがに「405kW(550ps)“以上”」とされるNREの、加速に入ってから一定に保たれる範囲のフルパワーが5.3%も低下して、到達速度が「ほとんど変わらない」ということは考えにくい。もちろん300km/hに届く速度域では車両の走行抵抗のほとんどを空気抵抗が占め、その大きさは「速度の二乗に比例して」増加する。だからほんの何km/hの変化でも、そこで現れる空気抵抗を“押し切る“のに必要なエンジン出力は何十馬力かになるわけだが。
こうした話の前提には「空力セッティングが同じだとすれば」という条件があるので、次の手順として各車の「ちょっと見てわかる」範囲の空力セッティングを振り返ってみた。
私のルーティンワークとして、スターティンググリッドに並んだ各車の前後ウィングの固定孔位置、つまり迎角と後縁に付けるL字断面のいわゆる「ガーニー・フラップ」を、写真で残してある。いくつかのチームは同じようにグリッドを前から後ろまで歩いてこれを記録するスタッフを出していて、そのメンバーには顔馴染みも多いのだが。今回は私の記録写真から、ダウンフォースと空気抵抗への影響が大きい、リアウィングの設定を拾い出してみた。ここではその結論だけ書いておくと、個々に見ればスタート・ポジションによる戦略などからセッティングを変えたドライバー/車両があるものの、全体の傾向としては、
とくに野尻、大湯都史樹、福住仁嶺など同じマシンとチームで戦うメンバーのほとんどは、見た目でわかるような空力セッティングの変化はなかった。

直線スピードは落とさず、コーナーでも遅くなっていない。

それでは…と、今度は「どこで、どのくらい、影響が出ているのだろうか」と、主要ドライバーのセクタータイムを比較してみる。決勝レース中のデータを全部洗い直すのも大変なので、ここではまた予選Q3に絞って、昨年最終戦、今戦ともにQ3まで進出した4人、野尻、大湯、福住、平川亮の4車の区間タイムを抽出してみる。その前にもう一度、スピードトラップ通過速度の分布を確かめると、さすがに全体の傾向として予選の時のほうが15km/hほど低く、ここでは皆がダウンフォース優先のセッティングを組み立てていることがわかる。
さてそこでQ3に進出した中で4人のセクタータイム比較。これも別表に示したように、富士スピードウェイを三つに分けたセクターの全てで、今戦のほうがタイムが落ちている、が、それもわずか1~2%のタイム増加にすぎない。逆に言えば、最高出力を絞った影響が現れたのはストレート終端速度とそこに至る通過時間だけではない、ということになる。各車、セクター3への影響が大きめなのは、もちろん最終コーナーを立ち上がってから燃料流量一定のフルパワー状態、シフトアップを繰り返して加速して実質1.55kmのメインストレートの半分まで走ったところに計時ラインがあるからで、市販車で言えば0→1km全開加速試験を行っているようなものだから。とはいえその手前の登り勾配区間でも短い加速の繰り返しの中で燃料流量一定になる回転領域を使っていれば、トルクが低下した影響は現れる。同じようにセクター1、セクター2のコーナー連続区間でも脱出加速に入っているところでは燃料流量削減の影響は出る、ということが、3つのセクター全てでタイム低下が現れていることでわかる。

でもここでは、出力が5%以上絞られたのに区間タイムの低下幅が1~2%でしかないことに注目したい。直線終端到達速度も同じようにごく小さな幅でしか落ちていないし、でもコーナリングスピードとそこからの立ち上がり加速でも失ったはずのエンジンパワーの影響が思いのほか少ない。
ということは、それぞれにマシンのセットアップに関して、エンジンの出力をさらに有効に使い切る方向に進んでいるのではないか。テストの時は直線終端到達速度が明らかに落ちていたのを、実戦では取り返してきている。でもコーナーも遅くなっていない。ここまでの簡単なデータ検討でも、そんな傾向が浮かび上がってきた。もちろん、各チームのデータ・エンジニアたちが自車の走行の中でデータロガー(各種情報収集記録装置)に収録された時系列データを引き出して整理しているものに比べれば、はるかに大雑把な内容だけれど、何かが見えてきた。そんな感じがする。ならばもう少し、仮説を組み立てみよう。

同じ「競争の道具」のままでも、進化は止まらない。

トップスピードは落とさずに、コーナリング・パフォーマンスも維持する、という新しいバランスを実現するセッティングを、この開幕戦に向けて仕込んできた。そういうチーム、エンジニアがスーパーフォーミュラにはそろっているのだ。リアウィングの設定を見た程度ではわからない、つまりそのセットアップの進化は「外からパッと見てわかる」ような内容ではないはず…。
ここで考えられることのひとつは、車両が走る「姿勢」のコントロール。もちろん前を低く、後を高く、車両底面を後ろ上がりの姿勢にする「レーキ」。底面前端を路面スレスレにして車体後端を高く、底面全体と路面の隙間が後ろに向かって広がる「くさび」状にすることで、そこを抜ける空気が車両後方に向かって“引き出され”、この空間の圧力が低くなる。こうすることで生まれるダウンフォースは大きいのだけれど、その分だけ空気抵抗も増える。だからコーナー区間ではこの姿勢を保ちたいのだけれど、直線で最高速に近づいてゆくところでは、レーキ角を減らしたほうが空気抵抗の増加を抑えられる。パッシブ・サスペンションでそんなことができるのか。リアのスプリングはフロントに対してかなり柔らかくするので、車速の二乗に比例してダウンフォースが増えると、ものすごく硬くて伸縮する動きが小さいフロントよりも縮み量が大きく、車体姿勢としては後ろが下がる。
富士での開幕に向けて、このあたりのバランスを今まで以上に細かく詰めてきたエンジニアはきっと多かったに違いない、ものもと「100Rを200km/hレベルの速度でコーナリングしている時、モノコック下面から前に伸びた底面に貼った5mm厚のスキッドブロック先端で、路面との間隙が2mmぐらいをイメージしている」というほどなのだが、そこからさらに10分の何mmかを攻めたり、あるいはそれぞれのコーナーを旋回している時の車速とダウンフォースと前後サスペンションのストローク位置の関係を、今まで以上に細密に検討して最適値を追いかけ、それを越える速度域で直線を走る時は車高が下がらないようにストロークを止めるバンプストップ系の仕組みを組み合わせてファイン・チューニングする、などなど、様々に知恵を絞るポイントはあるはずだ。
しかしここへきて、今年のトレンドはどうやらそれだけではなさそうに思えてきた。
プレシーズン・テストでいくつかのチームが周囲から簡単に見えないようにしながら、前後のサスペンションの作動ユニットを組み替え、それぞれに何かをトライしていたことは、前回のこのコラムでも触れた。それ以降、今戦の現場に入ってからも何人かのエンジニアと短くだが言葉を交わす機会があった。その中で話題に上った「セットアップ・アイテム」が「サード・エレメント」。つまり左右の車輪が同じ方向にストロークする動きに対してだけ作用する伸縮コントロール・ユニットである。これをなぜ「サード(第3の)」と呼ぶようになったのかというと、それぞれの車輪と車体の間で起こる伸縮運動を受け持つのがばねとダンパーで、これが「第1」。左右の車輪が逆方向に動く、車体としては旋回外側に傾く動き、つまりロールを抑制するように作動するばねがアンチロールバーで、これが「第2」。そして左右が同方向に動く時、競技車両では先ほどから話に出ている前後方向の姿勢変化、いわゆるピッチング系の動きを押さえ込みたいというニーズが出てくるので、「第3の」伸縮動作を受け持つサスペンション機構が追加されるようになった、というわけだ。
そういえば、野尻とコンビを組んでいる一瀬エンジニアが、恒例となっているレース終了直後に優勝ドライバー・車両担当エンジニアをお招きする「Technology Laboratory」トークイベントで、「マシン・セットアップ進歩の”鍵”は?」という私の問いかけに対して「車高のコントロール、とくにフロント…」と語ってくれた。サード・エレメントに関しては、単純なばね+ダンパー機構だけでなく、重量のある塊の慣性を利用して特定パターンの揺れ(振動)を抑える「イナーター」など、いくつかのアイデアが実際に機能部品として形になっていて入手可能なのだが、さらにもう一歩進んでパッシブな(外から加わる動きや力に反応する)メカニズムであっても(アクティブ動作は禁止されているので)、状況に応じて車高を狙うところに収められるような仕組みを見出し、トライしているチームがあるのかもしれない。もちろん、そうしたギミックを組み込んだだけで簡単に速くなるほど、モータースポーツは、とくにスーパーフォーミュラは、簡単ではないのだけれど。
そんなわけで、「燃料流量が5kg/h絞られて、SF19は遅くなったのか?」という検証は、「そうした条件変化に対して、日本のレース・エンジニアリングは即対応し、刻々と進化している」というところに行き着いたのであった。さて、富士スピードウェイとは異なるコース・キャラクターを持つ次戦の舞台、鈴鹿サーキットで、「マイナス5kg/h」はどんな形で現れるのか、あるいは現れないのか。それがレース全体をどう動かすのか。レース・エンジニアリングにフォーカスした観戦の「見どころ」「読み解きどころ」は、尽きることがないのである。


今回、レース展開についての“読み解き”は記事にまとめていないけれど、いつものようにタイミングデータを整理してレースの流れを“可視化”してみてはいるので、グラフの中でレースを振り返っておこう。こちらは優勝した野尻の毎周回の計時ライン通過を基準に、各車がどのくらいの時間差で通過したかを追ったグラフ。毎周の順位を示すラップチャートとして展開を追うことができる。野尻はスタートで大湯に前に出られたものの10周目のセクター2でOTSを作動させてダンロップコーナーの飛び込みで並びかけ、トップを奪回。そのまま雨の可能性も見ながらピットタイミングを図り、残り2周でピットへ。この時点で大湯との間には50秒あり、セーフティリード。それ以前の周回で各車のラインが野尻に対して下に落ちているのがピットに入った周回。大湯は24周で、福住は28周完了でそれぞれピットストップしたが、大湯が“アンダーカット”に成功して前に出た。残り2周、タイヤを暖めつつ後方とのギャップを保とうとする野尻に対してこの2車が差を詰めたが勝負には至らず。前が空くのを待ちつつペースをキープして残り4周でピットに向かった平川が4位。16番グリッドからスタートした山本は最小規定周回の10周完了でピットへ、タイヤ交換作業に手間取ってしまったがそこから「空間ができた」ところから良いペースで追い上げて6位を得た。

最終結果で上位10番手までの各車の決勝レース41周のラップタイム推移。野尻が序盤の燃料搭載重量が重い状態でペースが良く、スタートで前に出られた大湯の動きを見きわめつつ攻略にかかる。10周目の途中からOTSを作動させ、セクター3で前に出た後も11周目の直線にかけてOTSを使い続けて大湯とのギャップを確保。それが11周目のラップタイムが速くなっていることにも現れていて、さらに12周目以降もペースをあげていっている。30周目にかかるあたりからラップタイムがかなり落ち、デグラデーションが現れているが、後方とのギャップは十分あったので雨の可能性を見つつ(状況によってはウェットタイヤに履き替えることも想定)、5周ほど引っ張ってからピットイン。これに対して大湯と福住はタイヤ交換後に新品の“一撃”を引き出してラップタイムを上げ、さらに残り2周の中でコールド状態のタイヤを暖めつつ走る野尻を追うべくさらにペースを上げた。しかし野尻はその後続の動きも読み切って逃げ切る。予選までマシンの仕上げに苦しんでいた山本は、規定最小周回の10周でタイヤ交換。そこから20周弱は全体最速レベルのラップタイムを刻み続け、これが6位という結果につながった。

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